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 夏祭りなんて小学生以来だ。人は多いし、屋台の食べ物が特別美味しいわけではない。それに、なんでも値段が高い。昔は桃香と近所の小さな盆踊り大会に参加していた。母は「高いから買わない」と言って、暗闇に光るおもちゃの腕輪を買ってくれなかった。
 祭り会場はとにかくものすごい人だった。どこを見ても、人、人、人。馴れない格好をしているせいで、少しの動作ですぐに疲れてしまう。元気に歩き回る美佳の体力がほしい。
 屋台は人に埋もれていて、並んでいる品物は全く見えない。たこ焼きや焼きそばの香ばしい香りやベビーカステラの甘い香りを嗅ぎながら、美佳について歩いて行った。人と何度もぶつかり、ぼんやりしていると足を踏まれる。押しつぶされながら歩くしかない。
 上を仰ぎ見ると、巨大な飾りが風になびいてゆらゆら揺れていた。色とりどりの鯉が空中を泳いでいるみたいだ。

「夏芽ー!」

 翔の声がした。遠くの人混みの中で、いつもと同じ格好をした翔が元気よく手を振っている。

「夏芽ー! こっちこっち!」

 人は翔を通り過ぎていく。翔にぶつかる人は誰もいない。

「美佳、真一がいるよ」
「真一? 誰?」

 美佳の手を引っ張って真一の方を向かせる。

「ほら、合コンのさ」
「……なんであいつが」
「さぁ、大きいお祭りだからじゃない?」

 そう言ったのに、キッと私の方を鋭い目線で睨み付けた。

「夏芽、まさかあいつ呼んだりしてないよね?」
「してません」

 つい、顔が硬直してしまった。

「あ、あの、こんばんは」

 人混みにもまれながら、向こうから翔と真一が歩いてきた。

「偶然だね……へへ」

 変な笑い声が出る。翔は「嘘、へったクソだよな」と笑う。

「ストーカーすんな」
「美佳、ストーカーじゃないって」
「じゃあ、付いてこないで、話しかけないで」

 キッパリそう言って、美佳はひとり歩いて行ってしまった。あっという間に人に飲み込まれて、美佳が見えなくなる。

「ごめん、あんなにはっきり言うとは……」
「真一、完全に振られてるな、これは」
「いいんだ。嫌われてるのは、よくわかってるし」

 どーんと肩を落とし、落胆しているのが一目でわかる。翔は「落ち込むな、きょうはこんなにもたくさん女の子がいるだろ! ナンパしよう!」と騒いでいる。

「夏芽、ナンパしよう! 誰か捕まえよう」

 馬鹿なのか。ナンパなんて私も真一もするはずがない。

「ごめんね、美佳ちゃんを追いかけて。はぐれちゃうよ」
「でも、小林くんは?」
「俺は、その辺フラフラしてくる」
「えー、ナンパしよーよー」

 お前ひとりでしてろ、と心の中で文句を言った。直接話せないのがまた、イライラする。しかもこの間から、夏芽夏芽と人を呼び捨てにする。馴れ馴れしいな。

「行こうよ、せっかく来たんだし。美佳も、ああいうけど……」

 大丈夫、とは言い切れない自分がいた。美佳は間違いなく、確実に、真一が嫌いだ。

「いいよ、大丈夫」

 真一は、そのままフラフラと人混みに流されるまま歩いて行ってしまった。

「私は美佳のところに行ってみる。翔は真一のそばにいてよね」
「たこ焼き! たこ焼き食いてぇ」
「ちゃんと聞いてるのか!」

 つい、怒鳴ってしまった。はっとして口を噤む。
 私は誰かに怪しまれる前に、美佳の後を追った。

「夏芽ー、早く来て」

 ついさっき離れたばかりなのに、美佳はもうすでに誰か知らない男といた。二人組の男で、浴衣を着ている。

「こっちは友達の夏芽」

 突然紹介され、戸惑いつつも「どうも」と言った。ふたりの男は、私たちよりもうんと年上に見えた。

「よかったら、一緒に回らない? 夏芽ちゃんも」

 誰なんだ、という目でつい見てしまう。ひとりはすらっと背が高くて、メガネをかけている。もうひとりは茶髪で銀色のピアスをつけていた。

「俺、マサト」とピアス。
「俺はユヅル」とメガネ。

 まったく。美佳と一緒にいると、そこに現れる男の名前をいちいち覚えられなくて困る。みーんな同じに見えてしまうし、女慣れしている感じが嫌だった。

「夏芽、行こうよ。楽しいよ」

 美佳は絶対にふたりについていく。本気モードだ。

「うん……」

 言われるまま、私は美佳について行くしかできなかった。
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