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まずは、オレから

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 最初のデートが保留になった後、再び大和先輩に呼び出された。屋上に呼び出されて告白されて、キス。その度に私は死ぬ。
 初め甲斐に「じゃ、オレとキスすれば」と気軽に言われて、拒否感が募ってしまったからだ。かなりごねているうちに、死んでしまう。

「いい加減にしろよ、いいじゃん、キスくらい。先輩とはもうしてるんだし、いくらオレとすんのがやでも、それは一回だけだろ。我慢しとけ」
 と再三言われて、ようやく覚悟が決まった。

 甲斐とキスするのがイヤなのは、生理的にイヤとかそういうのじゃない。そういう土台にいない、と言うのが正しい。
 そして、男女の幼なじみと言うだけで、ずっと言われ続けていた、キスやその先をもうやったか?といういじりを本当のことにしてしまうのが、不服だというのもある。

 結局、「これは予防接種だ」と言い聞かされて、6回目にしてキスをした。
 そして、甲斐との「キス」をクリアした今、これまでとは別の流れが生まれている。


 3日前に戻った後、そのまま過ごしていれば、先輩に屋上に呼び出されて告白されるのは分かっていた。
先輩に呼び出された日、私は家の用事を理由に断る。
 その日、何が起こるのかは分かっていたし、キスはクリアしたものの、胸を触られれば、また死ぬのだ。今のところ、先輩とのこれからのために「胸を触られる」をクリアするつもりはない。

 私は先輩を避けるようになり、先輩とは少しずつ疎遠になる。
 それにより日々はつづがなく過ぎていく――――
 かのように思った。


 先輩と疎遠になったことで、甲斐と過ごす時間が増えた。そして、甲斐の友達との接触機会も再び増える。私と甲斐は、バスケ部とサッカー部で部活が違うけれど、終わりの時間が重なることも多いので、部活の友達同士でまとまって帰ることが多い。
 友達といるときの甲斐は、バカ話をして楽しそうだ。しばらく前まで友達といるときに、私が通りかかるとスルーされることも多かったのに、最近は声をかけてくる。どんな心境の変化か分からない。
 部活がない日も、「美玖、一緒に帰ろうぜー」と軽いノリで声をかけてくる。周りの目線は気にしないようだ。
 死なれたらイヤだから見張っているんだろうな、と思った。

 ある日、甲斐の友達の工藤篤紀から、甲斐が呼んでいると呼び出された。ついて行ったら、階段の踊り場に二人きりになり、出し抜けに篤紀は第一声、
「甲斐ってズルくね?」
 と言うのだ。
「この前も佐久良と付き合わないって言った割に、マンマークえぐいじゃん」
 マンマークつまり、特定の相手にぴったりとついてマークすることだ。付き合わないなんて言っていたんだ、と初めて知った。

「あれはいつもの気まぐれだって。最近まで邪魔扱いだったもん。家来んなって言われたし、またそうなるよ」
 私は甲斐としたことのない新しい経験をするつもりはなかったし、する気配もない。死ぬことはないと思う。間もなくまた、甲斐は私を邪険にし始めると思った。
「あ、それ。俺が甲斐んちで佐久良と機会作ってくれって言ったの。それをディフェンスしたかったんだろ」
「機会?」
「今みたいに話したりとかしてみてーって」
「そうなんだ」
「甲斐んとこは親の目が緩いから、色々と便利で」と篤紀は後半話を濁しはじめる。色々便利でなにしてるんだよ、と思うけど、深入りしない。

「なんにしても、今話してるじゃん?なんか放り込んどくことある?」
「それ。その佐久良のてきとーな感じ割りと好き」
「そういえば、工藤ってさ1年の頃に柚衣のこと好きだったって、本当?柚衣が気にしてた。今も好きなら上手くコネクトしよっか?」
 わ、コネクトって、佐久良も甲斐と似たようなこと言ってるよ、と工藤が言う。甲斐と似たようなこと、と言われると、なんとなく不服だ。
「高瀬のことは、前に誰かに言ったかも。でも佐久良って、恋バナ嫌いって甲斐からは聞いてたけど」
 なんだその情報、と思う。
「別に、人並みじゃん?甲斐とはしたくないだけ」
「なんで?」
「親とか兄貴や弟と恋バナするのに近いのかも。私あんま家族とそーゆー話しないから。兄弟が男しかいないってのもあるけど」
「なるほど、じゃ、オレと恋バナしてよ」
「いいけど、ネタないよ、私」
「バスケ部の大和先輩が佐久良気にしてたとかは?」
 ドキッとしたけれど、選んだ未来である今の流れでは、大和先輩とデートもキスもしてはいない。

