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偽俺様王子の片思い
片思いの彼女
しおりを挟むノートパソコンのサロン関係のフォルダの中に、「要摘出検討対象」の一覧がある。
要するに、サロン運営の中で俺が摘出検討したほうがいいと思っている対象のことだ。峰蒼真が筆頭だが、父親の時真も、検討対象だった。ただ既に亡くなっているとのことで、今は問題視していない。
峰はサロンの共同経営者を名乗っていたが、名ばかりで、出資金も折半どころかほとんど出さずに、すぐに朱那さん任せて逃げてしまった。当初赤字だったサロンを見限ったのだ。
経営が安定したのを見計らい、ロイヤリティをよこせと言って来たらしい。土地が元々親族のものであったことを笠に着て、権利を主張してきたのだった。
朱那さんにとって峰は学生時代の知り合いらしい。本来それ以上でも以下でもないが、そこを峰が朱那さんに一方的に入れあげて、サロン経営の協力を盾にして、近づいてきたのだった。
朱那さん曰く、息子の蒼真はそれほど詳しい事情を聞いてはいなくて、単純に白那に執着しているのかもしれない、と言っていた。
執着が悪い形で向けられたときには、瑠璃也くんが手を貸してあげて欲しい、と言われる。勿論そのつもりだった。
よって、蒼真は要摘出検討対象の筆頭になっている。
さらに何名か検討対象はいるけれど、現状は蒼真のしっぽを掴んだ程度だ。決定的な証拠はない。白那が嫌がっているのに、のん気に録音や撮影をするわけもなく、検索して出てきたそれっぽい映像を遠目に見せただけだ。
ただし蒼真の今後の出方次第では、サロンや白那の周りから、合法的に一切摘出するつもりだった。
彰文からは、
「お前、摘出とか発想がヤバくない?サイコだ」と言われるけれど、そんなの知ったことじゃない。
白那にとっては、朱那さんの死や蒼真の来訪としばらく災難続きだったに違いない。その上で、俺も災難をぶつけることになるのは、心苦しかった。
でも、俺自身の心も、そろそろ限界が近かったのだ。蒼真のことがきっかけで、決定的にぼろが出てきた。弱気で押しが弱い部分がずるずると出てきてしまったのだ。
基本的な心情として、あいつと一緒にされたくないというのがある。強引で傲慢なキャラクターのかぶりを意識したらうすら寒くて、もう白那の前で演じるのは無理だった。
ある日、白那と家のリビングで話をする。ちゃんと距離を取って話をすれば、警戒もされないし、嫌いとも言われないらしい。
「俺と付き合ってくれる?」
多分、これは白那からすれば災難だと思う。でも俺はやっとここまでたどり着いた、と感じた。そしてここから、ひょっとしたら本当のお別れが来るかもしれない。でも、始めなければ、何も進まないから、フラれても仕方ない気持ちで言ってみる。
すっかり驚いた顔をする白那を見ていたら、俺は蒼真以上に気遣いの搾取をしているのかもしれない、と思った。
逃げ道はちゃんと作るし、白那の気遣いを搾取するつもりはない、と言う意味で、もし無理ならちゃんと別れる、と言っておく。
白那の答えは「いいよ」だった。
けれどその表情が不安そうだったので、俺も方も急に不安になるのだった。
嫌なのに嫌っていえない状況を作り出しているのでは?と。
強引に家に連れて来られて、近づかれて言われたから、怖くて、仕方なくOKを出すしかなかったのでは?と。
白那の前でキャラクターを失った俺は、完全に、弱気になっていた。
※※※
不安は大いにあったけれど、付き合うことになったのは、素直に嬉しかった。キス、婚約、(罪悪感ゆえにノーカウントにしたい肉体的接触)、ときてやっと付き合えたのだ。道のりは長かった。
ただ、すぐに根本的な見落としをしていたことを知る。
付き合うって何をするんだろう?
