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「なんで笑うの」
「だって、宇宙はどこまで続くんだろうって考えるのと同じだよ。考えたって、私たちにはわからない」
「この本が本当なら、じゃあ俺は、たぶんきっと幽霊になっちゃう物語を書いたんだろうな」
「私はなんだ、脇役か」
「違うよ、ヒロインだよ」
馬鹿みたいに真面目に、サンタクロースはいるんだと信じている子どもみたいに、無邪気で穢れなんて一切ない、そんな瞳が私を見つめた。
「じゃ、私は帰るね」
「おう。俺も……」
そう言って立ち上がろうとして、ふと、寂しそうな顔をした。すぐにごまかすように笑ったけど、私はしっかり見ていた。
「本も読めたし、もしかしたら成仏できるかもな」
と言って、へらへら笑った。
会計を済ませると、駅の方へ歩いた。翔もその後をついて来る。
「この本、どうすればいい?」
行きかう人たちは、そこに翔がいるとは知らない。翔の身体を通り過ぎていく人たちを、私はじっと見つめた。
「いいよ、夏芽ちゃんにあげる」
じゃあなーと、あっさりいとも簡単に、翔は手を振った。
駅は帰宅ラッシュで、仕事帰りや学生でごった返している。翔の白いシャツを目で追っていたはずが、いつの間にか人ごみに紛れていなくなっていた。
「本当に、消えたのかな……」
足はまだ、人ごみの中に消えた翔を探そうとしていた。でも、重たい足を動かしてホームへ向かった。
イヤホンを耳につけて、お気に入りの曲をシャッフルする。人が電車から溢れて来て、それをよけながら車内に足を踏み入れる。後ろから歩いて来たおじさんが私を無理やり押しのけて、隅の席にどしっと腰を下ろす。私は向かいの隅の席に座り、隣には女子高生が三人並んで座った。音楽で耳がふさがっているが、十分聞こえる声だった。
「マヨは可愛いからね。もう連絡取るのやめなよ。ストーカーっぽくない?」
マヨ、と呼ばれた子は確かに可愛かった。千鳥柄のスカートに、紺色のジャケット、赤いリボンのブレザー。少しやつれた制服の感じからして、多分高校三年生だろう。男の子の話で盛り上がっている様子だった。
私も、つい最近までは高校生だったんだよなぁ。
ぼんやりと、さっき肩にぶつかってきたおじさんを見つめながら、耳だけずっと隣の女子高生に傾けていた。
私の高校生活はこの三人のように、男の子に夢中になったり、学校帰りにどこかへ寄り道したりしなかった。授業は真面目に受けていたし、居眠りだって当然一度もない。友達はいたけれど、ただ、高校でおしゃべりしたり、一緒にお弁当を食べたりするだけの存在。「卒業しても会おうね」という約束はしないし合わない。高校時代の友達は家もみんなそれぞれ遠かったりしたし、進学したのは私だけだった。就職した子と大学進学した私とでは、話も合わないだろう。
だけどもし、私もこんな時間を望んだのなら。こんなふうに、放課後はカラオケへ行ったり、ご飯を食べに行ったり、買い物に行ったり、この子たちのように過ごせただろうか。いいや、無理だ。私なんかにできるはずがない。
「谷口さんって、真面目ちゃんだよね」
クラスの子が私に抱くイメージはそれひとつだった。成績が特別いいわけではないけれど、先生たちには好かれる真面目でいい子。なりたくて、そうなったわけではない。でも、気づいたらそうなっていた。
私はたぶん一生、誰とも親友にはならない。傷つかず、傷つけず、適度な距離を保って接することができれば、それでいい。美佳とだって、今はそれとなく仲良くしているけれど、大学を卒業したらきっと離れていく。私には、そのくらいがちょうどいいのかもしれない。
桃香の顔が、つい思い浮かぶ。
――もし、桃香が今も生きていたとしたら。
桃香がいなくなってから、私はますます人との距離を取るようになった。親友なんて、友達なんて、いない方が楽だ。ひとりの方がずっといい。自分の好きなときに好きなことができるし、相手のペースを考えなくてもいい。
駅に置いてあったアルバイト情報誌をぱらぱらとめくりながら、コンビニ店員、パン屋のレジ係、アクセサリーショップで働く自分を想像する。どれも想像できない。しかし、大学生になっても義理の父にお小遣いをもらって生活するなど、ごめんだった。美佳の言う通り、バイトをしよう。あした美佳に情報誌を見てもらおうと、鞄の中にしまった。