「あーそれ、結構古くない?ネタ」
「じゃ、甲斐が因幡先輩といい感じだったとか?」
「知らないー。けど、甲斐はなんだかんだ結構チャラいイメージだし」
「モテるよ」
「だろーね」
 だからこそ、私とのあれこれでいじられるのも話題にされるもの、どうかな、とも思う。
「工藤はどんな子が好きなの?今は柚衣じゃないの?」
「高瀬はかわいいし、隣の席になったときに優しかったからよくって。でも、俺けっこー惚れっぽいから、今はまた別のトレンドが来てる」
 工藤がじっと見つめてきたので、私の顔にホコリでもついているのかと思った。
「うわ、来たトレンド。甲斐も言ってた。男子ってなんなのホント」
「あーそれはエロの方の話?」
「いや言ってないって。それは個人で勝手にやってていいよ」
 と言ったら工藤は爆笑していた。
 何笑ってんの、とツッコミを入れる。
「たのしそーじゃん、まぜてよ」
 と声がしたので、階段の上を見たら、甲斐がいた。
「あ、わり、ちょっと佐久良借りてた」
 と工藤がやや気まずそうに言うのが不思議だ。借りてたって何、と思う。
「帰ろ、美玖」



 帰り道の甲斐はしばらく無言で、何か話題を放り込ませない雰囲気もあった。何か怒らせるようなことをしたかな、と思う。公園に通りがかったときに、寄ってかね?と言われた。公園に寄りたいというのは、多分何か話をしたいってことだ。

 誰もいない降園のブランコに横並びで腰かける。甲斐が口火を切った。
「篤紀となら、ああいう話するんだな」
「ああいう話?」
「誰が好きとか、そういうの。オレとは絶対しねーじゃん」
「工藤にも言ったけど。甲斐と恋バナするのって、兄貴とか陵右と恋バナしてるみたいで、なんか微妙だし。だいたい誰が好きとか聞いて楽しい?」
「楽しくはない」
「ほら。それに前に友達紹介したときも、いやがったじゃん。だからそういう話やめた」
「じゃなくて、美玖の好きな奴の話。直接は聞いたことない」
「好きな人って、そんなにいたことない。友達レベルならいるけど。甲斐も好きな人の話はしないじゃん」
 と言ったら甲斐はどこかもの言いたげにしながら、こっちを見るのだ。

「聞きたい?」
 甲斐の恋愛を想像するのは難しい。昔から一緒にいすぎているから、私のイメージする恋愛というもの自体が甲斐と結びつかないのだ。どの子にもソツなく接しているイメージはあるけれど、好きな人を知りたいか知りたくないかと言えば、あまり知りたくはないかもしれない。
「いい、甲斐の恋愛事情って想像できないし。私と付き合わないってわざわざ工藤に言ったとか、そういうのも別に。今さらだし」
 そろそろ付き合いたいんだけど、と気まぐれなことを甲斐が言っていたのを思い出す。

「今さらってなに」
 甲斐が低く言ったので、思わずその顔を見た。その表情がどこか寂しそうに見えるのはなぜだろう。
「甲斐だって好きな人が出来たり、いい感じな子と仲良くしたりしてるでしょ。今さらなんで、私がどうとか」
「ああ、オレは結構チャラいイメージだしって?」
 聞かれていたのか、と思ったら、決まりが悪い。視線をそらし自分の膝を見た。
「ごめん。けど、モテるの悪いことじゃないじゃん。恋愛は自由だし」


 じゃらじゃらと鎖の音がして、甲斐がブランコを降りた気配がする。顔をあげたら、唇にキスが落ちてきた。
 何か思う間もなく、後頭部を押さえつけられて、深く入って来て驚く。もう、キスはクリアしているのに……なんで?
 思わず後ろから転げ落ちそうになり、身体ごと抱き寄せられた。
「なにしてんの、頭おかしくなった?」
「篤紀にどっか触られた?」
「は?」
「触られたら、死ぬじゃん」
「ないよ、そういう感じじゃないし。工藤もないでしょ」
「いや、ありだろ。佐久良やベー、最近特に可愛くみえる。やりたい、機会作ってくれよ。甲斐、お前が佐久良とないなら、譲れよって言われてた」
「はぁ?」
「あいつがしたいのは、恋バナなんて、可愛いもんじゃなく、エロバナだろ。もっと言えば、エロいことしたいって感じ」
「うわぁ」
「引くだろ?けどさ、気になる子に触れて、どんな感じか確かめたい。どんな風に反応してくれるんだろうって想像する。それって悪いこと?」
 甲斐はじっとこちらを見つめてきて、私の唇を親指のはらでなぞってくる。なんでこんな風に触れてくるんだろう?今までこんなことはなかったと思うのに。

