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 やり残したこと、一つ目。トマトへ行く。
 実行日は突然やって来た。

「きょう行こう!」
「……どこへ?」

 美佳は夏風邪を引いてしまい、きょうは大学を休んでいた。私はひとり、学食の隅っこでまた安いカレーを食べていた。目の前にどーんと座る翔を見て、どうしてこんなに鬱陶しい奴がみんなには見えないのかと頭を悩ませた。

「どこって、やり残したリストの一つ目、トマトへ行く!」
「今、カレー食べてるじゃん」
「夜ごはんにしよう」
「えー。ていうか、そこ、女の子が行くようなところなの?」
「女の子だって、メガ盛りに挑戦してる子もいるだろ」
「私はメガ盛りなんて食べたことないです。フードファイターじゃありません」
「唐揚定食、やべぇんだよ。唐揚がこぉんなに、山盛りになってるんだ」

 オーバーに身振り手振りで唐揚の大きさを表現する翔。大げさすぎて、本当の大きさが想像できない。

「胃もたれしそう」
「夏芽ちゃんいくつだよ、もうおばあちゃんみたいな言い方」
「なんとでも言えば」

 翔は一日中私を追い回して「唐揚……唐揚……」と囁いていた。翔のおかげで、煩い環境でも邪念を捨て去り、集中する力が身についた気がする。ある意味修行だ。

「唐揚。唐揚食いてー」
「食べられないでしょ。翔が食べたいもの全部、私の贅肉になるって言うのに」
「夏芽ちゃんは、少しぽっちゃりしても大丈夫だよ」
「死んだ人の意見より、生きている人の意見が大事」
「ひどいなぁ」
「それに、やり残したことリストは全部、親友の真一って人としたいんじゃなかった?」
「それが、なんと今真一はひとりでトマトに行ってるんです」

 翔は嬉しそうに、その場で変な踊りをする。行く以外、選択肢はなさそうだ。
 金欠なのに、翔と一緒にいるとお金がなくなってしまう。せっかく昼間は安いカレーライスで飢えを忍んだのに。
 トマトは、一見普通の洋食店だった。白い外壁に赤い屋根。店の前には可愛らしい白い花が咲いて、小さな窓がふたつある。子どもの頃に遊んだシルバニアファミリーのおもちゃの家みたいだ。お洒落な看板が表に立てられている。しかしその内容は店の外装と相応しくない内容だった。

「唐揚大盛り定食一三〇〇円……。高っ!」

 さようなら、私のお金。

「これが、学生なら学割でなんと八〇〇円!」

 セールストークのように宣伝する翔に、思わず「安っ!」と返事してしまった。

「ちなみに、制限時間内に食べきることができたら、次回から大盛りメニューがさらに量増しで値段変わらず食べられるらしい」
「……いや、そんな特典いらない。しかも、制限時間内に食べきれるかより、無制限時間でも食べきれないと思う」
「大丈夫、タッパー売ってるから持ち帰れるよ」
「タッパーは別売りなんだ。まぁ、当然と言えば当然なのかな……」

 翔は看板の前で偉そうに仁王立ちし、そのあと店の窓ガラスに顔をぺたんとくっつけて店内を食い入るように見ている。欲しいおもちゃの前で熱い視線を送る子どもみたいだ。

「そんなに行きたいのなら、大学になるまで待たずに高校生の時にでも行けばよかったじゃん」

 つい、そんな思いが頭に浮かびそのまま口にしてみる。

「高校生の時じゃなくて、大学生になってから行きたかったんだ。同じ大学に行って、授業後とかに真一と一緒に行こうって。だからどうしても……」

 どうしても、と言った翔の顔を直視できなかった。なんて馬鹿なことを聞いてしまったんだろう。翔はやり残したことがあるから、今もまだこうして姿を現している。それは相当な気持ちの表れだと思う。

「よし、入ろっか」

 私は自分からドアを開けた。
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