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カエル化姫と大嫌いな婚約者
ママの告白
しおりを挟む「瑠璃也くん、いい子じゃん。何で無理なの?」
とママはタオルやオイルのセッティングをしつつ、言う。
高い位置でしばった後ろ髪がママのトレードマークだ。
のんびりとした口調とは裏腹に、テキパキと動く。私は、タブレット端末で備品の個数を確認して、発注していた。
ママと私は、他数名のスタッフと一緒にアーユルヴェーダ式のリフレサロンを運営している。
アーユルヴェーダの体系と元にしたカウンセリングや施術をメインに、フーレセラピーやリフレクソロジーなども行っているサロンだ。
「どこが?偉そうだし、押し付けがましいし。顔だけじゃん、いいの」
私が言うと、ママはオイルのビンで頭をコツンと小突いてくる。
「白那のことが好き。それで十分じゃん」
「好きじゃないでしょ。バカモテの環境に面倒くさくなって、たまたまその日そばにいた私に婚約者になれっていっただけ。嫌いだなぁそう言うの」
私はタブレット端末で今日の予約リストに目を通す。今日はリピーターさんの多い日だ。
「白那の言う瑠璃也くんと、私の印象は違うんだけどな」
「ママはほら、傲慢系の男の人と付き合うことが多いから。最初は優しいのに身内感覚が強くなると放置する、えばる系の。採点が甘いんだよ」
ママは芯から優しい性格のせいで、おごり高ぶった男を許し、育て、さらには新たに製造していく。
ママを明らかに見下すような態度をしていても、ママが柔和に付き合うのをみていて、私は腸が煮えくり返りそうだったのだ。
それって、フェアな関係ですか?って。
一方では、同じことを私も繰りかえしている気がして、ゾッとするのだ。
「白那の男嫌いって私のせいなの?」
「半分は、もう半分は自分の経験」
私は男の人が好きじゃない。
というよりも、自分に近づこうとする男の人が好きじゃないのだ。
好きだと言ってきたり、付き合おうと言ってきたりする男の人は好きじゃない。
信用できないし、本気にしたら対価を求められそうで、怖いのだ。
でも、ビジュアルがよくて、遠い存在の男の人は好きだ。私生活に対しては無害だから。
瑠璃也は好きとも言わないし、付き合おうとも言わなかったけれど、平気で触れてこようとするから嫌いだ。
「瑠璃也くんのご両親も、フランクだし、白那に何かさせよう、家に入ってくれなんて言う感じじゃなかったけど」
たしかに瑠璃也の両親はとてもフランクで、どんな話も面白がって聞いてくれる人たちだった。私の推し活の失敗話も、「最高に面白い」と二人して面白がってくれたのだ。いい人たちだなとは思う。
だからといって、私と瑠璃也の関係が良好かと言えば、そうじゃない。最近は会えば言い合いになる。だから、私は瑠璃也に関して、好意的なコメントが言えないのだ。
「一見フランクなのって、マーケティングの基本じゃん。本当の目的は隠すでしょ」
「なにそれ、感情はものじゃないのよ。瑠璃也くんをご両親が過剰に薦める理由なんてないでしょ。白那はちょっと視野が狭すぎるんじゃない?」
「ママは私に瑠璃也と結婚して欲しいの?」
「結婚は二人のことだから、私からはノーコメント。でも、白那のことが好きな人が、白那のそばにいてくれた方が、私は安心なのはたしか。白那を護ってくれる人が、いれば」
ママはなにか、言葉を飲み込んだような気がした。
「私は瑠璃也を信じられないから」
「白那はさ、ちゃんと人と付き合ったことある?じっくりその人を知ろうとしたことってある?」
ある。
と心の中では答えたけれど、その経験は私にとっての傷だ。ママがいないときに、いつも襲いかかって来る傷。
だから、
「ないよ」
と答えた。
「じゃあ瑠璃也くんとじっくり付き合ったらいいよ。そうすれば、信じられるようになるかもしれない」
「瑠璃也とじっくりと付き合うことに魅力を感じないけどな。顔にしか興味ないし」
「それ、本当?」
「本当だよ」
「白那が一人の推しのことを話すのは珍しいけどな。いつも、対象をどんどん変えていくじゃない?瑠璃也くんのことは、高校生からだから数年単位で話しているよね。少なくとも他の推しとは同列じゃないんじゃない?」
ママはベッドメイクを完成させていく。
「顔がドストライクだからね。顔だけならめちゃくちゃカッコイイ!十分な距離をとれるなら、全然好き。瑠璃也は触って来るから嫌い」
私が言うと、ママはこれ見よがしに、首を横に振る。
「あーダメダメダメ。白那は相手を都合よく使いすぎ。瑠璃也くんはまともだと思うよ。白那は距離をグッと詰めた後で、逃げるから。相手は驚くと思う。本当に好きな人と結ばれるときには、ちゃんと心を開かないと」
「必要ないよ。好きな顔を遠巻きにみているだけでいい」
ママはため息とついたあとで、そっと言った。
「私ね、もう長くないの。だから、白那には大切な人を見つけて欲しい」
「は」
私は思わず手のタブレットを取り落とし、施術ベッドの上に落してしまう。
「ちょっとー気をつけてよ。備品の扱い方」
「ママ今のは冗談だとしたら怒るよ」
「冗談じゃないから、怒らないで」
「長くないって何?」
「国民の半分がなるいわゆるな奴が、血液の方に来てて割とまずーいの」
ママは軽く言うけれど、全然軽くない話だ。
「大丈夫すぐじゃないよ。一年くらいは持つはず」
つるりと艶やかな肌やよく笑う愛らしいママの顔を見ていると、病気が進行しているようには見えない。
不具合のサインとなる、黒いもやだって見ないのだ。
「嘘、じゃないんだよね?」
私が聞くと眉を下げて柔らかに笑う。
「本当。白那、顔怖いよ」
「だって、黒いもや見えないよ」
と言ったら、ママは頷いた。私たちにとってはこれは共通言語だ。
「そう言うんじゃないから。もう、これはね、大分昔に決まってたんだよ」
とそう言うママは、どこか安心したような、大切な何かを思うような、そんな様子だった。
「ママいなくなっちゃうの?」
「すぐじゃないよ」
すぐじゃない。それは執行猶予なだけで、執行されないわけじゃない。不本意な形でキープする言葉だ。
「やだよ」
「すぐじゃないから、まだ白那といろんなこと出来るよ」
「思い出が欲しいわけじゃないよ。ママにいて欲しいの」
「分かってるよ、でもね、すでに私の人生の思い出は、ほとんどが白那なの。白那が幸せなら嬉しい。今日は仕事終わったら新しい創作麵屋行こう」
「私の人生の思い出だってほぼママだよ。ママがいない人生に意味はあるの?」
「あるよ。白那が私、私が白那だもん。白那がした経験は私にもちゃーんと還元されてく。これから楽しいことたくさんするよ」
楽しいことたくさんするよ、と言ったのに、ママはその一週間後にあっさりと、亡くなった。
本当に潔すぎるよ、と思うくらいに、あっさりと。
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