「悪いこと、じゃないよ。けど、なんでそれを私に言うの。甲斐が好きにする分には、私、何にも言わないじゃん。これまでだって」
 甲斐は頷いた。
「美玖はオレとそういう風に関係したくない、知ってるけどさ。でも、篤紀なんかより、オレの方がずっと、美玖とやりたいと思ってるよ」
 息が一瞬止まったと思う。さらりと甲斐が言った言葉の意味が分からない。

「そ、そういうこと、勢いで言うのやめた方がいいと思う。だからチャラいって感じる」
「美玖って、オレと近づかない理由探すのうまいよな」
「甲斐、自分がめちゃくちゃなこと言ってるの、分かったほうがいいよ。ないわって、その、言ってたじゃん」
 私が言ったら、ああ、あんなの、と甲斐は低く呻く。
「男同士のあんな話、誰も信じねぇよ。美玖、ありあり、おかげで毎日元気でたちまくってるわ。そんなの言った方がヤバい」
「な、やだそれ」
 心底イヤで眉をひそめたら、
「ほらな」
 と甲斐は笑う。
「甲斐がふつーにそういうの興味あるのは知ってるし、別にいい。けど、昔から知ってる私がそのゾーンに入るのは変でしょ」
 そう言ったら、オレは、と枕詞を置いてから、言った。
「美玖が昔と比べてどんな風に変わったんだろ、やったらどんな風に変わるんだろとか、ふつーに気になる」
 私の髪の毛を触って来て、自分の口元に持っていくから、慣れてるな、と感じた。

「やっぱチャラい。そんなの、どこでも言ってる感じ」
 と言ったら、甲斐は明らかに不貞腐れた顔になる。
「大和先輩の方がチャラいけどな。あちこちに手出してるの有名」
「知らないし、そんなの。だったら教えてよ、途中で」
 何回大和先輩とキスして死んだと思ってるんだ、と言いたい。
「美玖が好きならしょうがねぇって、思ってたけど。大和先輩にとられるのは、やっぱやだな」
「それ、借りるとか、とるとか、私甲斐のものみたいじゃん」
「オレのだよ」
 甲斐と目が合う。冗談を言っているのかと思ったら、真っすぐに見つめてくるので、反応に困った。

「違うよ」
「オレの」
 念を押すようにくり返し言ってくるので、目を逸らす。
「甲斐、マジで、どうしたの?壊れた?」
 変なことを言っているので、本気で心配になって来た。
「もし、誰かとやりたくなったら。まずはオレからじゃなきゃダメなんだ、美玖は。じゃないと死ぬから」
「知ってるよ。でも、それを今言わなくていいじゃん、そんな機会来るかも分からないし」
「オレとやるのって、美玖にとって死んだ方がマシ?死ぬよりはマシ?」
「そりゃ死ぬよりマシでしょ」
「じゃあ、オレと付き合えば。そうすれば安全」
「え、やだ」
 即答したら、ぴきっと甲斐の片方の眉毛があがった。
「オレ意外にモテるのに。今、チャンスだけど」
 自分でモテるとかいう辺りに、甲斐の余裕を感じる。

 それがまた若干腹立たしいので、
「甲斐いい奴だし、他の女子の反応からすれば、割とカッコいいのかも。だからこそ、別行っといていいよ」
 と適当に流してみた。
「お前さぁ、オレのどこがダメなわけ。顔?性格?」
 そしたら、モテ男のプライドが傷ついたらしくて大げさに言ってくる。モテると言っても所詮甲斐は甲斐だな、と私は思うのだ。
「関係性かな?甲斐って兄弟っぽいんだもん。兄貴と陵右と同類」
「じゃ、付き合わなくてもいいから。いつか、結婚するときがきたら、オレにしろよ」
「ヤダよ、何それ結婚って。子どもの約束かよー」
「そう、子どもの約束」
 そう言って、甲斐は手を出してきた。

 帰ろ、と言うのだ。一番最初に、「手を繋ぐ」をクリアしたのはいつだっただろう。物心ついたときから、甲斐とはずっと一緒にいた気がする。
 甲斐はもちろん、遊ぶときには兄貴と陵右も一緒のことが多かったので、私は昔自分も男だと思っていたくらいだ。だから、身体が女らしくなっていくにつれ絶望していった記憶がある。なんで甲斐と一緒じゃないんだよ、と思った。

 私が手を重ねたら、甲斐が指を絡めてくる。
 やっぱチャラいな、と思うけれど、ずっと先までこの緩やかな感情が続けばいい、とこのとき思ったんだ。
 ひょっとしたら、この未来のずっと先では、何かいいことがあると信じていたのかもしれない。

 
 翌日、暴行殺人で死ぬなんて私も思ってなかったから。
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