13 / 15
秋津甲斐のゾーンディフェンス
2
しおりを挟む昔、迎えに来てくれたのは美玖の方だった。引っ越してきたばかりで、近くに友達もいなかった保育園時代。
「甲斐くん。いっしょに、あそぼ」
と言って家に呼びに来たのは、近所に住んでいた美玖だ。美玖は、いつも元気に駆け回っていて、よく笑う子だった。黒くて引き込まれるような瞳でじっと見てきて、遊ぶ?と聞いてくる。
頷くと、笑顔が弾けた。
あ、かわいい、と思って、それからは美玖が誘いに来てくれるのが、楽しみになる。
笑顔でいて欲しい、と思ったのがきっかけで、美玖の様子がいつも気になるようになった。
オレは美玖や美玖の兄弟に交じって遊ぶようになる。美玖と保育園は違ったけど小学校が同じになったことで、遊ぶ頻度はより増えた。
ありていに言えば、親が不在がちで寂しかった幼少期の救いが、美玖や美玖の兄弟だったのだと思う。
美玖の呼びかけが「甲斐くん」から「甲斐」になるのは早く、家に遊びに来ることも増えた。がらんどうの家に中に美玖が来ると、家に生命が宿った感じがする。
それ以降、親の転勤や単身赴任により、「ついてくるか?転校するか?」と問いには、必ず「残る」と答えることにした。美玖がいればいい、と思ったのだ。必要に迫られて家事や炊事のスキルは上がっていった。
早く大人になりたい、と言うのが小学生の頃からのオレの思いだ。
大人になれば美玖と結婚出来るかもしれない、と思った。結婚イコール一緒に暮らせる、一緒に過ごす時間が増える、という小学生の発想だ。
美玖が同じ家に帰ってくれればいいのに、と思ったことは何度もある。そのために出来ることは大人になることだ、と思っていた。
でも、現実はのろのろ、だらだらと日々を重ねる他ない。
小学生の頃、「好きな人って誰?」の答えに、美玖が「甲斐」と答えていたのを知った。その好きな人っていうのは、男女の区別もなくただ仲のいい相手として答えていたと思うけれど、内心すごく嬉しかったのだ。当時は美玖と仲良くするのも自由だったし、何も気にしなくてよかった。
でも、中学になってからは、がらりと変わってしまう。「佐久良美玖と付き合ってんの?」と聞かれることが増えて、オレは「どう思う?」「当ててみ?」と質問返ししてかわしていたけど、一度、美玖が同じ質問に真面目に答えているのを目撃した。
「幼なじみだから、付き合ってるとかじゃないから」と言って。通りがかりざまに、「マジレスすんな」と言ったら、甲斐がちゃんと幼なじみだって言わないからじゃん、と怒られる。
付き合ってるのと幼なじみって何が違うんだっけ、とふと思うが、ああ、そう言えばキスとかそういうのはやってないな、と後で気づいた。幼なじみか、付き合っているかとか、そんな区別必要か?と正直思うのも事実だけれど、美玖も周りの奴もなぜか、重要視しているようだ。
同級生はともかく、先輩からのいじりは中々しつこく、それは首謀格の先輩が美玖に気があったからだと知る。
やっただの、付き合ってるだののいじりに、だるくなってきて、なんか文句あんの?うるせぇんだけど、気になるならオレに当たってねぇで、美玖を落としてみろよ、と口に出かけるけれど、スマートじゃない。
何より美玖に当たれたら、マズい。そもそも美玖を落されても微妙だ。
「すみません、オレ経験値ないんで、先輩達の話は刺激強すぎ。ところで先輩って気になる子いるんすか?」
と知らんぷりして逃げるに限る。
高校にあがったとて、ジリジリダラダラと、だるい日々は続く。
「佐久良とやった?」
「やってねぇ」まだな。
「佐久良と付き合うの?」
「付き合わねぇ」まだ。
いつも、心の中でまだ、をつける。そんな機会あるか分からないし、ほぼないんだろうけど。
好きなのは当たり前。
美玖と付き合うとか、やるとか、出来るに越したことはないけど、出来なくても、美玖がそばにいるならいいとも思っていた。
下衆な言い方をすれば、必要ならそういうのは別でやるからさ、美玖はただそばにいてくれよ、と思っていたのだ。自分ではプラトニックだと思ってたけど、多分美玖は、そう言うのをプラトニックだとは思わないと思う。
でも、どうやっても、突破口は見当たらなかった。謎のルールが適用されるまでは。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる