14 / 40
カエル化姫と好きだった人
本当の告白
しおりを挟む蒼真とのことがあってから瑠璃也はすっかりおかしい。当日、昼ご飯を食べて私をマンションに送ってくれたときにも、その後夜に改めて話をしたときにも、これまでの瑠璃也とはどうも違って見えるのだ。
部屋でくつろいでいると、ドアがノックされて返事をすると、瑠璃也が入って来る。ちょっといい、と呼ばれたのでリビングへ行く。
つい最近、ここで瑠璃也に別れを告げたような気がした。にもかかわらず、なぜ今ここに来ているのか、分からない。
リビングに行くと瑠璃也はキッチンに立っていて、
「何か飲む?」
と言ってくる。
「え、入れてくれるの?どんな風の吹き回し?」
と私が聞くと、瑠璃也は眉を下げて、困ったような顔になった。
「ごめん。この前から、少し前まで白那にどんな風に接していたのか、思い出せなくなってて」
「なにそれ、どういうこと?」
「とりあえず、ハーブティでいい?朱那さんが入れてくれたのと同じメーカーの」
と瑠璃也は言う。
なんで、ママが好きなメーカーを知っているんだろう、と思った。瑠璃也とママは、初めて私がサロンに連れて行ったとき以外に、家族の顔合わせくらいでしか、会ったことがないと思う。
戸惑いが多すぎて、私はハーブティを入れてくれる瑠璃也をただ眺めていた。スケルトンのカップをソーサーに乗せて、テーブルの上に出してくれる。カップやソーサーは、サロンで出していたのととても似ていた。
「ありがとう」
と言うと、瑠璃也はどういたしまして、と言う。なんだ、これ、と思う。
割と自然なやり取りのはずなのに、対瑠璃也だと違和感が満載なのは、なぜだろう。
瑠璃也は不愛想で、偉そう。それでいて強引に距離と詰めてくる傲慢な人と言う印象だ。
出会ったときから途切れ途切れながらも、関係が続いていて、いつの間にか婚約していた。
私は何度、瑠璃也と別れようとしたか分からない。なのに、なぜか、しっかりと別れられた試しがないのだ。
私がじっと見つめていると、瑠璃也はソファの隣に腰をおろす。けれど、距離感はしっかりと1m弱とっていた。距離を取ってもらうことは、私が求めていたことだけれど、なぜか少し寂しく感じる。
「距離、ちゃんと取るんだね」と私が言うと、瑠璃也は目を丸くする。
「白那は近いの、嫌じゃなかったっけ?」
「え、そうだけど」
私が言うと、瑠璃也と目が合う。お互いに見つめ合うのだけれど、微妙な距離感があるせいか、初対面かのようなぎこちない空気感になる。瑠璃也が口火を切った。
「じゃあ、近づいていい?」
と言う。
下から見上げるようにして言うので、上目遣いにドキッとした。なんだろう、やっぱりおかしい。嫌だと言ったって、これまでは距離と詰めてきたじゃないか、と言いたくなる。
「いいけど」
「大丈夫、グイグイはいかないよ」
と言って身体を寄せてくる。瑠璃也が来るとココナッツの香りが香るけれど、これもまた一つの謎だ。
瑠璃也のセーターの袖が私の腕に触れ、ドキドキしてしまう。
「白那?顔赤いよ」
「瑠璃也がいつもと違うから、どうしていいか分からない」
「ごめん、白那は俺の顔が好きなだけだし。勘違いして距離詰めたら嫌われるって分かってるけど」
顔が好きなだけ、そう本人に言われてしまうと、罪悪感が生まれる。私自身がさんざん瑠璃也にぶつけていた言葉なのに。
「嫌いになるとか、以前に。今の瑠璃也は別人みたい。なんか、私、とてもひどいこと言ったような気がしてる」私が言うと、瑠璃也は笑う。
「俺も色々こじらせてるんだよ。愛想良くすると、あんまりいいこと起こらなくて。だから、面倒除けにキャラクターを演じることにしてた」
「面倒除け?」
「そう。知らないうちに人と距離を縮めているらしくて、相手が誤解して警察沙汰になることとか、付き合ってることになってたとか、拘束されそうになるとか。まあ言いにくいことも色々あって、高校入学と同時に、外ではあのキャラクターで行こうって決めた。それ以降は、基本的にはあのスタイル」
「誤解で警察沙汰……」
中々聞かないフレーズだとは思う。けれど、人と距離を縮めてしまい、誤解されるという点は私と似ていた。
「でも、今のスタイルになってからはほとんどない」
「あの、傲慢で強引な?」
私が言うと、瑠璃也は苦笑する。
「そう、傲慢で強引な。けど、人と距離を取ろうとしたのに、白那にはどうしてもできなかった。少しでも距離を取ったら、他の推し活で忘れられると思ったから」
「結局忘れたことなかったけど。瑠璃也はドンピシャなんだもん。かっこよくて、忘れられない」
「顔が?」
「顔が……」
「だけ?」
じっと見つめて聞いてくるので、非常に困って目をそらしてしまう。
「ママには、瑠璃也は他の推しと違うんじゃない?て言われたけど」
「違わないよ、きっと。あいつも言ってたけど、俺も白那のアプローチで誤解しただけだから。他の推したちが白那にまんまと本気になるのと変わらない。白那は、キラキラフェロモン出てるから、俺を落とすのなんかちょろい」
「何そのフェロモン」
「今も、出てる」
眉を下げて柔らかく笑う。瑠璃也は私の頭を撫でようとしてきて、あ、やばい、と言ってその手を下げる。あ、触らないんだ、と思った。胸がキュッと縮まる感覚がある。
