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「夏芽が何を思っているかなんてわからないよ。俺、超能力者じゃねぇし。でもこれだけはわかる。他人を傷つけることが怖いから、誰とも適度な距離を保ってるんだろ? 自分が言った些細なことが、人を傷つけるって思ってるんだろ?」
言葉は凶器だ。見えない凶器。声にしたり、文字にしたりするだけで、相手を傷つける凶器になってしまう。
あの日、桃香を殺したのは信号無視した車なんかじゃない。私の言葉だ。
「誰かと親しくするのが、正しいとは思えない」
「それじゃあ、美佳ちゃんはどうなんだ?」
「美佳は、ただ大学で仲良くしてるだけ。今だけ。卒業したら、もう二度と会うことはない人になっちゃうんだから。所詮、今だけだよ。大学にいるときだけ」
中学の友達も、高校の友達も、みんな卒業したら自然と疎遠になった。連絡すら取っていない。だから大学を卒業したら同じ未来しかない。必然に、そう思っていた。
「それで、いいのか?」
いい。別に、それでいい。
だって……。
「夏芽の本心は、どうなんだよ」
桃香は私の親友で、大切で、だけど同時に嫌いだった。いつの頃からか、桃香の優しさに、ひどく傷つくようになった。その優しさが、自分と桃香の違いの差を見せつけてくるから。
桃香が持っているものはどれも高価な宝石のように見えた。ふと自分の手元を覗くと、握りしめているのはおもちゃのアクセサリーで霞んで見えた。明るい性格、誰とでもすぐに打ち解けられるところ、いつでも誰にでも見せる笑顔、優しい両親と裕福な家庭、将来の夢。どれも全部、私にはないものだった。
誰を羨ましいと思いたくない。すごく汚くて、ドロドロとした感情が身体の奥深くから沸き上がって来る。あの嫌な感じを、もう誰に対しても感じたくない。自分が今以上に、醜い生き物に見えてしまうから。
「自分が……醜いから、もう誰とも仲良くなりたくないの」
気づいたら、ボロボロと目から溢れてきてそれを止められなかった。止めどなく溢れてきて、どうしようもなく情けなかった。親とはぐれた迷子の小さい子どもみたいだ。
「俺たちが誰でもないなんて、言うなよな。もう、どっからどう見たって友達じゃん」
心の中で、何かが弾ける音がした。
「……友達?」
「友達って、何か知らない? 友達っていうのは、どんなときでも味方になってくれて、悩みも不安も全部聞いてくれる、突然ひょっこり現れたり消えたりする、幽霊みたいな奴」
自分で言ったのに「なんちゃってー」と笑っている。馬鹿だ。
「何かあったら、いつでも言えよ」
翔が幽霊だなんて、嘘みたいだった。だって、またあした普通に会って、話をして。笑って、くだらないことで連絡をして、長電話もして。どれも当たり前にできるみたいに「じゃあなー」と駅の方へ向かって、歩いて行ったから。
ようやく止まった涙を手で拭って、頬をそっと手で包む。冷たい。
いつしか、歩いて行った翔の姿はどこにもなかった。ずっと真っすぐ先に見える一本道は、翔が生きていたらきっと、その姿は小さくて消えてしまいそうだとしても、どこかにあったはずだった。
言葉は凶器だ。見えない凶器。声にしたり、文字にしたりするだけで、相手を傷つける凶器になってしまう。
あの日、桃香を殺したのは信号無視した車なんかじゃない。私の言葉だ。
「誰かと親しくするのが、正しいとは思えない」
「それじゃあ、美佳ちゃんはどうなんだ?」
「美佳は、ただ大学で仲良くしてるだけ。今だけ。卒業したら、もう二度と会うことはない人になっちゃうんだから。所詮、今だけだよ。大学にいるときだけ」
中学の友達も、高校の友達も、みんな卒業したら自然と疎遠になった。連絡すら取っていない。だから大学を卒業したら同じ未来しかない。必然に、そう思っていた。
「それで、いいのか?」
いい。別に、それでいい。
だって……。
「夏芽の本心は、どうなんだよ」
桃香は私の親友で、大切で、だけど同時に嫌いだった。いつの頃からか、桃香の優しさに、ひどく傷つくようになった。その優しさが、自分と桃香の違いの差を見せつけてくるから。
桃香が持っているものはどれも高価な宝石のように見えた。ふと自分の手元を覗くと、握りしめているのはおもちゃのアクセサリーで霞んで見えた。明るい性格、誰とでもすぐに打ち解けられるところ、いつでも誰にでも見せる笑顔、優しい両親と裕福な家庭、将来の夢。どれも全部、私にはないものだった。
誰を羨ましいと思いたくない。すごく汚くて、ドロドロとした感情が身体の奥深くから沸き上がって来る。あの嫌な感じを、もう誰に対しても感じたくない。自分が今以上に、醜い生き物に見えてしまうから。
「自分が……醜いから、もう誰とも仲良くなりたくないの」
気づいたら、ボロボロと目から溢れてきてそれを止められなかった。止めどなく溢れてきて、どうしようもなく情けなかった。親とはぐれた迷子の小さい子どもみたいだ。
「俺たちが誰でもないなんて、言うなよな。もう、どっからどう見たって友達じゃん」
心の中で、何かが弾ける音がした。
「……友達?」
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ようやく止まった涙を手で拭って、頬をそっと手で包む。冷たい。
いつしか、歩いて行った翔の姿はどこにもなかった。ずっと真っすぐ先に見える一本道は、翔が生きていたらきっと、その姿は小さくて消えてしまいそうだとしても、どこかにあったはずだった。
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