24 / 72
24
しおりを挟む* * *
やり残したこと、一つ目。トマトへ行く。
実行日は突然やって来た。
「きょう行こう!」
「……どこへ?」
美佳は夏風邪を引いてしまい、きょうは大学を休んでいた。私はひとり、学食の隅っこでまた安いカレーを食べていた。目の前にどーんと座る翔を見て、どうしてこんなに鬱陶しい奴がみんなには見えないのかと頭を悩ませた。
「どこって、やり残したリストの一つ目、トマトへ行く!」
「今、カレー食べてるじゃん」
「夜ごはんにしよう」
「えー。ていうか、そこ、女の子が行くようなところなの?」
「女の子だって、メガ盛りに挑戦してる子もいるだろ」
「私はメガ盛りなんて食べたことないです。フードファイターじゃありません」
「唐揚定食、やべぇんだよ。唐揚がこぉんなに、山盛りになってるんだ」
オーバーに身振り手振りで唐揚の大きさを表現する翔。大げさすぎて、本当の大きさが想像できない。
「胃もたれしそう」
「夏芽ちゃんいくつだよ、もうおばあちゃんみたいな言い方」
「なんとでも言えば」
翔は一日中私を追い回して「唐揚……唐揚……」と囁いていた。翔のおかげで、煩い環境でも邪念を捨て去り、集中する力が身についた気がする。ある意味修行だ。
「唐揚。唐揚食いてー」
「食べられないでしょ。翔が食べたいもの全部、私の贅肉になるって言うのに」
「夏芽ちゃんは、少しぽっちゃりしても大丈夫だよ」
「死んだ人の意見より、生きている人の意見が大事」
「ひどいなぁ」
「それに、やり残したことリストは全部、親友の真一って人としたいんじゃなかった?」
「それが、なんと今真一はひとりでトマトに行ってるんです」
翔は嬉しそうに、その場で変な踊りをする。行く以外、選択肢はなさそうだ。
金欠なのに、翔と一緒にいるとお金がなくなってしまう。せっかく昼間は安いカレーライスで飢えを忍んだのに。
トマトは、一見普通の洋食店だった。白い外壁に赤い屋根。店の前には可愛らしい白い花が咲いて、小さな窓がふたつある。子どもの頃に遊んだシルバニアファミリーのおもちゃの家みたいだ。お洒落な看板が表に立てられている。しかしその内容は店の外装と相応しくない内容だった。
「唐揚大盛り定食一三〇〇円……。高っ!」
さようなら、私のお金。
「これが、学生なら学割でなんと八〇〇円!」
セールストークのように宣伝する翔に、思わず「安っ!」と返事してしまった。
「ちなみに、制限時間内に食べきることができたら、次回から大盛りメニューがさらに量増しで値段変わらず食べられるらしい」
「……いや、そんな特典いらない。しかも、制限時間内に食べきれるかより、無制限時間でも食べきれないと思う」
「大丈夫、タッパー売ってるから持ち帰れるよ」
「タッパーは別売りなんだ。まぁ、当然と言えば当然なのかな……」
翔は看板の前で偉そうに仁王立ちし、そのあと店の窓ガラスに顔をぺたんとくっつけて店内を食い入るように見ている。欲しいおもちゃの前で熱い視線を送る子どもみたいだ。
「そんなに行きたいのなら、大学になるまで待たずに高校生の時にでも行けばよかったじゃん」
つい、そんな思いが頭に浮かびそのまま口にしてみる。
「高校生の時じゃなくて、大学生になってから行きたかったんだ。同じ大学に行って、授業後とかに真一と一緒に行こうって。だからどうしても……」
どうしても、と言った翔の顔を直視できなかった。なんて馬鹿なことを聞いてしまったんだろう。翔はやり残したことがあるから、今もまだこうして姿を現している。それは相当な気持ちの表れだと思う。
「よし、入ろっか」
私は自分からドアを開けた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
バカな元外交官の暗躍
ジャーケイ
ライト文芸
元外交の音楽プロデューサーのKAZが、医学生と看護師からなるレゲエユニット「頁&タヨ」と出会い、音楽界の最高峰であるグラミー賞を目指すプロジェクトを立ち上げます。ジャマイカ、NY、マイアミでのレコーディングセッションでは制作チームとアーティストたちが真剣勝負を繰り広げます。この物語は若者たちの成長を描きながら、ラブコメの要素を交え山あり谷なしの明るく楽しい文調で書かれています。長編でありながら一気に読めるライトノベル、各所に驚きの伏線がちりばめられており、エンタティメントに徹した作品です。
吉原遊郭一の花魁は恋をした
佐武ろく
ライト文芸
飽くなき欲望により煌々と輝く吉原遊郭。その吉原において最高位とされる遊女である夕顔はある日、八助という男と出会った。吉原遊郭内にある料理屋『三好』で働く八助と吉原遊郭の最高位遊女の夕顔。決して交わる事の無い二人の運命はその出会いを機に徐々に変化していった。そしていつしか夕顔の胸の中で芽生えた恋心。だが大きく惹かれながらも遊女という立場に邪魔をされ思い通りにはいかない。二人の恋の行方はどうなってしまうのか。
※この物語はフィクションです。実在の団体や人物と一切関係はありません。また吉原遊郭の構造や制度等に独自のアイディアを織り交ぜていますので歴史に実在したものとは異なる部分があります。
宇宙との交信
三谷朱花
ライト文芸
”みはる”は、宇宙人と交信している。
壮大な機械……ではなく、スマホで。
「M1の会合に行く?」という謎のメールを貰ったのをきっかけに、“宇宙人”と名乗る相手との交信が始まった。
もとい、”宇宙人”への八つ当たりが始まった。
※毎日14時に公開します。
独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
水縞しま
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる