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第四章 三谷隆弘のキスでは誰も目覚めない
第三話
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クリスマスイブ当日のデート。有名なイルミネーションを見に行った。サプライズと言ったが、特別なサプライズではない。歴代の彼女たちの何人かと、この場所でイルミネーションを見た。
イルミネーションなんて、俺は興味がない。でも女はこういうのが好きらしい。クリスマスのデートスポットには、毎年イルミネーションが候補に挙がる。イルミネーションと言っても、ただの電飾の集まりだ。夜景だって同じ。人の生活の灯りだ。
毎年テーマが変わっているらしいが、俺にとってはどれも同じ。でも今年は、いつもと違って見えた。杏子は俺の隣で、嬉しそうにイルミネーションを見ていた。
これは心からの笑顔なんだろうか。いや、どうして俺はそんなことが気になるのか。心が掻き乱される。
クリスマスイブはどこもかしこもカップルだらけだ。俺たちも他人から見たらカップルだろうけど、ラブラブのカップルではない。
イルミネーションを見たあとに、イタリアンレストランで食事をした。ここのクリスマスディナーのメニューがかわいいと以前杏子が言ったのを思えていた。だからここを選んだ。
野菜をふんだんに使ったメニューで、女子にはいいだろうが俺にはちょっと物足りない。でも、杏子が喜ぶのなら。
美味しそうに頬張る杏子の顔を見ながら、これが嘘か本当かを当てるゲームをしている自分に気づく。
俺は、杏子が好きなんだ。たぶん。いや、もっと強い確信をもって言える。ただ、久しぶりのこの気持ちに戸惑う。本当に好きになった女に、うまく接することができないなんて。これまで付き合ってきた経験なんて、役には立たない。所詮はただの恋愛ごっこだ。
なんだか難しい名前の料理が数々運ばれてきたあと、締めのデザートがやって来た。リンゴのタルトとキャラメルのジェラートだ。
「あたしリンゴ大好き」
甘いものは得意じゃない。でも、杏子が好きなら。
プレゼントを渡すなら、今が一番ベストじゃないだろうか。杏子の笑顔を見て、確信した。
「なに?」
「俺からのクリスマスプレゼント」
杏子はブルー色のリボンをほどいて、白い包み紙を破いた。小さな箱には、あの雪の結晶のネックレスが入っている。杏子はよく小ぶりのアクセサリーをつけていた。きっと使ってくれるだろう。この季節にぴったりだ。
「ありがとう。あたしからも」
俺は丁寧にプレゼントを受け取った。
クリスマスっぽい柄の包み紙を破ると、細長い箱が出てきた。開けると財布だった。革の財布だ。
「ありがとう」
杏子は手の中にある箱の中身をじっと見て、箱を閉めた。そして、ジェラートをスプーンですくって美味しそうに舐めた。
気に入らなかっただろうか。
杏子の細かな表情さえ、俺は気になって仕方がない。
嬉しいのか。なんだこんなもの、と思っているのか。どっちだ。
デザートを平らげたあと、ふたりで手を繋ぎ夜道を歩く。ホワイトクリスマスにはならなかったが、吐く息は雪のように白い。
杏子の手を引っ張り、抱き寄せた。杏子の髪が鼻をくすぐる。いい香りがした。香水か、シャンプーか。それとも杏子自体がいい匂いなのかもしれない。
でもなにかが違う。杏子を抱きしめても、俺の腕の中にいないみたいだ。空気を掴んでいるように、虚しい。
杏子は目を閉じ、顔を傾ける。杏子の唇は、甘いキャラメルの味がした。まだ閉じられたままの杏子を見ると、夢が現実になったみたいで不安になる。
俺のキスでは、杏子は目覚めてくれないのではないか。俺は杏子の王子様にはなれないのか。杏子の王子様は、三窪なんだろうか。
「元旦は、一緒に初詣に行かない?」
腕の中で大きな瞳を俺に向け、杏子が訊ねた。
一生、この腕の中にいてくれたらいいのに。この瞳も、唇も、髪も全部俺だけのものになればいいのに。
「初詣?」
「そう。野良神社に」
野良神社。恋の願いが叶うと聞くあの神社か。俺は一度も行ったことがない。
だいたい、願いなんて叶うはずがないのに。神様だって存在しない。でも人は、願いが叶うと聞けば「神様仏様」と頼み込む。普段は信じてもいない神様に。ずいぶんと都合のいい話だ。もし神様が本当にいたとしても、願いなんて叶えてくれないだろう。そんな自分勝手な人間を助けるほど、神様だって甘くないはず。
「いいよ、行こう」
杏子が行きたいと言うのなら、俺も行く。神様は信じていないが、杏子となら地獄に落ちてもいい。
手を繋ぎながら、雪のように消えてしまいそうな杏子を盗み見る。
俺はバカだ。こんな女に惚れるなんて。心底、惚れてしまうなんて。
杏子を家まで見送って、駅までひとり歩いて戻る。なぜだろう。胸のあたりが苦しい。
俺たちは、もうとっくの昔に終わっていたのかもしれない。いや、始まってすらいなかったのかもしれない。でも。それでもいい。終わっていたとしても、始まっていなかったとしても、俺は杏子を手放したくない。
