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第四章 三谷隆弘のキスでは誰も目覚めない
第四話
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「別れる」
いつかは言われるとわかっていた言葉だ。でも、まさかきょう言われるとは想像もしていなかった。
きょうは元旦で、一年が始まったばかりだ。こんな日に別れを切り出すなんて。俺の新年が台無しだ。
「え、急に?」
びっくりした。きょうという日を別れる日として選んだ杏子に。杏子が俺に心を開いていないとわかっていた。だから俺たちがハッピーエンドを迎えるはずもないと理解していた。だけど。何度でも言おう。なぜ、きょう別れ話をしようと思ったのか。俺の感では、別れを切り出されるのはもっと後だと思っていた。
「好きな人がいるの。だから、もうゲームはやめる」
俺を見つめる杏子の瞳。嘘のかけらもない、真実を告げる目だ。
「まぁ……初めから遊びだったから」
自分で言った言葉に動揺が隠せない。
こんなにも苦しい嘘は初めてだ。自分で言って、惨めになる。
納得できない。俺は杏子が好きなんだ。
いつもなら、別れようと相手に言われても円満に別れられた。「好きだけど、君がそう言うのなら仕方ない」なんて、最後まで相手をいい気分にさせるための嘘のプレゼントまでできた。
「好きな人って、誰?」
カッコ悪いついでに、誰が好きなのかはっきり杏子の口から聞きたい。でも杏子は、答えてくれなかった。ますますカッコ悪い。無様にフラれた男。三谷隆弘。悪女の池谷杏子には敵わなかった。
好きな人が誰かくらい、俺にはわかっている。真実を言ってほしい。
俺と三窪の違いは、明白だ。でも、納得できない。俺と杏子はゲームのつもりで始めたかもしれない。だがいつの間にか本気で杏子を好きになっていた。初めて好きな女と付き合えたというのに。やっぱり俺は呪われているのか。俺が好きになる人には、どうしていつも好きな人がいるんだ。それも、俺が勝てないような相手ばかり。
「なぁ、本当のことを教えてくれ」
しつこく、もう一度訊ねた。
どんなにカッコ悪くたっていい。とにかく今は知りたいのだ。
杏子はため息交じりに「恭介くんだよ」と答えた。
「じゃあ、あとこれ返すね」
一度も使っていない様子のネックレス。クリスマスにプレゼントしたものだ。リボンも丁寧に結びなおされている。
「いらない。俺が持ってても仕方ないし」
「あたしもいらないから」
これが本音なんだ。
ようやく本音が聞けたのに、心はちっとも晴れない。杏子は、俺なんてこれっぽっちも好きだと思ったことはないんだろう。騙された、とは言えない。俺だって恋愛ゲームのつもりだった。でも、できれば騙されていたかった。ずっと。一生騙され続けてもいい。杏子になら。
杏子のあの笑顔はすべて、三窪だけに向けたものだったなんて考えたくもなかった。
「捨ててくれていいから」
俺はネックレスをどうしても受け取れなかった。持っていても惨めな思いをするし。自分で捨てるのもなんだか。それならいっそ、杏子が捨ててくれたらいい。
しかし、杏子は俺の手のひらに無理やり箱をねじ込ませて持たせた。
「さよなら」
杏子がいつも見せてくれる笑顔は、そこになかった。疲れ切ったような表情で、杏子は俺の前から消えた。
呼び止められなかった。だって、杏子には俺が初めから見えていない。呼び止めたって、振り返ってもくれないだろう。聞こえなかったフリをされる気がして、怖かった。
いつかは言われるとわかっていた言葉だ。でも、まさかきょう言われるとは想像もしていなかった。
きょうは元旦で、一年が始まったばかりだ。こんな日に別れを切り出すなんて。俺の新年が台無しだ。
「え、急に?」
びっくりした。きょうという日を別れる日として選んだ杏子に。杏子が俺に心を開いていないとわかっていた。だから俺たちがハッピーエンドを迎えるはずもないと理解していた。だけど。何度でも言おう。なぜ、きょう別れ話をしようと思ったのか。俺の感では、別れを切り出されるのはもっと後だと思っていた。
「好きな人がいるの。だから、もうゲームはやめる」
俺を見つめる杏子の瞳。嘘のかけらもない、真実を告げる目だ。
「まぁ……初めから遊びだったから」
自分で言った言葉に動揺が隠せない。
こんなにも苦しい嘘は初めてだ。自分で言って、惨めになる。
納得できない。俺は杏子が好きなんだ。
いつもなら、別れようと相手に言われても円満に別れられた。「好きだけど、君がそう言うのなら仕方ない」なんて、最後まで相手をいい気分にさせるための嘘のプレゼントまでできた。
「好きな人って、誰?」
カッコ悪いついでに、誰が好きなのかはっきり杏子の口から聞きたい。でも杏子は、答えてくれなかった。ますますカッコ悪い。無様にフラれた男。三谷隆弘。悪女の池谷杏子には敵わなかった。
好きな人が誰かくらい、俺にはわかっている。真実を言ってほしい。
俺と三窪の違いは、明白だ。でも、納得できない。俺と杏子はゲームのつもりで始めたかもしれない。だがいつの間にか本気で杏子を好きになっていた。初めて好きな女と付き合えたというのに。やっぱり俺は呪われているのか。俺が好きになる人には、どうしていつも好きな人がいるんだ。それも、俺が勝てないような相手ばかり。
「なぁ、本当のことを教えてくれ」
しつこく、もう一度訊ねた。
どんなにカッコ悪くたっていい。とにかく今は知りたいのだ。
杏子はため息交じりに「恭介くんだよ」と答えた。
「じゃあ、あとこれ返すね」
一度も使っていない様子のネックレス。クリスマスにプレゼントしたものだ。リボンも丁寧に結びなおされている。
「いらない。俺が持ってても仕方ないし」
「あたしもいらないから」
これが本音なんだ。
ようやく本音が聞けたのに、心はちっとも晴れない。杏子は、俺なんてこれっぽっちも好きだと思ったことはないんだろう。騙された、とは言えない。俺だって恋愛ゲームのつもりだった。でも、できれば騙されていたかった。ずっと。一生騙され続けてもいい。杏子になら。
杏子のあの笑顔はすべて、三窪だけに向けたものだったなんて考えたくもなかった。
「捨ててくれていいから」
俺はネックレスをどうしても受け取れなかった。持っていても惨めな思いをするし。自分で捨てるのもなんだか。それならいっそ、杏子が捨ててくれたらいい。
しかし、杏子は俺の手のひらに無理やり箱をねじ込ませて持たせた。
「さよなら」
杏子がいつも見せてくれる笑顔は、そこになかった。疲れ切ったような表情で、杏子は俺の前から消えた。
呼び止められなかった。だって、杏子には俺が初めから見えていない。呼び止めたって、振り返ってもくれないだろう。聞こえなかったフリをされる気がして、怖かった。
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