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カエル化姫と好きな人
婚約者はど天然
しおりを挟む数か月ぶりに帰った自宅の部屋は、少し埃っぽくて、まず掃除が必要になる。
仕事終わりに掃除をしていたら、ママと過ごした毎日が思い出される瞬間があって、心がスッと寒くなる瞬間があった。
私にはもう家族がいないんだ、と思う。
しばらく部屋を片付けていたら、推し活グッズが山のように出てきて、うんざりする。アイドルやバンド、スポーツ関係。
うちわやペンライトからパンフレットにタオル、ユニフォームなどなどが大量に出てくる。
瑠璃也の家に住むようになってから、推し活はしていなかった。瑠璃也以上に好みの顔はないから、推し活する必要がなかったのだ。
瑠璃也の顔はドンピシャで好きだけれど、一緒にいると幻想を抱かせてはくれない。瑠璃也はいつも感情を乱すことをしてくるからだ。
かといって、気になってしまうから、担降りして新しい推しメンを探すのも難しい。
私はそれぞれのオタ友に連絡して、グッズの引き取り手を探す。
片付けの休憩中にスマホを見れば、瑠璃也から連絡が来ている。
「傷つけたならごめん、話せないかな?」
と言って来ていたけれど、話したいと思えなかったので、「今は無理」とだけ送っておく。
このやりとりが何回も続いて、
「じゃあ、いつならいい?」と言われた。
大概しつこい。面倒くさくなって「一生無理」と送ったらその後、瑠璃也は沈黙する。
しばらくしたら玄関のチャイムが鳴って、出れば瑠璃也がいた。ラフなパーカーを羽織っただけの、セットアップスタイルで、部屋着だと分かる。
「しつこいよ、何しに来たの」
まだ家を出て1日も経っていないのに、過保護だと思う。
「遊びに来た」
と言って瑠璃也はズカズカと入って来る。
廊下を真っすぐには進まずに、私の部屋へと向かう。ちょっと待って、と言うけれど、聞き入れられずに、推し活グッズであふれかえった部屋に瑠璃也は入っていく。
惨憺たる有様の部屋を見て、瑠璃也は温度の低い声で言う。
「浮気ってこれ?」
私は首を横に振る。
「これは、かつての推しメンたち、だね」
瑠璃也を自分の部屋に入れたことはなかったし、グッズを瑠璃也に見られたことはなかった。クローゼットの戸も開いていたので、かつての参戦服や私自身の装備も丸見えになっている。
推しの好みに合わせた服装を着ていく、推しのメンバーカラーの服を着ていくなどなど、推し活を満喫していた名残だ。
瑠璃也は何も言わずに、推し活の残骸を眺めている。コメントがない分だけ、無言の圧力があるようで、ものすごく気まずかった。
「あの、片付け中だから」
「所詮推し活かと思ったけど。ぞろぞろわらわらと、ここまでいると結構ムカつくな」
と瑠璃也は素直なコメントを言う。
「これは、浮気じゃないし。瑠璃也だって、あるでしょ。推しじゃなくても、そういうの」
「ああ、抜きどころってやつ?俺にはそんな濃いフェチとかないけど」
とクールな顔で下品なことを言いだすので、実際に少しムカついているのだと思う。
「知ってるのもいるのがムカつくな。そこの奴は、ラブホ連れ込もうとした奴だし、そこのは、位置情報共有アプリを強要してきた奴。合鍵わたしてきた奴もいる」
足元に落ちていたアクリルスタンドと、写真、パンフレットを見て瑠璃也が言う。瑠璃也が助けに入ってくれた時のことを言っているのだろう。
「本当、何しに来たの。片付け中だから。貰い手が決まったグッズもあるし」
「で、浮気って何」
この前の話をまぜっかえしているのが分かる。でも、話したくはなかった。
「その話もういいよ。瑠璃也の感覚は分かったから」