「好きだなって思う」
「え」
予想外の言葉に、私は弾かれるようにして、瑠璃也の目を見た。
「誰かを助けたいとか、手伝いたいとか思うことはあったけど。誰かを好きだって思ったことがないんだ。でも、多分、白那のことは好き。じゃなきゃ、ここまで粘らない」
粘るの意味が分からなかったけれど、好き、という言葉は、私にとってはおしまいの言葉だ。
好きの言葉の先にある、色々な期待がドッとやって来る気がして、私は戸惑う。瑠璃也は私のそんな考えを見抜いたようで、
「だからって、白那に何かしてほしいわけじゃない。強いて言うなら、仲良くして欲しいだけ」と言う。
そんなことあるのかな、と私は疑う。
男の人の言う、「仲良く」を私は信頼していない。私が推していたはずの相手が、個人的な関係になることを求めてくるときに、いつも感じる。
蒼真もそうだったけれど、仲良くって結局、セックスすることだよね、と思うのだ。仲が良くても出来なければ、ガッカリするじゃん、幻滅するじゃん、と傷がうずいてくる。
意地悪な気持ちになった私は、つい瑠璃也に聞いてみた。
「仲良くって何?」
「話をしたりとか、一緒に出掛けたりとか」
「セックスは?」
私がその単語を出したとたんに、瑠璃也は顔を両手で覆う。
「それは、その。ごめん。あの後、死ぬほど反省した」
そして頭を下げてくるのだった。
「な、何で謝るの?」
「あの日は、演技とか関係なくて、本当に白那の言動が頭に来て。だったら本当に全部奪ってやるって思った。けど、やってることは蒼真と同じだし。最低だと思う」
あの日はお酒も入っていたし、正直細かい部分は覚えていない。ただ、私は瑠璃也に感情をぶつけたような気がするし、瑠璃也も応戦してきたのをおぼろげながらに覚えている。
「蒼真とは違うと思う。痛くなかったし。でも、瑠璃也がいつもと違って優しかったから、余計と身体目的かって思ったけど」
瑠璃也は深く深くため息をつく。
「誤解してるじゃん。その誤解が一番イヤだ」
「別にいいよ。蒼真もそうだし、そういうものかなって」
「俺は良くない、そっち方面で一緒にされるのは、マジで不服なんだよ。白那を傷つけてまでしようと思わない。したければ自分でするし。それだけが目的なら、手軽にダッ……」
瑠璃也は至って生真面目に説明してくれるけれど、話す内容が内容だ。クールな顔で、どんどんハードなことを言い始めたのでさすがに止める。
「せ、説明不要だから!自分でとか、別の方法とか、その綺麗な顔で言わないで」
「だって身体目的とは、絶対に思われたくない。そんなの誰とでもできるけど、白那とは他にもしたいことあるし」
「えぇ……誰と、でも?それもちょっと、その」
「いや、違う、現在進行形でやりまくってるわけじゃなくて!白那とが一番いいけど。ああ……言葉が不自由すぎるな」
すっかりうろたえている瑠璃也を見ていると、私はいままで瑠璃也の何を知っていたのだろう、と思った。
「瑠璃也キャラ変しすぎだよ」と思わず言わずにはおけない。
「キャラ変したら、幻滅する?」
じっと見つめてくる視線はどこか甘えたニュアンスがあるので、戸惑ってしまう。
「え、今のところは特に」
「よかった。じゃあ白那。本題言ってもいい?」
「うん」
「俺と付き合ってくれる?」
私の手の甲に手を重ねてきて、瑠璃也は聞く。長い睫毛に縁どられた、深遠な瞳がこちらを見つめてくるので、私は戸惑いを隠せない。
瑠璃也と触れている手の甲が、心臓になったみたいに、脈打っている感じがした。恥ずかしくて、たまらない。跳ねのければいいのに、跳ねのける気持ちになれないのはなぜだろう。
「で、でも。順番おかしいよね?」
私は薬指の指輪を瑠璃也に見せる。瑠璃也は頷く。
「そう思う。だからさ、付き合った後でどうしても俺のことが嫌いなら、今度は本当に婚約破棄でいい」
「え?」
「白那が俺のことを好きじゃないのは知ってるけど。ちゃんと、キャラクターを取っ払って、本音で話をする前に別れるのはどうしても嫌だった。俺は白那のことが好きだから」
話の方向性が予想外な方に行ったので、驚いてしまう。
瑠璃也のことが好きじゃない。
たしかに、嫌いだって言い続けてきた気がする。けれど、それがキャラクターとしての瑠璃也だとすれば、私が嫌っていたのは一体誰なんだろう?
「付き合ってから、判断して欲しいんだ。今度はちゃんと別れるから」
変な申し出だと思う。別れる判断をするために、付き合うなんて。
胸が苦しかった。自分の発言や言動が今になって復讐してきたように思う。
「うん、いいよ」
私は力なく答えた。きっと瑠璃也は、私がしぶしぶ了承した、と思ったと思う。
でも、そうじゃない。
ママがいなくなって、瑠璃也もまたいなくなる気配を感じて、私は心細くなったんだ。
とても我がままで自己中心的な理由。勝手に顔を好きになって、近づけば冷めて、離れていく。
そんなことを繰りかえしていた罰だと思った。
こうして私たちは、別れるかどうかを選ぶために、付き合うことになったのだ。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる