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カエル化姫と溺愛彼氏
新しい関係
しおりを挟む付き合うことになってから、私は瑠璃也に対しての印象を一変させた。
瑠璃也は愛想がよくて、話し好きだ。一緒に過ごすのは朝と夜が多いけれど、言葉数はこれまでの3倍以上は増えて、弾むように会話が進む。
瑠璃也はサービス精神の塊だなあ、と感心してしまう。お店のスタッフになったら、人気間違いなしだな、と思った。
とはいえ、瑠璃也はそのサービス精神を基本的には解放していないようだ。
私が平日休みの日は、大学に来て一緒にご飯にしようと言われる。カフェテリアで待ち合わせすると、瑠璃也の緩急が見えて面白い。
遠目に見ていると、瑠璃也の周りはやっぱりクリアだ。黒いもやはないし、輪郭がクッキリと浮かび上がるほど、存在感が目を引く。
目を引いてずっと見ていると、こちらに気づいて、その瞬間に雰囲気が柔らかくゆるむ。
その先はもう、「白那に会いたかった」というサービストークの嵐。周りの目が一瞬こちらに向くのを感じて、普段とのキャラブレ大丈夫かな、と私が心配になる。
朝も一緒にいたにも関わらず、話題が絶えることなくずっと話をするのだ。
その日は新規事業のアイデアの話をしていた。
瑠璃也は元々サブスク式のイベントチケット販売サービスをしていたらしい。家族が運営している会社事業との連携だ。今では新しい構想として、メンズ美容系のEC事業も同時に動かしたいらしい。美容に特には興味がないらしいけれど、「白那に幻滅されないように動いてたら、形になって来た」というのだ。正直意味が分からないけれど、中々アグレッシブな面が知れた。
美容系なら瑠璃也がビジュアルを出したら、バズると思う、と私が言うと、それは絶対にダメと言う。裏方仕事が好きなんだよ、と。
意外な気がしたけれど、瑠璃也と話をするにつれ、傲慢とは真逆の、気遣い男子であると分かるので、たしかに裏方仕事も向いているのかもしれないとも思う。
「大学楽しそうでいいな」
進学しなかった私は大学の雰囲気が新鮮だ。瑠璃也と約束をしたときに来るくらいだったけれど、高校とは違って、学生以外にも開かれた学校の雰囲気が面白い。私がそう言うと、
「聴講生になればいいじゃん、好きな講義だけ聞けるし。白那と学校通えるのはすごく嬉しい」と瑠璃也はいつも言う。
「サロンの人手が足りなくて、あまり余裕がないの」と私が答えるのもセットだ。
やめてしまったスタッフに変わる人材が来ていないのが大きな理由だ。募集をかけて、来てくれる人はいるものの、面接して採用に至っても、なぜか辞退されてしまうこともある。
「私の人望がなさ過ぎて、ダメなのかも」
古株のスタッフが一緒に経営に当たってくれているけれど、事実上のオーナーの私に求心力がないのが原因だ、と思っている。
その日はホームページや求人サイトの情報を瑠璃也に見せたら、
「それはないな。白那が採用と育成係になったらいいよ。あと、ホームページはデザインを更新したほうがいい。兄貴にやってもらおう」
とサクサクと案を出してくれた。
「私が採用係、育成係でいいのかな」
「朱那さんの系譜は白那に繋がってるよ。癒しの波動すごいから、前に出た方がいい。対外的な活動は、白那に適任だと思う」
「そう?」
「俺はそう思う。これで人材が揃えば、白那と学校通えるかもしれない。楽しみだな~」
その後、瑠璃也のアイデアのように、お兄さんにサイトの更新をお願いして、採用担当をし始めたら、求人をかけてすぐにあっさりと空いた穴が埋まった。
前にサロンに来たことがある人が、自分もやってみたいと応募してくれたのだ。
私の顔を見て、あの時の施術が良かったので一緒に働いてみてみたくなりました、と言ってくれたので、嬉しかった。
瑠璃也に話せば、一緒に喜んでくれる。それもまた嬉しくて、瑠璃也と話をしていると、ママがいなくなってしまった悲しみや、喪失感が少しだけ和らぐのだった。
聴講生になる余裕はまだなかったけれど、大学に遊びに行っているうちに、以前会ったことのある瑠璃也の幼なじみ、彰文に会う機会ができた。
彰文は出会いがしらに、
「うわ、カエル化姫。瑠璃也、とうとう落としたか」
と感嘆の声をあげる。なにそのあだ名、と思って、瑠璃也を見るけれど、
「彰文が勝手に呼んでるあだ名だから、気にしないで」
と言われた。
「あなたを推しメンにしていいですかって、すごいパワーワードだったなって。俺にも言ってくれない?」
「え、顔が、別に好みじゃ……。いや、かなりカッコいいとは思うけど」
素直に口にすると、瑠璃也がこの上なくおかしそうに笑う。
「好みじゃないってさ、残念」
「うっわ、ルッキズム姫じゃん。こわー」と彰文も苦笑いするのだった。
こんな風に、瑠璃也は彰文の前では随分リラックスしているけれど、他の同級生の前だと、不愛想な前の瑠璃也の姿になる。
面倒除けのための完全ガードだとすれば、かなり成功だ。
けど、大変じゃないのかな?と率直に思う。私や彰文といるときに、同級生と会うと、急にスンと澄ました顔になるのは、圧巻ではあるけれど。
