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第六章 長谷川公子が愛した人

第二話

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 私が守らなければ。この子たちを。
 その一心で、一生懸命戦って生きて来た。生き抜いてきた。
 希望を失くしてはいけない。失くしたらきっと、私たちは生きていけない。私の子どもや孫には、いいや、私より若い人たちには、夢を信じてほしい。たくさんの夢を持ってほしい。叶うものもあれば、叶わないものもあるだろう。それでも、たくさんたくさん夢を描いてほしい。それがまた、その先の未来へと繋がっていく。

 ――おばあちゃん。

 孫たちの温かな手。今ここにあるように、優しさやぬくもりを感じる。

「もう、逝くのか」

 暗闇に、ぽつんと白い猫が座っていた。あれ。見覚えのある猫だ。
 そうだ。小さい頃、おばあちゃんが言っていた。この神社には猫神様が住んでいて、願いを叶えてくれるのだ、と。

「逝くのなら、返してやるよ。そういう約束だったよな」

 夫が亡くなって間もない頃。いつも神社にいる、真っ白い猫に話しかけられた。夫の死にひどく傷ついて悲しんでいたので、夢でも見ていたんだと思っていた。だって、猫が話すなんて。あり得ない。
 でも今目の前にいる猫が、そのときの猫だ。猫神様だったんだ。
 あれから何十年間も、あの神社で猫たちにエサをやってきた。けれど、あの日以来猫に話しかけられたことはなかった。白くて小柄な猫で黒い首輪をつけている。この子はいつも神社にいた。私が小さい頃から、ずっと。姿は変わっていない。

 あの日、神社で泣いていた私に猫神様は言った。〈恋心〉を預ければ、今の悲しみや苦しみが和らぐ、と。愛しい人が思い出になっていくと言っていた。
 〈恋心〉は目には見えないし、重さなんてないのかもしれない。だけど、猫神様に預けて以来、心がスッと軽くなった。〈恋心〉なんて、夫がいない世界では必要ないと思った。私がこの世を去る日が来たら、また〈恋心〉を持ってあの人に会いに行く。もう一度、あの人に恋したいから。

「ありがとう。向こうで夫を探すわ。きっと、待っているはずだから」
「いつまでもラブラブなこった」

 猫神様の首輪についている鈴が、リンと揺れた。

「私、みんなにお礼を言わなくちゃ。ありがとうって」
「そんなもん、みんなもうわかってる。心配いらねぇ。安心して夫のところへ行け。走って行けよ」

 猫神様が、大きなあくびをひとつして耳を動かした。

「ありがとう。わかった、走っていく。夫が、待っているから」

 私は走った。
 走れば走るほど、身体が軽くなっていく。風に乗って飛んでいくようだった。ふわり、と身体が浮かんで、足元にいる猫神様が小さく見えた。
 猫神様だけじゃない。みんないる。
 恵美も彰子も隆司も。8人の孫たちも。みんなが私を見上げて、手を振っている。

 ありがとう。
 ありがとう、みんな。
 私の人生、良い人生だった。
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