ホテルでただくっつき眠ったあの日から、杏子はますます様子が変だった。手を繋いでいないとどこかへ行ってしまいそうで。抱きしめていないと消えてしまいそうで。俺が触れれば、体温で溶けて消えて消える雪のように。
イルミネーションなんて、俺は興味がない。でも女はこういうのが好きらしい。クリスマスのデートスポットには、毎年イルミネーションが候補に挙がる。イルミネーションと言っても、ただの電飾の集まりだ。夜景だって同じ。人の生活の灯りだ。
毎年テーマが変わっているらしいが、俺にとってはどれも同じ。でも今年は、いつもと違って見えた。杏子は俺の隣で、嬉しそうにイルミネーションを見ていた。
これは心からの笑顔なんだろうか。いや、どうして俺はそんなことが気になるのか。心が掻き乱される。
クリスマスイブはどこもかしこもカップルだらけだ。俺たちも他人から見たらカップルだろうけど、ラブラブのカップルではない。
イルミネーションを見たあとに、イタリアンレストランで食事をした。ここのクリスマスディナーのメニューがかわいいと以前杏子が言ったのを思えていた。だからここを選んだ。
野菜をふんだんに使ったメニューで、女子にはいいだろうが俺にはちょっと物足りない。でも、杏子が喜ぶのなら。
美味しそうに頬張る杏子の顔を見ながら、これが嘘か本当かを当てるゲームをしている自分に気づく。
俺は、杏子が好きなんだ。たぶん。いや、もっと強い確信をもって言える。ただ、久しぶりのこの気持ちに戸惑う。本当に好きになった女に、うまく接することができないなんて。これまで付き合ってきた経験なんて、役には立たない。所詮はただの恋愛ごっこだ。
なんだか難しい名前の料理が数々運ばれてきたあと、締めのデザートがやって来た。リンゴのタルトとキャラメルのジェラートだ。
「あたしリンゴ大好き」
甘いものは得意じゃない。でも、杏子が好きなら。
プレゼントを渡すなら、今が一番ベストじゃないだろうか。杏子の笑顔を見て、確信した。
「なに?」
「俺からのクリスマスプレゼント」
杏子はブルー色のリボンをほどいて、白い包み紙を破いた。小さな箱には、あの雪の結晶のネックレスが入っている。杏子はよく小ぶりのアクセサリーをつけていた。きっと使ってくれるだろう。この季節にぴったりだ。
「ありがとう。あたしからも」
俺は丁寧にプレゼントを受け取った。
クリスマスっぽい柄の包み紙を破ると、細長い箱が出てきた。開けると財布だった。革の財布だ。
「ありがとう」
杏子は手の中にある箱の中身をじっと見て、箱を閉めた。そして、ジェラートをスプーンですくって美味しそうに舐めた。
気に入らなかっただろうか。
杏子の細かな表情さえ、俺は気になって仕方がない。
嬉しいのか。なんだこんなもの、と思っているのか。どっちだ。
デザートを平らげたあと、ふたりで手を繋ぎ夜道を歩く。ホワイトクリスマスにはならなかったが、吐く息は雪のように白い。
杏子の手を引っ張り、抱き寄せた。杏子の髪が鼻をくすぐる。いい香りがした。香水か、シャンプーか。それとも杏子自体がいい匂いなのかもしれない。
でもなにかが違う。杏子を抱きしめても、俺の腕の中にいないみたいだ。空気を掴んでいるように、虚しい。
杏子は目を閉じ、顔を傾ける。杏子の唇は、甘いキャラメルの味がした。まだ閉じられたままの杏子を見ると、夢が現実になったみたいで不安になる。
俺のキスでは、杏子は目覚めてくれないのではないか。俺は杏子の王子様にはなれないのか。杏子の王子様は、三窪なんだろうか。
「元旦は、一緒に初詣に行かない?」
腕の中で大きな瞳を俺に向け、杏子が訊ねた。
一生、この腕の中にいてくれたらいいのに。この瞳も、唇も、髪も全部俺だけのものになればいいのに。
「初詣?」
「そう。野良神社に」
野良神社。恋の願いが叶うと聞くあの神社か。俺は一度も行ったことがない。
だいたい、願いなんて叶うはずがないのに。神様だって存在しない。でも人は、願いが叶うと聞けば「神様仏様」と頼み込む。普段は信じてもいない神様に。ずいぶんと都合のいい話だ。もし神様が本当にいたとしても、願いなんて叶えてくれないだろう。そんな自分勝手な人間を助けるほど、神様だって甘くないはず。
「いいよ、行こう」
杏子が行きたいと言うのなら、俺も行く。神様は信じていないが、杏子となら地獄に落ちてもいい。
手を繋ぎながら、雪のように消えてしまいそうな杏子を盗み見る。
俺はバカだ。こんな女に惚れるなんて。心底、惚れてしまうなんて。
杏子を家まで見送って、駅までひとり歩いて戻る。なぜだろう。胸のあたりが苦しい。
俺たちは、もうとっくの昔に終わっていたのかもしれない。いや、始まってすらいなかったのかもしれない。でも。それでもいい。終わっていたとしても、始まっていなかったとしても、俺は杏子を手放したくない。
ホテルでただくっつき眠ったあの日から、杏子はますます様子が変だった。手を繋いでいないとどこかへ行ってしまいそうで。抱きしめていないと消えてしまいそうで。俺が触れれば、体温で溶けて消えて消える雪のように。
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