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第二章 三窪恭介は全力で恋をする

第八話

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 家計の足しになればと、高校時代は新聞配達のアルバイトをしていた。なにか少しでも力になりたかった。
 引っ越しの日、母さんから分厚い封筒を手渡された。俺が家に入れていたわずかなバイト代を、そっくりそのまま残しておいてくれていたのだ。

「あんたが自分で稼いだお金だから、自分のために使いなさい」

 大学の学費も、母さんが出してくれた。大学へ行くための費用は、バカみたいに高い。俺は家族みんなに学ばせてもらっている。俺の頭がもっと良ければ、国立大学に行って学費も抑えられただろうに。将来は弁護士や医者、有能な人材を目指せたのかもしれない。それに、妹や弟にだって夢があるはずだ。大学を卒業したらしっかり働いて、今度は俺が返す番だ。俺と同じように、妹や弟にも進みたい道へ行ってほしい。
 でも。
 やるべきことはわかっていたはずなのに、最近はずっと足踏みしている。自分の夢が突然巨大すぎて、叶えられない気がしてきた。弱気になっている。
 俺は福祉の大学に通い、介護福祉士や社会福祉士を目指している。人の役に立つ仕事、それが俺の夢だ。だけど近頃は自分の思いが、恋に関しても夢に関しても一方通行だ。邑子さんへの想いもうまく伝わらないし、頭に霧がかかっているみたいだった。

「バカみたいに真剣な顔をしてるな」

 猫神様の声に、我に返る。さっきまでふわふわ漂っていた湯気がない。チャーハンが冷めてしまった。

「早く食え。冷めちまうぞ」

 口に入れながら、やっぱりちょっと母さんの味とは違うなぁと思った。なにが足りないのだろう。わからない。

「いいな、学生ってのは。夢がいっぱいあって」
「俺の夢、わかるんですか?」
「お前を見てりゃわかるよ、そんなこと。顔に書いてあるからな」
「さすが、神様ですね」

 まあな、と言いながらまた丁寧に毛づくろいをする。ちら、とオレを見たとき赤い舌が少しだけ出ていた。

「よくわからんが、とにかく後ろは振り返るな。前だけ見てろ」

 見透かされたようだった。神様の前では、自分は偽れない。
 とにかく、前進しよう。猫神様もそうおっしゃっている。元気だけが取り柄の俺。頑張れ、俺。
 自分で自分に喝を入れ、ご飯を食べ終わってから課題に取り掛かった。

 気が付いたら、机に向かったまま朝を迎えていた。猫神様は人間みたいにへそを天井に向け、ぐっすり眠っていた。太陽がカーテンの隙間から俺の部屋を照らしている。朝は冷え込む。寒さに反して、窓から射す光は炎のように温かそうだ。
 夜に感じる一抹の寂しさは、朝が連れ去ってくれる。でもきょうは、それ以外にも連れ去ってくれたものがある。
 いつもと同じように、俺は邑子さんにメールを送った。
『おはようございます。今朝は勉強したまま眠っていました。今朝は寒いので、風邪には気を付けてください』
 鬱陶しいと思われるかもしれない。返事もくれないかもしれない。それでもいい。邑子さんがちょっとでも、俺のメールを読んでなにか思ってくれたら、それで十分だ。
『ありがとうございます。恭介くんも気を付けて』
 珍しくすぐに短い返事が返って来た。
 っしゃー! と小さな声でガッツポーズ。ぐーっと背伸びをして、気持ちよさそうに眠る猫神様を見た。
 幸せそうだ。幸せ以外、ありえないという顔をしている。
 俺は天にも昇る嬉しさを隠せず、小躍りしながら出かける準備をささっとして、猫神様を起こさないよう静かに家を出た。
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