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 近藤桃香は、幼馴染だった。そして、私の人生で初めてできた友達にして親友だった。幼稚園の頃からずっと、小学校も、中学校も一緒だった。
 桃香はかわいくて、頭が良くて、運動もできて、私とは違った。だけど、私が一番の親友だと桃香は言ってくれていた。何でも話せる、唯一の親友なのだと。
 私は大勢といるのが苦手で、だけどひとりでは何もできなくて、いつもそばに桃香がいてくれた。毎日一緒に登下校して、放課後はどちらかの家でずっとくだらない話をした。
 桃香には好きな人がいた。純平くんという、クラス、いや中学でもモテモテだった男の子だ。サッカー部のエースで、後輩からも先輩からも人気者。いつもたくさんのバレンタインチョコをもらっているような男の子だ。
 だけど、こんなにダサい私も、純平くんが好きなひとりだった。
 どうして好きになったのか、それはいまいちよくわからない。たぶん、このときの私は、みんなが好きなもの、みんなが話しているものにすごく興味を持っていたのだと思う。学校で一番モテる純平くんだから、好きになったのかもしれない。
あの日は、中学二年のニ月十四日、バレンタインデーだった。桃香は私も純平くんが好きだと知っていて、だから一緒にチョコを作ろうと言った。「だって、ライバルがどんなチョコ作るか知りたいんだもん」と。
 ふたりで朝から材料を買いに行って、桃香の家でチョコクッキーを焼いて、ラブレターを書いた。当日、私たちはそっと純平くんの下駄箱にそれを入れて、ふたりで帰った。

「どっちが彼女に選ばれても、友達だよ」

 桃香はそう言って笑っていた。
 ずいぶん寒い雨の日だった。マフラーはしていたけれど、耳は凍りそうなくらい冷たくて、早く家に帰りたいと思った。
 私は絶対に桃香が彼女になると信じていた。いつも仲良く話しているのを知っていた。一言も話したことがない私なんかが、あんなものを下駄箱に入れただけで気持ち悪いと思われるだろう。

「どうして下駄箱に入れたの? 桃香だったら、直接告白すると思ってたのに」
「夏芽と同じ告白がいいの。ライバルなんだから」
「……ふぅん」

 私が桃香のライバルなんて、笑っちゃう。だって、月と鼈くらい違うのだ。どう考えたって、桃香が彼女に選ばれるに決まっている。

「どっちも振られたら、一緒に泣いて、忘れよう」

 ケロッとした顔をしてそう言うものだから、私は驚いた。ついさっき、好きな人にバレンタインをこっそり渡したばかりなのに。

「そんなに簡単に忘れられる? 吹っ切れるもの?」

 私が訊ねると「大丈夫だよ、親友がいればなんでもオッケー」と嬉しそうな顔をしていた。
 桃香は道路の端の白線を、綱渡りするみたいによろめきながら歩いている。傘もただ手に持っているだけで、制服が濡れても気にしていないようだった。
 私は立ち止まって、それを見ていた。

「そんなこと言って、桃香は自分が彼女になるってわかってるんでしょ?」

 思わず口にした言葉に、桃香がこっちを振り向く。

「どうして? そんなの、わからないじゃん」

 平気で、そんなことを言う。
 わかるでしょ。だって、私と桃香なんだから。誰が見たって、彼女になるのはどっちなのか誰でもわかる。簡単な問題だ。

「どう考えたって、私と桃香のどっちかだったら一目瞭然でしょ」

 桃香はスキップするみたいに歩いて来て、俯いている私の顔を覗き込んだ。

「どうしちゃったの? きのうは一緒に作って、楽しかったのに」

 全部、自慢に聞こえてしまった。桃香がそんなことするはずない。そうわかっていたのに、それなのに「私がきっと彼女になる」と言っているようにしか聞こえなかった。

「私なんか誘わなくたって、よかったよ。桃香だけが普通に告白すれば。どうせ、私は振られるんだから!」

 桃香は、走り去る私に向かって何かを言ったと思う。でも私は、そんなのを無視して、家に帰った。走って。
 あれが、桃香を見た最後だった。
 桃香はあの後、自宅近くの交差点で信号無視の車に轢き逃げされた。即死だったと後から聞かされた。
 将来は、看護師になりたいと言っていた。桃香なら、絶対になれたはずだった。きっと、絶対に、日本で一番、いや世界で一番優しくて可愛くて、患者のみんなから人気者の看護師になれた。
 どうして桃香が死ななければならなかったのか。私が死ねばよかった。私が代わりに、死んでしまえばよかったのだ。親友にあんなひどいことを言った私に、生きていく資格なんてない。
 あの日から私は、人との距離を取るようになった。今までより、もっと遠く、うんと遠く。誰も傷つけないように。傷つかないように。
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