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第二章 三窪恭介は全力で恋をする

第四話

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 夏休みが終わって大学が始まる頃、俺は思い切って邑子さんをデートに誘った。しかし、あっさり断られた。映画に誘ったのがハードル高かったのか。だったら次は「お茶でも」と誘ってみた。それでも断られた。それならば、きっと今は忙しい時期なんだろう。そう思って1か月後にまた誘ってみた。しかし返事は同じ。

 そこからずるずると、メールだけの日々がまた続いていった。進展させたいが、どう進めていいのかわからない。
 夏が終わり、秋がやって来た。木の葉が少しずつ色づいて来るのを見ていると、だんだんと気持ちが焦っていく。いつまでメールの返事を待ち続ける日々が続くのか。俺は邑子さんと、このまま1ミリも距離が近づかないまま終わってしまうんじゃないか。
 なにか、行動に移さなければ。俺は救世主に連絡を入れた。

「お姉ちゃん、本当に人見知り激しいんだよね。彼氏なんて、ずっといないよ」

 救世主は杏子ちゃんだ。一番邑子さんの近くにいて、邑子さんをよく知っている。

「もう気づいてると思うんだけどね、恭介くんの気持ちには」
「ってことは、俺には望みなし?」

 その一言を否定するわけでも肯定するわけでもなく、杏子ちゃんはカフェオレを飲んで「あたしにいい案があるよ」と言った。
 杏子ちゃんの計画は、こうだった。
 杏子ちゃんが仕事終わりの邑子さんと待ち合わせをする。そこに、偶然俺が通りかかり杏子ちゃんは急に用事が出来て行けなくなったと連絡を入れる。そこで俺が邑子さんをどこかに誘って、思い切って告白するというプランだ。本当にうまくいくのだろうか、と不安になったが、杏子ちゃんが背中を押してくれた。決行日は、きょうだった。

 ついさっき、俺はいかにも偶然を装い、邑子さんと会った。ビックリしていたけれど、偶然だと思ったみたいだった。しかし、杏子ちゃんが来られなくなったと連絡を入れ、電話を切ったとたん、邑子さんは帰ろうとした。慌てて俺は引き留めたが「どこかでゆっくり話でも」なんて雰囲気にはなれなかった。俺がいけない。俺が、そういう雰囲気を作るのが下手くそだったからだ。
 だからどうしようもなくなって、告白だけした。

 そして現在に至る、わけである。
 もっと時間をかければよかったのか。俺が猪突猛進しすぎたのか。それとも、願いのかけ方を間違えたか。
 杏子ちゃんから、恋に効く神社――野良神社の話を聞いた。邑子さんと会う前に、願掛けしに行った。
 でもやっぱり、願いなんて叶わないじゃないか。

 賽銭箱の前で、蹲る。
 辛い。痛い。苦しい。身体の中が痛い。いや、外も痛い。あちこち痛む。
 恋って、失恋したときって、こんなにも痛いのか。いいや、さっき転んだからか。ズボンの上から膝を触る。多分、出血しているだろう。

 声に出して願いを言うなんて、バカみたいだ。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を拭おうと、頭を上げた。そのとき、柔らかいなにかが俺の頭に当たった。
 風が吹いて、耳元で鈴の音が聞こえた。綺麗な、澄んだ音が響く。
 猫がいた。真っ白で、雪みたいな猫だ。黒い首輪に金色の大きな鈴。瞳は青い。まるで宝石が埋め込まれているみたいだ。

「猫ちゃん……どうしてこんなところに」

 子猫だろうか。身体はまだ小さい。両手に収まりそうなくらいだ。それなのに、抱き上げるとずっしり重たかった。

「首輪ついてるじゃん。飼い主さんは?」

 大切に育てられたのだろう。きっと、探しているはずだ。こんなにもかわいい子猫を捨てるはずがない。

「飼い主さん、探してあげるよ。きょうは寒いし。俺の家に来なよ」

 きょうは少し寒い。これからもっと冬が増していく。ニャンコのおかげで、俺はちょっと温かくなった。
 神社を出たところで、ズボンのポケットが震える。電話だ。

「どうだった?」

 杏子ちゃんだ。

「玉砕でした!」

 明るく言ったが空元気になってしまって、杏子ちゃんが心配そうに訊ねてきた。

「大丈夫? 今からそっち行くから。こういうときは、話すに限るよ」
「もう遅いし、俺は大丈夫」
「なんか適当に、元気の出るもの買って行くね」

 杏子ちゃんの声が消え、またしんと静かになる。
 俺のアパートは学生に格安で提供しているボロ屋だ。でも、俺みたいに親からの仕送りをもらわず、バイトだけでやっている人間には大変ありがたい。

 ペットはもちろん禁止だ。でも飼うわけではない。だから、ちょっとくらい……と思っているが、やっぱりダメだろうか。
 早く飼い主を捜さないと。きっと、今もどこかで必死に捜している。首輪も付けているから、飼い主がいるのは間違いない。どこかに名前とか住所とか、書いてないだろうか。首輪を探るが、なにもない。それにしても猫にはやっぱり、鈴なんだな。
 頭を撫でようとすると、うぅーと唸って触らせてくれない。猫は人には懐かないと聞いたが、今まで猫と触れ合ったことも飼ったこともないからよくわからない。触らせないわりに、大人しく抱かれているのはなんでだろう。
 猫は家に入れるとぴょんっと手をすり抜けて、部屋の中をうろついていた。匂いを嗅いだり、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。

 しばらく経って、杏子ちゃんが来た。ふたりでは食べきれないくらいたくさんのお菓子とお酒とおつまみを、わざわざ買ってきてくれた。

「ありがとう。俺なんかのために」
「こういうときは、飲んで話すと楽になる」
「見かけによらず、おっさんみたいだね。杏子ちゃんって」

 どうぞ上がって、と杏子ちゃんを部屋に上げると、部屋の汚さに初めて気が付いた。

「ごめん。俺、最低だ」
「全然気にしないから、大丈夫」

 散らかった物を足で隅の方へ押しやる。部屋の真ん中の小さなこたつテーブルに乗っている物は、すべてベッドへ放り投げた。ベッドの上も汚い。服は山積みになっているし、部屋の掃除も最近ずっとしていない。こんな部屋に女の子を呼ぶなんて、失礼なんてものじゃない。

「さぁ、飲んで。気が済むまであたしに話してよ」

 杏子ちゃんは汚い俺の部屋にちょこんと座り、こたつに足を入れた。俺はすぐにこたつのスイッチを入れる。
 杏子ちゃんは袋の中から缶酎ハイを2本取り出し、1本開けると俺に渡した。そして自分のも開けた。
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