一度このことを話してみたら、
「このキャラクターは、興味があることに特化できる楽さもある。今は白那以外に興味ないし」
と瑠璃也は言う。
瑠璃也は本気なのか、冗談なのか分からないくらいに愛情表現をしてくる。
ちょっとママに似ているな、と思った。
そう思うと、瑠璃也の言う好きは、ひょっとしたら人間愛的な意味なのかもしれないな、と思う。
そんなある日、大学の敷地内で、ある人に声をかけられた。
その日もやっぱり瑠璃也と落ち合って昼食を食べ、サロンに向かう途中だった。
大学入り口の並木道を歩いていたときに、後ろから声をかけてきたのは、
「水樹白那さん?」
口角のキュッと上がり、今にも口元がほころびそうな柔らかい印象の青年だ。見覚えはない。推し活をした覚えもない人だ。
ただ、同年代なんだろうな、くらいに思う。私がぼんやり記憶の中を探っていると、先方から、
「水樹朱那さんのことは、ご愁傷様でした」
と声がかけられた。
「ママのことを知っているんですか?」
「あの日、葬儀に参列していました。日埜静馬(ひの しずま)と申します」
あの日のことはまったく記憶にない。私は連絡した覚えはなかったから、病院からママの死の連絡が行ったのだろう。すぐに実家の者と言う人たちが病院やサロンにやって来て、葬儀の段取りを仕切っていった。
私はただ、その日、葬儀に参列しただけだ。四十九日も、その先の法要の連絡も、私のところには来なかった。
亡くなる前に、ママから、
「色々と問題があってね。骨は残してあげられないかもしれない。けど、魂や思いは全部白那にあげるよ」
と言われていたから、辛うじて耐えられたけれど。亡くなった瞬間に、ずっと一緒にいたママの全て持っていかれてしまった悲しみは、心をえぐるのに十分だった。
「日埜家は、水樹朱那さんのご実家と長らく懇意にさせていただいていました」
「そうなんですね」
ママは大分前に家を出ていたし、私は一度だって実家の人に会ったことはなかった。だから、関係者と言われてもピンと来ないし、正直関係があるとは思えない。
「朱那さんは、本家筋の唯一の直系なんです。水樹家では他に子どもが出来なかったから」
「私は関係ないですから」
「白那さんは、まだ聞かされていないかもしれないけれど。水樹家は特別な技術を持つ一族なんです。特に女性は力を持っている。戻ってくるように連絡が行くと思います」
「戻るも何も、そもそも私の居場所はないです」
私はその人のことを振り切るように歩くけれど、追いついてきて、腕を掴んでくる。触られた部分からツウっと寒気がのぼってきて、
「触らないでください」
振り払う。けれど、その人は歩幅を合わせてくるので、中々振り切れない。
「白那さんが戻ってきた際には、恐らく縁組が組まれます。水樹家と日埜家の」
「それが私に関係ありますか?」
「白那さんと俺との縁組です」
「は?」
「正直、家の同士の縁組なんて古臭いし、絶対にないと思っていたけど。一目白那さんを見たら、水樹家の力を感じました」
「水樹家の力?」
「心当たりはありませんか?恐らくは、他の人に見えないものが見えるという形で見えると思います」
その人の言葉に、私は驚く。ママとの共通言語を何で知っている人がるんだろう?と思ったからだ。
「それは……。初対面のあなたに話すことじゃないですよね」
「それはたしかに、そうですね」
とその人は笑って、
「いずれにしても、白那さんを見ると、一瞬で気持ちを持っていかれてしまう。白那さんとなら縁組もありかなと」
こだわりもなくさらっと、とんでもないことを言う。
「勝手に話を進めるのはやめてください!知らない人とそんなつもりないし、私には付き合っている人もいるし」
謎の婚約はともかく、一応今は瑠璃也とは付き合っているのだ。それに、出会って数分の人から結婚の話を持ちだされることには、違和感しかない。
「水樹家の力を中和でき、活かせるのは日埜家だけです。他の家の者と結ばれても、遅かれ早かれ別れが必ず来る。現に、朱那さんのご主人は早くに亡くなっている。水樹家はその力があるからこそ、そばにいる人に災いが行きやすいんです」
「もう、出会って数分で色々な情報を投げてくるのやめてください。通報しますよ」
そう言って初めて、その人は足を止めてくれた。私は振り切るように、走り去る。
推し活をした覚えがないのに、また人に絡まれるのか、とため息をつきたくなった。
日埜静馬という人の話した内容は、私にとっては嬉しくない内容だったし、一方的に絡まれて、婚姻の話をされても迷惑なだけだった。
ただ、今まで聞いたこともなかったママやパパの話が出たことで、私の心は乱されたのはたしかだ。日埜家以外の者と婚姻すれば、早死にする?
私のパパも、そして、ママもそうだった?
そんな話、聞いたこともなかった。
私は私が思っていた以上に、ママのことを知らなかったのかもしれない。
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