「俺の感覚?」
「感じなければありなんでしょ。もういいよ。私の感覚とは違うって分かっただけ」
言っていて声が震えてくるのが分かる。感情がこもって来ると、丁寧に気持ちを伝えるのも苦しくなった。
「そもそも、日埜くんとっていう考えもなかったのに、ショックだった」
なんとか私がそう伝えると、瑠璃也は頭を下げる。本当にごめん、と言うのだ。
「あんなの本音で言ってないから。完全な嫉妬だし。でも、白那が静馬と会ってることを隠したくなるメンタルに、怪しさを感じるのは本当だよ」
「水樹家のこと教えてくれるって言うから、行っただけだよ」
「じゃあ静馬とは何にもしてない?」
「何にもして……。え~と」
ハグは何かしたことになるのか?この前本当はこれが聞きたかったのだ。瑠璃也の表情が変わる。
「その」
「言って」
目力が急に強くなって、圧が強まった。
「抱きしめられたことがあって」
言ったとたんに手が伸びてきて、抱き寄せられた。今は黒いもやは出ない。
「それで」
「それだけ。施術のあと黒い粉が見えるからって、それを払ってくれた」
「ほかは?」
「ないよ。ハグだけでビリビリって身体が痺れるくらいだもん。耐えられるわけない」
とコメントしたのが良くなかったみたいで、
「痺れるのに、何で許すんだよ」と不機嫌に返される。
「施術のあと日埜くんにちゃんと払ってもらえば、夜、その。瑠璃也とハグしても、瑠璃也にもやがつかないから。だからしてもらってた」
正直に答えると、瑠璃也はため息をつく。
「そもそも施術させたのは静馬だし、払うと言ったのも静馬。それ奴の自作自演みたいなもんだよ」
「施術はいいの。役立てればうれしいし。けど、瑠璃也はいつもクリアで綺麗なのに、私と触れると汚れてしまうのがいやで」
「汚れる?」
「もやがまとわりつくのが、いやなの」
「俺目線では白那の黒い粉は払えていたんだけど」
「黒いもやになって、瑠璃也にくっつく」
「くっついてからは、すぐに消える?」
「時間がかかる。でも日埜くんは一瞬で消える」
「そっか、その辺は静馬の完全勝利ってわけか」
その点だけは、格ってのはたしかにあるのかもな、と瑠璃也は呟くのだった。
「これは、浮気?」と私が聞けば、
「一瞬でも、静馬に惚れたら浮気」と言う。
「じゃ、浮気じゃない」
私がそう言うと、瑠璃也は少しだけ疑わし気にこちらを見る。
だから、彰文に引かれた言い方でも付け加えておくと、陰口はやめよう、と瑠璃也にも同じことを言われた。
さらに、これまでは話すかどうか迷っていたことも、この機会に話してみることにする。
「水樹家の人は、周りにいる人に災いがいきやすいって。それに、日埜家以外と結ばれると、お互い早くに寿命を迎えるって言われたの。だから、ママもパパももういないって」
「嘘かもしれない。全部、日埜家目線の発言だし」
「でも、本当のことは分からないよね。ママにはもう聞けないし。日埜家の人のいうことを信じるしか」
「それって、静馬と結ばれたいって聞こえる」
「言ってない。でも、瑠璃也と一緒にいることで、瑠璃也に災いが行ったら嫌だなって思ってる」
「え?」
と瑠璃也が声をあげたので、こちらが驚く。
「え?って何」
「それは、俺と結ばれたいって聞こえるんだけど。気のせい?」
ボケたことを言っている瑠璃也に、私はその時心底驚いてしまう。
「うそ。付き合っていて、婚約指輪くれて、一緒に住んでいて。その先にそれ以外何が、あるの?」
「それは、俺の勝手な行動だし。白那の気持ちがどうなのかは、分からないから」
「まさか。前に婚約は、建前って言ってたし。偽物?」
