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カエル化姫と好きだった人

本当の告白

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 蒼真とのことがあってから瑠璃也はすっかりおかしい。当日、昼ご飯を食べて私をマンションに送ってくれたときにも、その後夜に改めて話をしたときにも、これまでの瑠璃也とはどうも違って見えるのだ。

 部屋でくつろいでいると、ドアがノックされて返事をすると、瑠璃也が入って来る。ちょっといい、と呼ばれたのでリビングへ行く。
 つい最近、ここで瑠璃也に別れを告げたような気がした。にもかかわらず、なぜ今ここに来ているのか、分からない。

 リビングに行くと瑠璃也はキッチンに立っていて、
「何か飲む?」
 と言ってくる。
「え、入れてくれるの?どんな風の吹き回し?」
 と私が聞くと、瑠璃也は眉を下げて、困ったような顔になった。
「ごめん。この前から、少し前まで白那にどんな風に接していたのか、思い出せなくなってて」

「なにそれ、どういうこと?」

「とりあえず、ハーブティでいい?朱那さんが入れてくれたのと同じメーカーの」
 と瑠璃也は言う。
 なんで、ママが好きなメーカーを知っているんだろう、と思った。瑠璃也とママは、初めて私がサロンに連れて行ったとき以外に、家族の顔合わせくらいでしか、会ったことがないと思う。

 戸惑いが多すぎて、私はハーブティを入れてくれる瑠璃也をただ眺めていた。スケルトンのカップをソーサーに乗せて、テーブルの上に出してくれる。カップやソーサーは、サロンで出していたのととても似ていた。

「ありがとう」
 と言うと、瑠璃也はどういたしまして、と言う。なんだ、これ、と思う。
 割と自然なやり取りのはずなのに、対瑠璃也だと違和感が満載なのは、なぜだろう。

 瑠璃也は不愛想で、偉そう。それでいて強引に距離と詰めてくる傲慢な人と言う印象だ。
 出会ったときから途切れ途切れながらも、関係が続いていて、いつの間にか婚約していた。 
 私は何度、瑠璃也と別れようとしたか分からない。なのに、なぜか、しっかりと別れられた試しがないのだ。


 私がじっと見つめていると、瑠璃也はソファの隣に腰をおろす。けれど、距離感はしっかりと1m弱とっていた。距離を取ってもらうことは、私が求めていたことだけれど、なぜか少し寂しく感じる。

「距離、ちゃんと取るんだね」と私が言うと、瑠璃也は目を丸くする。

「白那は近いの、嫌じゃなかったっけ?」

「え、そうだけど」
 私が言うと、瑠璃也と目が合う。お互いに見つめ合うのだけれど、微妙な距離感があるせいか、初対面かのようなぎこちない空気感になる。瑠璃也が口火を切った。
「じゃあ、近づいていい?」
 と言う。
 下から見上げるようにして言うので、上目遣いにドキッとした。なんだろう、やっぱりおかしい。嫌だと言ったって、これまでは距離と詰めてきたじゃないか、と言いたくなる。

「いいけど」

「大丈夫、グイグイはいかないよ」
 と言って身体を寄せてくる。瑠璃也が来るとココナッツの香りが香るけれど、これもまた一つの謎だ。
 瑠璃也のセーターの袖が私の腕に触れ、ドキドキしてしまう。

「白那?顔赤いよ」

「瑠璃也がいつもと違うから、どうしていいか分からない」

「ごめん、白那は俺の顔が好きなだけだし。勘違いして距離詰めたら嫌われるって分かってるけど」
 顔が好きなだけ、そう本人に言われてしまうと、罪悪感が生まれる。私自身がさんざん瑠璃也にぶつけていた言葉なのに。

「嫌いになるとか、以前に。今の瑠璃也は別人みたい。なんか、私、とてもひどいこと言ったような気がしてる」私が言うと、瑠璃也は笑う。

「俺も色々こじらせてるんだよ。愛想良くすると、あんまりいいこと起こらなくて。だから、面倒除けにキャラクターを演じることにしてた」

「面倒除け?」

「そう。知らないうちに人と距離を縮めているらしくて、相手が誤解して警察沙汰になることとか、付き合ってることになってたとか、拘束されそうになるとか。まあ言いにくいことも色々あって、高校入学と同時に、外ではあのキャラクターで行こうって決めた。それ以降は、基本的にはあのスタイル」

「誤解で警察沙汰……」
 中々聞かないフレーズだとは思う。けれど、人と距離を縮めてしまい、誤解されるという点は私と似ていた。

「でも、今のスタイルになってからはほとんどない」

「あの、傲慢で強引な?」
 私が言うと、瑠璃也は苦笑する。

「そう、傲慢で強引な。けど、人と距離を取ろうとしたのに、白那にはどうしてもできなかった。少しでも距離を取ったら、他の推し活で忘れられると思ったから」

「結局忘れたことなかったけど。瑠璃也はドンピシャなんだもん。かっこよくて、忘れられない」

「顔が?」

「顔が……」

「だけ?」
 じっと見つめて聞いてくるので、非常に困って目をそらしてしまう。

「ママには、瑠璃也は他の推しと違うんじゃない?て言われたけど」

「違わないよ、きっと。あいつも言ってたけど、俺も白那のアプローチで誤解しただけだから。他の推したちが白那にまんまと本気になるのと変わらない。白那は、キラキラフェロモン出てるから、俺を落とすのなんかちょろい」

「何そのフェロモン」

「今も、出てる」
 眉を下げて柔らかく笑う。瑠璃也は私の頭を撫でようとしてきて、あ、やばい、と言ってその手を下げる。あ、触らないんだ、と思った。胸がキュッと縮まる感覚がある。