「だって、宇宙はどこまで続くんだろうって考えるのと同じだよ。考えたって、私たちにはわからない」
「この本が本当なら、じゃあ俺は、たぶんきっと幽霊になっちゃう物語を書いたんだろうな」
「私はなんだ、脇役か」
「違うよ、ヒロインだよ」
馬鹿みたいに真面目に、サンタクロースはいるんだと信じている子どもみたいに、無邪気で穢れなんて一切ない、そんな瞳が私を見つめた。
「じゃ、私は帰るね」
「おう。俺も……」
そう言って立ち上がろうとして、ふと、寂しそうな顔をした。すぐにごまかすように笑ったけど、私はしっかり見ていた。
「本も読めたし、もしかしたら成仏できるかもな」
と言って、へらへら笑った。
会計を済ませると、駅の方へ歩いた。翔もその後をついて来る。
「この本、どうすればいい?」
行きかう人たちは、そこに翔がいるとは知らない。翔の身体を通り過ぎていく人たちを、私はじっと見つめた。
「いいよ、夏芽ちゃんにあげる」
じゃあなーと、あっさりいとも簡単に、翔は手を振った。
駅は帰宅ラッシュで、仕事帰りや学生でごった返している。翔の白いシャツを目で追っていたはずが、いつの間にか人ごみに紛れていなくなっていた。
「本当に、消えたのかな……」
足はまだ、人ごみの中に消えた翔を探そうとしていた。でも、重たい足を動かしてホームへ向かった。
イヤホンを耳につけて、お気に入りの曲をシャッフルする。人が電車から溢れて来て、それをよけながら車内に足を踏み入れる。後ろから歩いて来たおじさんが私を無理やり押しのけて、隅の席にどしっと腰を下ろす。私は向かいの隅の席に座り、隣には女子高生が三人並んで座った。音楽で耳がふさがっているが、十分聞こえる声だった。
「マヨは可愛いからね。もう連絡取るのやめなよ。ストーカーっぽくない?」
マヨ、と呼ばれた子は確かに可愛かった。千鳥柄のスカートに、紺色のジャケット、赤いリボンのブレザー。少しやつれた制服の感じからして、多分高校三年生だろう。男の子の話で盛り上がっている様子だった。
私も、つい最近までは高校生だったんだよなぁ。
ぼんやりと、さっき肩にぶつかってきたおじさんを見つめながら、耳だけずっと隣の女子高生に傾けていた。
私の高校生活はこの三人のように、男の子に夢中になったり、学校帰りにどこかへ寄り道したりしなかった。授業は真面目に受けていたし、居眠りだって当然一度もない。友達はいたけれど、ただ、高校でおしゃべりしたり、一緒にお弁当を食べたりするだけの存在。「卒業しても会おうね」という約束はしないし合わない。高校時代の友達は家もみんなそれぞれ遠かったりしたし、進学したのは私だけだった。就職した子と大学進学した私とでは、話も合わないだろう。
だけどもし、私もこんな時間を望んだのなら。こんなふうに、放課後はカラオケへ行ったり、ご飯を食べに行ったり、買い物に行ったり、この子たちのように過ごせただろうか。いいや、無理だ。私なんかにできるはずがない。
「谷口さんって、真面目ちゃんだよね」
クラスの子が私に抱くイメージはそれひとつだった。成績が特別いいわけではないけれど、先生たちには好かれる真面目でいい子。なりたくて、そうなったわけではない。でも、気づいたらそうなっていた。
私はたぶん一生、誰とも親友にはならない。傷つかず、傷つけず、適度な距離を保って接することができれば、それでいい。美佳とだって、今はそれとなく仲良くしているけれど、大学を卒業したらきっと離れていく。私には、そのくらいがちょうどいいのかもしれない。
桃香の顔が、つい思い浮かぶ。
――もし、桃香が今も生きていたとしたら。
桃香がいなくなってから、私はますます人との距離を取るようになった。親友なんて、友達なんて、いない方が楽だ。ひとりの方がずっといい。自分の好きなときに好きなことができるし、相手のペースを考えなくてもいい。
駅に置いてあったアルバイト情報誌をぱらぱらとめくりながら、コンビニ店員、パン屋のレジ係、アクセサリーショップで働く自分を想像する。どれも想像できない。しかし、大学生になっても義理の父にお小遣いをもらって生活するなど、ごめんだった。美佳の言う通り、バイトをしよう。あした美佳に情報誌を見てもらおうと、鞄の中にしまった。
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