正当な手順を踏んだまともな付き合いをしたことがない俺は、何をするのが、付き合うことなのか分からなかった。きっと彰文に聞けばため息をつかれると思ったので、一旦聞くのはやめておく。
付き合うことにOKをもらった翌朝、学校は休みでサロンも定休日だったので、一緒に朝ご飯を食べた。ルームウェアでコーヒーを淹れてくれる白那を見ていたら、新婚?とふと頭に浮かんで、内心盛り上がってしてしまう。
ソファに隣り合って座りながら、コーヒーを口にしながら、
「ところで、付き合うって何するのか知ってる?」
と白那に聞く。
白那は目を真ん丸にして、コーヒーカップ越しにこちらを見て、
「瑠璃也って、天然?」
と言った。
ああ、より幻滅されている感がある、と思い、その場で調べることにする。スマホから検索をかけて、一番上に表示されたサイトの情報を要約して、読み上げていく。
「付き合うとは……。好き合っている者同士が一緒にいること、連絡をとったりデートしたり、スキンシップをとったりすること。イベントを一緒に過ごす、お互いの知り合いに紹介する、などなど」
隣の白那は何か言いたげにこちらを見ている。
「好き合っている者同士……。ああ、そもそも定義の根底が崩壊している」
と呟いてしまう。前提として、俺は白那に好かれてはいない。
「今までのと何が違うの?」
と白那は言う。
「今までの?」
と聞けば、白那は少し気まずそうにしながら、
「瑠璃也とは出かけたりしたし、お互いの知り合いを知っているし、連絡は途切れ途切れでもしていたし。今、なぜか一緒に住んでるし。何が違うのかなって」と続けた。
スキンシップに関してスルーしてくれた辺りは、白那の配慮かもしれない。
何が違うのか、それは、俺にはハッキリと分かっていた。
「付き合うかどうかの違いは、白那が俺のことを好きかどうか」
「え」
白那はこちらを見て目を丸くする。
「好きじゃないのに、デートしてても、結局それは付き合ってないと思う。端からみてどんな風に見えてても、当人が好き同士なら、付き合ってるし」
蒼真のことを頭においてしまったのは、内緒だ。白那がもし、まだ蒼真のことを好きなら、どうすればいいんだろう。
「瑠璃也を好きかどうか」
「そう、白那は俺のことが嫌いだから。これまでのアレコレは付き合ってることにはならない」
「私は瑠璃也を嫌いなの?」
「え?」
謎の問いかけに、俺の頭は混乱する。嫌いかどうかは、白那のみぞ知ることで、俺には分からない。なんで今そんな風に聞いてくるんだろう、とも思う。
「私が嫌いな瑠璃也はどこにいるのか、分からない。急にキャラ変したし、それで急に付き合うってなっても、自分の気持ちが良く分からない」
白那が言った言葉に、俺はふと、朱那さんの言っていたゲームを思い出していた。
「白那さっきのセリフもう一度言って」
「え?」
「私は瑠璃也を嫌いなのっていうの」
「なんで?」
きょとん、と音が出るくらいに目を丸くして白那は言う。そりゃそうだ、意味が分からないと思う。でも、半ば強引にお願いする。
「いいから」
「私は瑠璃也を嫌いなの?」
「そのセリフの嫌いなの、を好きなの?に変えてみて」
「え、なんで?」
「お願い」
「う、うん」
急に始まった謎のゲームに戸惑いつつも、白那は言ってくれた。
「私は瑠璃也を好きなの?」
恥ずかしそうに言う白那に、キュンとしてしまう。俺だけが得するセリフだ。
「そう、好きなの」
俺が言葉を重ねると、白那は目を丸くして、それから、じんわりと頬を赤くしていく。
「え、なにそれ、罠?」
照れた顔をする白那が可愛すぎて、つい、手を伸ばして抱き寄せてしまうのだけれど、
いつも聞こえる声が聞こえない。そのまま腕の中におさまってしまったので、拍子抜けした。腕の中の白那を目を合わせる。
あ、と白那も自分で気づいたらしい。
「触っちゃったけど」
と俺が言うと、
「うん」
とだけ言う。
「いいの?」
と聞けば、白那は、
「分からない」
と言うのだ。なんだこの状態、と思った。
拒絶されないことに戸惑う不思議に、ついつい、
「触らないでって言って」と言ってみてしまう。
「え、何で?」
「じゃあ触ってって言って」
「えぇ?」
白那は困った顔をしてこちらを見上げた。ソファの上で白那と向かい合って、探り探り微妙な距離感で話をしている。このむず痒い感じに、ときめきを感じてしまっている自分がいた。
