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 一発合格だった。私はようやく、自宅近くのショッピングモール内の書店員として採用された。

「バイト、受かったよ」

 夏休みが始まってすぐのできごとで、美佳にすぐに連絡した。

「やったじゃん。これでたくさん稼いで、服とか買ったり、どっか行けるね! 大学生なんだから、遊ばなきゃ」
「美佳も、夏はバイト?」
「バイト結構入れてる。だってそれ以外やることないし。あ、夏芽、七月三十日空けといて。夜でいいから」
「何かあるの?」
「夏と言えば?」
「夏と言えば……スイカ?」
「馬鹿、夏祭りだよ」
「夏祭り、行くの?」
「あったりまえじゃん! あんな悲惨な合コンを私に体験させておいて、夏はバイトばっかりして逃げようってわけにはいかないからね。私の遊びに付き合ってもらうから」
「……はい」

 スケジュール帳なんて、これまで一度も使わなかったのに、バイトを始めるから必要だと思って買った。季節的にもう二ヶ月くらいしたら来年のスケジュール帳が発売されるだろうけど。
 まだまっさらなスケジュール帳に、夏祭りと書き込んだ。

「浴衣、ある?」
「ある……と思うけどなぁ。夏祭りなんて全然行かないから、もうないかも」
「夏芽、あんたこれまでどうやって生きてきたの?」

 美佳は電話口で笑っている。私もそれに合わせて笑っておいた。

「もし浴衣ないなら、あたしの貸してあげる。とにかく、あるかどうか確認しといてよね。新しいの買ってもいいし。あたしの店で可愛い浴衣の新作が出てるから、それ買ってもいいかなぁって思ってる」
「バイトだと、安く買えるの?」
「まぁ、多少はね。だけど、ショップの店員って大変だよ。いつも新作着てないとダメだし、逆に売れて在庫もなくなった服を着て店頭に立てないしね」
「そうなの? なんで?」
「そのお姉さんが着てる服がほしいって言われても、出せないからだよ。面倒くさいよね」

 知られざる洋服店の店員さん事情だ。私はこれから先一生経験しないだろう。「お姉さんと同じ服をください」と言うことも、「お姉さんと同じ服がほしい」と言われることもない。

「じゃあ、またLINEして。あたしも連絡するから」
「うん、わかった」

 電話を切ると、部屋が異常なくらい静かだった。あのいつも付きまとっている翔がいないからだ。
 そう言えば、夏休みになってから翔に会わない。なぜだろう。大学の中や駅のあたりまでは一緒にいるけれど、その先の場所で翔が現れることがない。
 初日のバイトは、死ぬほど大変だった。本を棚に陳列したり、初めてレジに立ってみて、めちゃくちゃ緊張した。夏休みなので、とりあえず半日入ってみた。それでも、結構くたくたに疲れる。大きなショッピングモールだし、人も多い。夏休みだから特に多い。
 休憩時間になったので、バックヤードに入って家から持ってきたサンドイッチを食べていると、真一から連絡が来た。

〈夏休みだから、もしヒマな日があれば、どこか行かない?〉

 と書いてある。
 ええー。これが世に言うデートだったら、どうしよう。
私が翔のためにやり残したリストを完成させるためだけに、真一に声をかけたのに、逆に好意を持っていると勘違いされていたらどうしよう。

〈バイトを始めました。よければ遊びに来てください〉

 と返事した。

〈バイト、お疲れ様。本屋ならいくらでも遊びに行くよ。あしたはシフト入ってる?〉
〈入ってます〉
〈じゃあ、あした〉

 あした来て、何を話すというのだ。バイト中じゃ、まともに話せないじゃないか。
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