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第三章 池谷杏子は白雪姫にはなれない

第十一話

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 いや、なにを考えているんだあたしは。黒髪かどうかなんて、それ以前に、恭介の好きなタイプに合わせようとするなんて。今までだって、誰かの好みに合わせたことはない。いつだってあたしがしたい髪形、したい髪色に染めている。黒髪なんて、高校生までだ。

「どうしてお姉ちゃんが好きなの?」

 思わず、唐突にそう訊ねてしまった。訊ねてから、バカなことを訊いてしまったと後悔する。

「え? どうしたの、急に」

 恭介はびっくりしているようだった。

「いいじゃん。一目惚れなんだよね?」

 一目惚れする奴は、内面なんて見ていない。姉は確かに美人だ。でも、あたしには負ける。ふたり並んでいたら、絶対にあたしに一目惚れしていたに違いない。それに恭介は4人で会ったり連絡を取り合ったりして、多少なりとも姉の内面に触れているはずだ。それなのに、まだ姉に恋しているなんて。おかしい。姉の一体どこに惚れるというのか。

「うまく言葉にできないんだ。邑子さんの寂しさというか、哀しさというか、そういうものが見えた気がして、気になったのかな」
「確かにお姉ちゃん、幸薄そうな顔してるもんね」
「いや、そういうことじゃなくってさ」

 先ほど注文を取った店員がコーヒーを運んできた。
 恭介はコーヒーにミルクと砂糖を入れ、一口飲んだ。すぐに幸せそうに目を細めて、ホッと息を漏らす。全部表情に出てしまうのも、恭介の良さであり悪いところだ。まさに犬みたいな男。ペットショップのガラスケースの向こうで、尻尾をブンブン振る犬みたいだ。こんな単純な男、遊ぶのもつまらないだろう。恋愛ゲームには向かない。

「あれから進展あったの?」
「ないよ。バカみたいに何度も告白したら、鬱陶しいかなって思って」

 もうすっかり冷めてしまったカフェオレをスプーンでかき混ぜながら、ひとこと「ふぅん」と言った。つまらない。

「最近、邑子さんはどうなの?」
「どうって?」
「元気って意味だよ」
「元気なんじゃない?」

 姉とは全然会っていない。あれから実家にも帰って来ないし、あたしたちは仲良し姉妹でもない。

「なんであたしに聞くの?」
「本人に聞いても、あんまり話してくれないし」
「直接本人に聞けばいいのに」

 なんでもかんでも、あたしに訊かないでほしい。姉のことは、妹のあたしにだってよくわからないのだ。

「どうしたの? なんかあった?」
「……ないよ」

 いつもはにこにこ偽物の笑顔を貼り付けて恭介と話せるのに、きょうは無理だった。できない。どうしてだろう。不機嫌な態度を取ってしまう。

「さっき、三谷先輩も怒ってたみたいだった。俺のせいかな」
「そうなんじゃない?」
「そうなの?」

 三谷がなぜ機嫌が悪いかなんて、知ったことじゃない。どうせ卒論がうまくいかないとか、そんなものだろう。

「ねぇ、もうお姉ちゃんのこと諦めたら?」
「どうして?」

 どうしてって。恭介は、一体あと何回姉に告白するつもりなんだろう。どれだけフラれたら、諦めるつもりなんだろう。一度フラれただけでも十分に傷ついたはず。それなのに、まだ挑戦するつもりなのか。

「お姉ちゃん、もうずっと恋愛なんてしてないよ。興味ないから。恭介くんがどんなに諦めなかったとしても、お姉ちゃんは誰にも振り向かないと思うよ」
「そうかもしれないけど……」

 恭介はコーヒーを飲んで、今度はさっきとは違い苦そうな顔をした。

「どうして諦めないの? 無理じゃん」
「気持ち悪いって言われても、嫌いだって言われても、諦められないんだ。邑子さんが好きだから」

 好きな人にせっかく想いを伝えたのに、気持ち悪いと言われた。なのになぜ、そんなにも強い気持ちでいられるんだろう。意味がわからない。
 姉のどこがいいのだろう。姉のなにがいいのだろう。あたしと姉はなにが違うのだろう。姉は、恭介のことなんてこれぽっちも気にしていないのに。恭介の気持ちだけが一方通行なのに。

「もう、あたしにしとけばいいじゃん」

 つい、声に出してしまった。きょうはどうしたんだろう。
 恋愛ゲームは得意なはず。それなのに、きょうは自分から自滅しそうな言葉や態度を取ってしまうのはなぜだろう。

「あたし……? あたしって、杏子ちゃんのこと?」

 恭介は目を大きく見開いて、ぽかんとした表情を浮かべた。頭の上にクエスチョンマークが飛び交っているのが、あたしには見える。
 思わず、俯いた。恭介に今の顔を見られたくない。
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