「好きだなって思う」

「え」
 予想外の言葉に、私は弾かれるようにして、瑠璃也の目を見た。

「誰かを助けたいとか、手伝いたいとか思うことはあったけど。誰かを好きだって思ったことがないんだ。でも、多分、白那のことは好き。じゃなきゃ、ここまで粘らない」
 粘るの意味が分からなかったけれど、好き、という言葉は、私にとってはおしまいの言葉だ。
 好きの言葉の先にある、色々な期待がドッとやって来る気がして、私は戸惑う。瑠璃也は私のそんな考えを見抜いたようで、

「だからって、白那に何かしてほしいわけじゃない。強いて言うなら、仲良くして欲しいだけ」と言う。
 そんなことあるのかな、と私は疑う。
 男の人の言う、「仲良く」を私は信頼していない。私が推していたはずの相手が、個人的な関係になることを求めてくるときに、いつも感じる。
 蒼真もそうだったけれど、仲良くって結局、セックスすることだよね、と思うのだ。仲が良くても出来なければ、ガッカリするじゃん、幻滅するじゃん、と傷がうずいてくる。


 意地悪な気持ちになった私は、つい瑠璃也に聞いてみた。
「仲良くって何?」

「話をしたりとか、一緒に出掛けたりとか」

「セックスは?」
 私がその単語を出したとたんに、瑠璃也は顔を両手で覆う。
「それは、その。ごめん。あの後、死ぬほど反省した」
 そして頭を下げてくるのだった。

「な、何で謝るの?」

「あの日は、演技とか関係なくて、本当に白那の言動が頭に来て。だったら本当に全部奪ってやるって思った。けど、やってることは蒼真と同じだし。最低だと思う」
 あの日はお酒も入っていたし、正直細かい部分は覚えていない。ただ、私は瑠璃也に感情をぶつけたような気がするし、瑠璃也も応戦してきたのをおぼろげながらに覚えている。

「蒼真とは違うと思う。痛くなかったし。でも、瑠璃也がいつもと違って優しかったから、余計と身体目的かって思ったけど」
 瑠璃也は深く深くため息をつく。

「誤解してるじゃん。その誤解が一番イヤだ」

「別にいいよ。蒼真もそうだし、そういうものかなって」

「俺は良くない、そっち方面で一緒にされるのは、マジで不服なんだよ。白那を傷つけてまでしようと思わない。したければ自分でするし。それだけが目的なら、手軽にダッ……」
 瑠璃也は至って生真面目に説明してくれるけれど、話す内容が内容だ。クールな顔で、どんどんハードなことを言い始めたのでさすがに止める。

「せ、説明不要だから!自分でとか、別の方法とか、その綺麗な顔で言わないで」

「だって身体目的とは、絶対に思われたくない。そんなの誰とでもできるけど、白那とは他にもしたいことあるし」

「えぇ……誰と、でも?それもちょっと、その」

「いや、違う、現在進行形でやりまくってるわけじゃなくて!白那とが一番いいけど。ああ……言葉が不自由すぎるな」
 すっかりうろたえている瑠璃也を見ていると、私はいままで瑠璃也の何を知っていたのだろう、と思った。
「瑠璃也キャラ変しすぎだよ」と思わず言わずにはおけない。
「キャラ変したら、幻滅する?」
 じっと見つめてくる視線はどこか甘えたニュアンスがあるので、戸惑ってしまう。

「え、今のところは特に」

「よかった。じゃあ白那。本題言ってもいい?」

「うん」

「俺と付き合ってくれる?」
 私の手の甲に手を重ねてきて、瑠璃也は聞く。長い睫毛に縁どられた、深遠な瞳がこちらを見つめてくるので、私は戸惑いを隠せない。
 瑠璃也と触れている手の甲が、心臓になったみたいに、脈打っている感じがした。恥ずかしくて、たまらない。跳ねのければいいのに、跳ねのける気持ちになれないのはなぜだろう。

「で、でも。順番おかしいよね?」
 私は薬指の指輪を瑠璃也に見せる。瑠璃也は頷く。

「そう思う。だからさ、付き合った後でどうしても俺のことが嫌いなら、今度は本当に婚約破棄でいい」

「え?」

「白那が俺のことを好きじゃないのは知ってるけど。ちゃんと、キャラクターを取っ払って、本音で話をする前に別れるのはどうしても嫌だった。俺は白那のことが好きだから」
 話の方向性が予想外な方に行ったので、驚いてしまう。

 瑠璃也のことが好きじゃない。
 たしかに、嫌いだって言い続けてきた気がする。けれど、それがキャラクターとしての瑠璃也だとすれば、私が嫌っていたのは一体誰なんだろう?

「付き合ってから、判断して欲しいんだ。今度はちゃんと別れるから」
 変な申し出だと思う。別れる判断をするために、付き合うなんて。
 胸が苦しかった。自分の発言や言動が今になって復讐してきたように思う。

「うん、いいよ」
 私は力なく答えた。きっと瑠璃也は、私がしぶしぶ了承した、と思ったと思う。
 でも、そうじゃない。
 ママがいなくなって、瑠璃也もまたいなくなる気配を感じて、私は心細くなったんだ。
 
 とても我がままで自己中心的な理由。勝手に顔を好きになって、近づけば冷めて、離れていく。
 そんなことを繰りかえしていた罰だと思った。

 こうして私たちは、別れるかどうかを選ぶために、付き合うことになったのだ。
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