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唐揚定食を食べたあの日から、しばらく翔は姿を現さなかった。連絡先を交換した真一とも連絡は取っていない。大学内で真一を見かけても、どんな風に話しかけていいのかわからなかった。翔がいなければ話せない。大体、翔が真一と話しをするきっかけも、連絡先を交換するきっかけも作ったのだ。翔が出てきて何か言わない限り、こちらから話しかけたり連絡したりする義理もない。
「どうしてうちの大学って、いい男がいないの」
美佳はというと、なんとあのユージ先輩と別れてしまった。三か月にわたった交際も美佳にしたら長いけれど、普通に考えたらかなり短い。
別れた理由は、ユージ先輩が他の子を好きになってしまったからだった。その子は美佳と違って、清楚系の女の子。物静かで、化粧は控えめで、ふふっといつも先輩の傍らで笑っているような子だ。学部は違ったが、その子も私たちと同じ一年で、サークル部員だった。最近はユージ先輩がその新しい彼女と彼女の手作りの弁当を一緒につつきながら、幸せオーラを纏っているともっぱら噂だ。
美佳は別れをきっかけにサークルを辞めてしまった。「別れた以上、こんなしょぼいサークルにいる必要はない!」と部員全員の前できっぱり言い放った。
結局、美佳のサークル活動は大勢の天体サークルの部員たちを敵に回しただけで、友達のひとりもできなかった。
それに笑える私は、心がねじ曲がっているのかもしれない。でも、美佳らしいから笑える。
「いい男はもういないんじゃない? 美佳がみーんな手を出したから」
またも安い食堂のカレーを口に入れながら、もごもご答える。
「私が付き合った男なんて、みんなクズ!」
「そんなこと言ったら、自分が惨めになるだけだよ」
「知ってた? 元彼は、みんな殺した方がいいんだって」
「……殺す?」
一瞬、そんなわけないと思ったけど、ドキッとした。美佳が包丁片手に血まみれになる姿を思い浮かべてしまった。まぁ、無きにしも非ず。
「そう。あんな男と付き合わなきゃよかった、とか、どんだけクズだったか思い出すと、自分が惨めになるじゃん。だけど、みんな心の中で殺して、死んじゃった人だと思えば、あの人あんないいところあったなぁ、って思えるんだって」
「できてないじゃん、全然」
「そうなんだよねぇ。同じ大学にいると嫌でも顔合わるときがあるし。本当に殺すわけにもいかないしね」
「でもそれって、未練があるってこと?」
その言葉にぴくりと反応した。
きょう、美佳はうどんだった。ズルズルっと大きくすすってから顔を上げて「未練など、これっぽっちもない!」と断言した。
「ただ、悔しいんだよね、振られたってことが。こんなことになるなら、自分から思いっきりこっぴどく振ってやるんだった」
未練はありそうだが、通常の恋愛の未練とは違うようだ。まだ彼が好きなの、なんてこれっぽっちも思っていない。
「よし決めた。合コンやろう!」
「合コン?」
「合コン! やろうやろう! 待ってたんだよ、俺!」
突然隣に湧いて出て来た翔に「どうして!」と思わす叫んでしまった。
「どうして? だって、もうすぐ夏休みだよ。彼氏ナシとかありえないでしょ。夏休みまでには、彼氏を手に入れる。誰でもいい!」
「じゃあ、俺はどう?」
黙れ、と心の中で静かに怒った。
翔はにたぁっと笑って「俺のやり残したことの中に、入ってんじゃん。合コン、待ってましたー!」と喜んでいる。
「イケメンの男友達に片っ端から連絡して、すぐにでもセッティングしてもらうから! 面子は、あたしと夏芽と、あともうひとり誘った方がいいかもなぁ……三対三が一番ベストじゃない?」
「じゃあじゃあ、真一誘えって!」
冷ややかな視線で、小躍りしている翔を見る。翔にはこの視線の冷たさが感じられないらしい。そうか。もう死んでいるからか。
「何、そんな嫌そうな顔しちゃって。大丈夫、あたしに任せとけって! いい男ゲット!」
「合コン! 合コン!」
美佳と翔はふたり並んで俄然やる気である。翔は、どうやったって合コンを楽しめないのに、何がそんなに楽しいのだろう。
「真一に、連絡よろしく!」
私が考えていることなんて、ちっとも翔には伝わっていない。ただ、本当に、どうして翔が死んでいるんだろうと思えてしまうくらい、不思議だった。
その日の夜、美佳から連絡があった。
「どうしよう。もうひとり女の子見つからないんだよね」
翔の言葉が頭の中でこだまする。真一を誘え、と。
「私……ひとり当てがあるんだけど」
「マジ? じゃ、その子に伝えて! 来週の土曜に合コンね!」
真一を連れて行ったら、怒るだろうなぁ。でも、このチャンスを逃したらもう合コンなんて参加できない気がした。
「その前に、合コンに備えて準備するから、付き合って!」
「えー、私が付き合っても何の意味もないよ? ファッションなんてわからないし」
「あんたの意見が聞きたいんじゃないの。ただ、自己満のためについてきてほしいだけ」
「ひどすぎでしょ」
そうは言ったが、笑ってしまった私の負けだ。美佳も電話の向こうで笑っている。
「一緒に、買い物行こうよ」
「……うん、いいよ」
私にこれまでなかったもの。こういう時間。私にもこんな時間ができて、いいのかな。
――もし、桃香が生きていたら。
「じゃあ、金曜の夕方は買い物ってことで。よろしく!」
きっと、美佳は桃香に似ているんだ。明るくって、ちょっと雑なところがあるけど、ちゃんと自分っていうものを持っていて、私とは違う。
「またあしたね」
「うん、またあした」
電話が切れる瞬間が無性に怖くて、私はその声を聞いてすぐに耳から離した。
あのとき、本当ならば「またあしたね」と言って別れていたはずだった。
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