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第二章 三窪恭介は全力で恋をする

第十五話

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 人をかき分けるようにして、ひとつのブースを覗き込んだ。キラキラと輝くアクセサリーがあった。それを、女の子たちが真剣な眼差しで吟味している。

「邑子さんも、こういうのが好きなんですか?」

 近くにいると思って話しかけたが、邑子さんはいない。恥ずかしくなって周りをきょろきょろするが、誰も俺を見ている人はいなかった。アクセサリーに夢中のようだ。
 どうしよう、邑子さんとはぐれてしまった。浮かれた様子の人たちの中から、赤い着物を必死に捜した。だからやっぱり、手を繋げばよかった。……無理だけれど。

 一際混雑している店があった。どこの店も4人くらい集まれば、商品が見えないくらいの大混雑状態だ。でもその店には8人くらいの女性客が、指輪やらネックレスをはめたりつけたりして賑わっていた。その中に、邑子さんがいた。よかった。迷子にならずに済んだ。
 邑子さん、と声をかけようとしてやめる。邑子さんはなにかをじっと食い入るように見つめていた。初めて出会ったとき、本を見つめていた邑子さんの顔を鮮明に思い出した。なにを見ているのだろう。ほしいものでもあっただろうか。
 邑子さんが見ていた店では、動物をモチーフにしたアクセサリーを販売していた。細かな表情まで丁寧に再現されている。今にも動き出しそうなほどリアルだ。犬や猫、鳥やウサギ、シマリスなど、可愛らしく定番そうな動物から、魚や爬虫類もいる。
 猫が三日月に乗っかっているペンダントが目に入った。細い三日月で、表面もリアルだ。そこに、でっぷり太った猫神様によく似た猫がなんとか乗っている。

「全部手作りなんですか?」

 思わずブースの向こう側に立つ男性に訊ねた。

「全部手作りですよ」

 あまり愛想のよくないおじさんだった。俺が手作りじゃないのでは、と疑っているように聞こえてしまったのかもしれない。
 おじさんの指は太く、本のように分厚い手のひらをしていた。がっしりと力強い。このたくましい指先で、触り心地のよさそうな毛並みや、小さな口や鼻や目を作っているのか。まさに職人技だ。
 猫のペンダントをひとつ手に取ってみる。かわいい表情をしているが、つい、猫神様の声が聞こえてくるようだった。かわいい顔をして似合わない声が。

「よければつけてみてください」

 俺が? とびっくりしておじさんを見ると、隣にいる邑子さんに話しかけていた。
 邑子さんはなぜか慌てて、持っていたものをもとの場所へ戻した。

「なにかいいものありましたか?」

 そっと戻したのは、指輪だった。俺はその指輪を手に取る。流れる水の時を止めたように美しい。そこに小さな赤い金魚が泳いでいた。今にも優雅に泳ぎ出しそうだ。鰭なんて本当にリアルで、空にかざすと透き通って見えた。どうやって作っているのだろう。

「金魚の指輪、綺麗ですね」
「フリーサイズになってるから、最大16号まで伸ばせますよ」

 おじさんが言う。
 なるほど。指輪にもフリーサイズなんてものがあるのか。アクセサリーなんてひとつも持っていないし、つけた経験もない。

「つけてみてくださいよ」

 邑子さんに指輪を手渡す。きっと気に入ったのだろう。
 邑子さんは両頬を少し赤く染めて、小指にそっと通した。ちょっと大きそうだ。

「これ、小さくもできるんですよね?」
「できますよ」

 おじさんがぐっと力を入れて、指輪を縮めた。そんなに簡単にできるものなのか、とつい見入ってしまう。小さくなった指輪を、邑子さんが再び指にはめた。今度はぴったりだ。

「いいですね! きょうの着物とよく合ってますよ!」
「……ありがとうございます」

 恥ずかしそうにお礼を言うところがまた、かわいらしい。
 てっきり買うのだと思っていたら、邑子さんは指輪を外して戻した。

「あれ、買わないんですか?」
「……ちょっと、考えます」

 こんなとき、スマートにさっとプレゼントできたら、カッコいいだろうなぁ。
 おじさんが他のお客さんの接客をしている隙に、そっと金魚の指輪の値段を盗み見た。5700円。高い。急に手が出せる金額ではなかった。
 渋々、その場から離れる。邑子さんもあちこちの店を見て回っていたが、結局金魚の指輪は買わなかった。
 邑子さんに金魚が好きなのかを訊ねると、携帯を取り出し一枚の写真を見せてくれた。金魚を4匹飼っているのだそうだ。一匹ずつちゃんと名前をつけているのだと言う。名前を訊いたが、教えてくれなかった。どんな名前を金魚につけたのだろう。ものすごく気になる。

「きょうはこのまま実家に顔を出すので、これで失礼します」

 邑子さんとはハンドメイドマーケットを回った後、すぐに別れた。俺はどうしても諦めきれず、もう一度あの指輪の元へ戻った。しかし、残念ながら戻ったときにはもう売り切れいていた。

「かわいかったもんなぁ。売り切れちゃったか」

 思わず、ひとりでに声が出る。
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