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偽俺様王子の初恋

人生最大の失敗

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 その日。
 初めて白那に音声通話をしたら、開口一番に、
「別れたい、婚約は破棄して欲しい」
 と言われた。
 理由を聞いても、ハッキリと言わなかったし、様子がおかしかったので、場所を聞いて駆けつける。
 朱那さんがいない日だったようで、白那は一人でサロンの片付けをしていたようだった。

 アルコールの匂いがして、白那の様子が明らかにおかしいのが分かる。よろけた白那を支えると、触らないで、と言われた。肩が震えているのが分かって、いつもの感じとは違うと感じる。

 白那の頬の赤みと、唇の腫れが気になったので思わず触れようとしたら、
「ダメ!瑠璃也が汚れちゃう」
 と言われて、俺は思わず白那を見た。両手で押し退けられる。
 汚れちゃう?え、なんだそれ、と思った。

「帰って。一緒にいないほうがいい。私に触ったら汚れるから、帰って」

「何があった?」
 と聞いても、白那は首を振るだけで言わない。グラスに注いだビールと思しき飲み物を喉に注ぎ込んでいくので、さすがに止めに入った。

「飲みすぎ」
 と言って手をおさえたら、
「お願い、やめて。汚れるから」
 と言われる。

「何言ってんの、どこも汚くないけど」

「シャワーしても、消えないの」
 嫌な予感がした。そして本能的に、白那の向こう側に、忌まわしい存在を感じる。そういう勘だけはいい方だ。

「とりあえず、今日は家に帰って休んだほうがいい」

 白那に手を貸して、自宅の方に誘導しようとすると、
「心配するふりしないで。もう帰って。……れば、帰ってくれるの?」

「は?」
 聞き捨てならない言葉が出て、言葉を失う。白那からそんな言葉は出てくるは思わなかった。

「それでいいなら、するから。もう帰って」
 アルコールも入っているし、白那は多分、正気じゃない。俺のことを認識しているのかどうかも怪しかった。
 白那は俺の足元にしゃがみ込んでくる。

 怒りがふつふつと湧いてくるのを感じた。白那に腹立っているのか、白那にそんな発想を植え込んだ誰かに腹立っているのか分からない。

 まずい、非常にマズいと思った。自分は比較的温厚な方だと思っていたのに、どうしようもない怒りが湧いてくる。
「誰と一緒にしてるんだよ」

「誰でも一緒だよ。ヤリ目なくせに」
 うつろな目でこっちを見上げて、白那は言う。

 脳天をぶち抜かれるような衝撃で、くらくらした。
 ヤリ目、つまりセックス目的?
 白那とする?
 思えば、そういう発想をしたことがなかった。

 俺の目的は白那といることそのものだから。人が先か行為が先か、なら、人が先だ。白那といることが先にあって、するしないは、割りとどうでもいい。
 元々薄いところに、さらに不本意な経験を重ねたので、欲望がすり切れているというのも、正しい。

 でも、白那は最初から俺のことをそう言う風に思っていたのか、とそのとき分かる。俺だけじゃなく男であれば誰でも同じ、と思っていたのだと思う。

 腹が立って仕方がない。
 白那にそんな発想を植え込んだのは、誰だよ、と思うし、一緒にするなよ、と思った。

「……ないけどごめん」
 と白那が言う。
「何を謝ってるんだよ」
 怒涛の単語に、ボルテージが上がってきてしまうのだった。そんなこと、本来は謝る必要はないことだ。そんなことを謝らせてる奴は誰だ、と思うけれど、今、白那が謝っている相手は俺に他ならない。

「……でも。こっちなら、できるよ」
 白那がボトムスのホックに触って来るのを見て、これは罠だ、と思う。
 白那が俺を嫌うのに十分な証拠を与えてしまうから。
 分かっているけれど、このまま白那を放置することはできなかった。
 そして、自分の感情を誤魔化すこともできなかったのだ。

 白那をちゃんと大切にしてくれるなら、白那の相手は誰でもいい、と思っている。
 推しメンでも、誰でも、白那が笑っているなら、それでいい。
 でも、その誰かが白那を大切にしないなら。
 奪って―――俺が大切にする。


 そうして、脳天をぶち抜かれた俺は、人生で最大の失敗を犯した。
「本当にそうかどうか、試してやるよ」
 怒りは欲情へと安易に転化する。
 自分よりも高い白那の体温や、身体の匂いに酔う余裕なんてなく、とことん触れつくして忌まわしい存在を全部消してやろう、と思う。

「瑠璃也」
 と眉根を寄せる白那は、彼女が謝ったような状態じゃなかった。
 甘く柔らかな身体は、リラックスしているように見える。

 だとしても、テストステロン値の高い方法で、俺は白那を傷つけているのはたしかだ。


 半ばやけで自分を奮い立たせて最後まで達したとき、ああ――――
 これで本当に、完膚なきまでに白那に嫌われるのだろう、と思った。

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