そもそも自分の前提が間違っていた可能性を考えて、私も焦って来る。全部、瑠璃也の建前でお芝居だとすれば、私が一人で空回っていることになる。婚約も付き合うことも、今後進展があることも含めて考えていたからだ。
「いや、違う。本物だけど、本当になると思ってなかったし。そもそも白那がイヤだったら無理だし。気遣いの搾取したくないし」
瑠璃也の言い分が私からすれば、謎だった。気遣いで結婚をする感覚は、私にはない。
「気遣いで結婚なんかするの?」
「しないの?」
「逆にどんな立場で指輪くれたり、その。一緒に暮らしたりしてたの?」
「保護者かな?」
ぼんやりとした回答をする瑠璃也に、私の頭はクラっとしてきた。
「あ。そ、そうなんだ。保護者……?」
黙っていればクールな見た目や身なり、振る舞いから、ちゃんと考えて動いていそうに見えるのに、なんでこんなにおかしいんだろう。
保護者が何で指輪をくれるのか、好きといって抱きしめてきたり、恋人がするようなことをしたりするのか?私にはない感性だ。
天然だな、と思うときはあったけれど、まさかここまで天然だとは思わなかった。
「じゃあ白那は俺と結ばれるのが、いやでは、ない?」
聞かれて、私は頷く。
瑠璃也が息を飲むのが分かった。今気づいたと言わんばかりの驚きの表情に私の方が驚く。
とはいっても、グッズの中に埋もれながらする話じゃないと思う。かつての推しメンたちの視線が痛い。とりあえず一旦仕切り直しが必要だと思う。
「今日は瑠璃也とちゃんと話が出来て良かったと思う。でも片付けもあるし、今日のところは、瑠璃也、もう」
「泊めて」
瑠璃也が急に距離感をつめてきて、その視線に熱がこもっているのが分かった。
「ダメだよ。部屋はこれだし。リビングも他の部屋も掃除が出来てないし」
「俺が手伝えば1時間で終わるから。泊めて」
瑠璃也は掃除や家事が得意だ。最低限の時間でテキパキと部屋を整えているのを目撃している。
とはいっても、今日は一人で片付けをするつもりでいたのだ。瑠璃也が来るとは思っていないし、そんな準備もしていない。シャワーを浴びて、ルームウェアでくつろぎながら片付けをしていたので、諸々の面でノーガードの状態が怖い。
思わず後ずさりをしてしまう。
「でも」
「拒否する理由は?」
じりじりと追いつめられて、私はポスターや雑誌の置かれているベッドの上に尻もちをつく。強引な動きをする瑠璃也に、その先を想像している自分が自意識過剰なわけではない、と感じる。
「瑠璃也の目的が、その。きっと」
瑠璃也の手がベッドの上に置かれ、微妙な軋みを感じて、頬が熱くなった。
「今回ばかりは、たしかにそうかもね。ダメ?」
瑠璃也が耳元で低く囁いてきたので、片付けなんてさせてもらえないことが想像された。天然なくせに、無自覚な部分で、色っぽいのがズルいと思う。
結局、夜遅くになって、もう一度シャワーを浴びて眠ることになった。
一緒に寝たことがなかったから知らなかったけれど、どうやら彼はいつも裸で寝るらしい。色々と差支えがあるし離れて欲しかったけれど、結局、寝ぼけた瑠璃也にぬいぐるみのように抱かれたままで、眠る。
片付けかけの推しメンだらけの部屋で、瑠璃也と眠るのはかなりシュールだ。けれど、なぜかよく眠れた。私はもう瑠璃也がいないと、ダメなのかもしれないと思う。
それは、瑠璃也が好きだから?と思いかけるけれど、失う怖さから、答えを出さないでいる。
翌朝、「俺んちには帰って来ないの」と言われた。特に深く考えて瑠璃也の家を出たわけではないけれど、一旦家を整えてみよう、と考えが変わる。
瑠璃也に伝えたら、今度は俺がこっち住もうかな、と言いながら、帰っていった。
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