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第二章 三窪恭介は全力で恋をする

第十四話

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 どうして、俺なんかと一緒に初詣にいってくれるんだろう。

 ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
 どんな理由であれ、きょうの出来事を俺は一生忘れないだろう。邑子さんの美しい着物姿も。写真に収めたいが、隠し撮りなんてしたら気持ち悪がられるだろうな。
 駅から続く細い道を行くと、野良神社はある。近くには小さいが人の出入りは多い商店街もある。住宅と商店街でざわめく中に、鬱蒼と木々が生い茂る神社だけ別世界に見えた。小さい神社ではあるが、人気は高いようだ。初詣に訪れた人たちで溢れかえっていた。
 邑子さんによると、いつもお正月には人で賑わう神社なのだそうだ。邑子さんも、毎年必ずここへ来ているらしい。

「きょう、妹も来ているはずなんです」
「杏子ちゃんも? 初詣ですもんね」

 初詣に並ぶ人だかりが、神社の外までできている。その人混みのずっと先に、杏子ちゃんらしき人が見えた。杏子ちゃんかな、と思って見ていたら隣には三谷先輩がいる。どういうことだ。杏子ちゃんの彼氏って、三谷先輩なのか。

「あれ杏子ちゃん、三谷先輩と一緒だ」

 俺が指差す方を、邑子さんも見た。

「彼氏……かな」
「さぁ、どうなんでしょうね」

 邪魔してはいけない、と俺たちは見て見ぬ振りをした。杏子ちゃんたちがいるのは、俺たちがいるずっと前方だ。
 参拝の行列に並び、順番を待つ。並んでいる間、邑子さんになにを話しかけていいのかわからず、無言だった。

 どうしよう。俺、めっちゃ緊張してる!

 寒さと緊張から手がかじかんでしまい、何度も息を吹きかけた。
 他人から見たら、俺たちふたりは立派なカップルに見えるだろう。そう考えれば考えるほど、どんどん緊張していった。
 ようやく、順番が回って来る。邑子さんと並んで、賽銭箱の前に立った。
 少し前、この賽銭箱の前で泣いていた俺と今の俺は大違いだ。猫神様、ありがとうございます。俺、ちょっとは成長しましたよね?

「今年こそ、恋が成就しますように。俺、頑張ります!」

 そう心の中で強く願い、五円玉を入れた。
 チラッと横を見ると、邑子さんが静かに両手を合わせていた。今、この瞬間の写真がほしい。毎日飽きずに見ていられる。写真コンテストに出したら優勝間違いない一枚が撮れるだろう。
 邑子さんは、どんなことを願っているのだろう。聞いてみたい。ぼんやりと考えていたら、邑子さんの声がして我に返った。

「おみくじありますよ。引きますか?」

 お正月だけ、野良神社でおみくじが引けるらしい。今なら大吉が出せそうな気がする。いいや、絶対に大吉以外ありえない。

「私、毎年引いてるんです」
「ですよね。俺も……」
「おみくじなんて引いてんじゃねぇよ。自分の運勢は自分で決めろ」

 びっくりして足元を見ると、猫神様がいた。相変わらずのもふもふふわふわのかわいらしい姿で、酒焼けしたようなおっさん声だ。

「真っ白な猫ちゃんね」

 邑子さんはそっと手を伸ばし、猫神様を撫でようとした。

「オレは撫でられるのが嫌いなんだよ」

 邑子さんの手をふわふわの白い手で払い退ける。
 今だけ猫神様がうらやましい。俺も邑子さんによしよしされたい!

「おみくじ、引かないんですか?」

 猫神様を見たまま固まる俺に、邑子さんが声をかける。

「ひ、引きません! 自分の運勢は、自分で決めるので!」

 そう言うと、邑子さんは目を大きく見開いて驚いた顔をしたが、すぐに「いいですね、じゃあ、私もそうします」と言った。

「いや、俺のことなんて気にしないで引いてください」
「大丈夫です。確かに、毎年引いたおみくじの内容に一喜一憂してしまうので、引かない方がいいかもしれません」

 邑子さんにも一喜一憂することがあるのか。人間なのだから、当然だけれど。
 邑子さんは、全然笑わない。いつもどこか遠くを見ているみたいだ。楽しくないのだろうか。やっぱり、俺なんかと一緒にいても……。

「俺なんかと初詣に来てくださって、ありがとうございます」

 初詣はこれで完了だ。だからさっさと帰りたいかもしれない。そう思って、鳥居の前でお礼を言った。

「……あの人だかり、なんでしょうか」

 邑子さんは俺のお礼を完全に無視して、商店街の方に群がっている人たちを指さした。

「なんでしょう、初売りセールとかでしょうか?」

 邑子さんは人混みに吸い込まれるように歩いて行った。俺もその後に続く。
 商店街の真ん中で、小さな露店が並んでいる。白い幟が風に揺れており、ハンドメイドマーケットと書かれていた。人が多すぎて、どんなものが販売されているのかよく見えない。
 こういうとき、邑子さんと手が繋げたら。人混みに紛れて邑子さんがどこかへ行ってしまいそうだ。「俺の手を離さないで」なんてキザな言葉は言えないし。そんな言葉を言ったら、もっと気持ち悪がられるだろう。
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