「このムズムズ感、ときめきがヤバいな」
と素直に口にすると、なぜか、白那は笑う。
「瑠璃也が色んな人を誤解させてきた理由、分かった。天然でたらしなんだ。」
「たらしって褒め言葉?」
「半分褒めてるけど、半分は危険を感じるかな」と白那は言う。
「何で?」
「瑠璃也の言葉にはサービス精神があるんだと思う。言われれば、瑠璃也に好かれているって誤解するから、危ないかも」
「え?好かれてるよ。白那のことは、好きだよ」
そのまま口にすると、白那は金魚のように口をパクパクと動かす。
「白那どうしたの?」
「どうして、瑠璃也みたいな人が私のこと好きなの?」
「俺みたいな人って、ヤバい人がってこと?お前片思い重いんだよって、ストーカーうざいんだよって?」
「急に、卑屈度合いが怖いよ……。そうじゃなくて、メリットあるかな、私を好きになって。何も、してあげられないと思うけど」
してあげる。そのセリフを向けられている人物に嫉妬した。白那の脳内にあるしてあげる対象、それは蒼真なのだろうと思う。
「それってさ、絶対蒼真のこと浮かべてるじゃん。白那も卑屈だと思う」
俺が言うと、白那は躊躇いつつも頷いた。
「でも、蒼真は私のこと好きじゃなかったよ」
「ムカつくけど、あいつまだ白那のこと好きだよ。俺よりも自分の方が白那を知っているって、牽制してきてたし」
「牽制、でもそっか。もう蒼真の話はいいかな。また来ると思うけど、もう、いい。今は瑠璃也が」
白那が何かを呟いたけれど、聞き取れない。
「え?」
俺が聞き直すと、白那は慌てて手を顔の前で振り、
「何でもない」と言う。
「何?」
「えと、瑠璃也の顔が好き。最高の比率」
明らかに誤魔化されたのが分かった。
「それは、前から。親にもされたことないレベルで、顔調べられて称賛されたのは初めて」
「そ、そうだけど。好きなんだもん、瑠璃也の顔」
「整形したらフラれるんだろうな」
「いじらないでよ、比率が変わっちゃう」
マジな目で詰め寄られたので、少し怖い。
「いや、否定しないとか……。顔以外も好きになって欲しいんだけど」
白那は無言でこちらを見てくる。無理ってことだよな、と思うけれど、
「うん、瑠璃也のこともっと知りたい」
と言うのだった。頭の先から足の先まで、稲妻が走る。
「付き合うってそういうことだよね?ちゃんと付き合ってみたら、瑠璃也のこともっと好きになるかも」
もっと知りたい、もっと好きになるかも?
「もっと」。
「もっと」とは、今以上に、の意味では?
じゃあ、今も少しは好きなんですか?
衝撃を受け止めきるのが難しくて、そういうときの俺は行動に転化してしまう。でも、まずは許可を得ないと、と微々たる理性で聞く。
「キスしていい?」
「えぇ、どんな流れ?」
「分からない、でも触りたい」
白那はこっちをじっと見つめてくる。嫌われるのは嫌だけど、素のままの自分で嫌われたら、もう仕方ない。
「待って」
白那が唇の前に、人差し指を添えてくる。え、と目を見たら、
「今は、私からするね」
唇に、シルクみたいな柔らかい感覚が当たった。フワッと桃のような甘い香りがする。
お互いの鼻の先が当たって、白那の髪が頬に触れた。白那がスッと離れていってしまう感覚があったので、余韻が欲しくて背中に手をまわす。
ただ、触った場所は、腰かと思った場所はもう少し下にずれていて、あ、とお互いに目を見合わせてしまう。
「違う、今そんなつもりは!」と手を離して、離れようとしたら、ソファから転げ落ちてしまった。
「瑠璃也、大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ない。白那武器多すぎない?」
思いがけない攻撃を喰らって、脱力してしまった。ラグの上にうずくまってしまう。
「え、いやだったなら、ゴメン。試してみたくて」
「いやじゃない。何回でもして、白那の好きにしていい」
「な、何言ってるの。瑠璃也どっか壊れてない?」
「壊れてるよ、もうずーっと」
「それは、困ったね」
とそれこそ少し困ったようにして白那は笑う。白那の笑顔が愛おしかった。
片思い歴約3年。
出会いから、付き合うまでの流れはメチャクチャだけど、その朝、白那が彼女になったということに幸せを噛み締めていた。
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