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第二章 三窪恭介は全力で恋をする

第十話

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 大学を終えてからバイトに向かう。きょうもなにひとつ変化のない1日だ。いつもと同じ。
 三浦さんは珍しく有給を2日も取っていた。旅行だろうか。三谷先輩とは久しぶりにシフトが一緒だった。

「三谷先輩、お久しぶりですね」

 バックヤードのロッカーに自分の荷物を入れに行くと、三谷先輩が休憩を取っていた。

「あ? そうだっけ」

 間の抜けた返事が返って来た。

「内定決まってから、会社の事前研修やら卒業論文やらで忙しかった」
「大変ですね」

 すぐに沈黙が流れる。なんか気まずい。なぜだろう。三谷先輩から発せられる威圧感はなんだ。

「なにか、あったんですか?」
「なんで」
「いやなんか、静かだなぁって」
「なんもねぇよ」

 また、沈黙になる。俺はちらっと三谷先輩を見た。虚ろな表情だ。疲れているのだろうか。

「お前さ、杏子と付き合ってんの?」
「え? 杏子ちゃんと?」

 唐突な質問に、びっくりした。どうしてそんな展開になってしまうのか。

「邑子さんが好きって、先輩も知ってるじゃないですか。なんで杏子ちゃんと?」
「……だよな」
「そうですよ。変なこと言わないでくださいよ」

 悪いな、と三谷先輩は食べ終わった後のゴミを丸めて、ゴミ箱に捨てた。
 なにか、苛立っているように感じた。本当に、どうしたのだろう。いつもの三谷先輩らしくない。
 バイト中も、あまり会話することなくそのまま上がりの時間になってしまった。

 バイトが終わり、三谷先輩の様子が気になったまま、杏子ちゃんと待ち合わせていた駅前のカフェに入る。最近できたばかりの、流行りの喫茶店なんだとか。ここのマフィンは人気でおいしいんだ、と杏子ちゃんが言っていた。
 店の中は温かい。一歩入った瞬間に、コーヒーのいい香りがする。遅い時間なのに、店内には結構人がいた。レジの横に大きなガラスケースがある。中には少しだけケーキやサンドイッチが残っていた。でもマフィンは品切れだ。残念。そんなにおいしいなら、一度食べてみたかった。
 店内を見渡すと、杏子ちゃんが一番奥の窓際のテーブル席で手招きしているのが見えた。

「あたし、もうカフェオレ頼んじゃった。恭介くんも頼んで」

 杏子ちゃんが、メニューを渡して来た。テーブルにはマフィンがふたつ並んでいる。

「マフィン、買っておいてくれたの?」
「早めに来て、2人分ね」
「ありがとう」

 大きなマフィンだ。チョコチップにアーモンドスライスが散らされている。夜ご飯がまだだったから、お腹がぐーっと鳴った。今すぐにでもかぶりつきたい。

「ご注文はお決まりですか?」

 黒髪を一つにまとめた、感じのいい女性店員さんがやって来て、メモを片手に訊ねた。

「じゃあ、ホットコーヒー。ミルクと砂糖もお願いします」

 俺が注文し上着を脱いだとたん、杏子ちゃんがすぐに訊ねてきた。

「ねぇ、どうしてお姉ちゃんが好きなの?」
「え? どうしたの、急に」
「いいじゃん。一目惚れ、なんだよね?」

 初めて書店で見た邑子さんの横顔。綺麗で、寂しそうで、哀しそうで。でも、恋の香りが微かにした。手に持っていた本のせいではないはず。邑子さんは、細かく繊細なガラス細工の人形みたいだった。厳重に保管されていて、気安く触れられない。それくらい、と尊いものに感じた。
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