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カエル化姫と大嫌いな婚約者

最上級の推しメン

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 私と瑠璃也は高校の頃、私の推し活により出会った。
 当時の私はアイドル探しに夢中だったので、身の回りで自分にとってのイケメンを常にリサーチしていた。クラスから学内外まで、リサーチをして、勝手に自分の推しにする。

 見返りを求めるつもりもなく、ただ友達とかっこいいね、と言い合うだけで十分だ。あるいはSNSで思いの丈を発信できればいい。
 その人のことを話題にできれば、ワクワクするだけだ。
 自分の好みの見た目であれば、それでよし。付き合うつもりなんてさらさらないので、性格や自分との相性は度外視だ。

 まず推しメンを探して、ストーカー扱いをされないように、まずは推していいか確認してから、推し活を始める。

 推しメンはメディア露出の多いアイドルやアーティストでも良かったけれど、そうなるとそもそもの接触頻度が低いので、私の推し活スタイルには合わない。出来るかぎり会いに行ける範囲で推しメンを探していたのだ。

 特に高校生の当時は手痛い失恋をして、恋愛にいいイメージがなかったので、恋愛に対しては後ろ向きで、付き合う付き合わないレベルの話は基本スルーだった。
 ときめきは推し活で補えればいい、と思っていたし、その感覚は今もまだ変わっていない。


 ただし、私の推し活はいつも一つの問題を抱えている。
 私が推し活をしていると、相手が勘違いすることだ。
 同級生や先輩、先生、バンドマン、地下アイドル、スポーツリーグの選手、道端で出会った人。
 好みの人なら、誰でもいい。
 勝手に推しメンを作って推していたいのに、どこでスイッチが入ったのか、相手が熱を帯びてきて、付き合うとかその先の話になって来る。
 そんなつもりは一切ない私が、断ると、

「匂わせうざい」

「思わせぶりのビッチ」

「誘ったくせに付き合わないし、やらせてくんない」

 推しメンは最後にはそう言って私を評価して去っていく。元々私はそんなつもりなかったのに、というのは通用しないみたいだ。
 でも、付き合ったらもっと幻滅されるのを私は知っている。だから、絶対に推しメンとは付き合うつもりはなかった。
 そんな傷だらけの推し活の中で、最高の推しメンがある日突然見つかる。
 それが、私にとってドストライクの見た目を持つ、紫陽瑠璃也だ。


 当時私の通っていた学校近くには、有名私立高校があった。
 中高一貫教育で、内部進学も可能の学校だ。
 私の通っていた学校とは偏差値レベルや教育レベルは雲泥の差で、格が違うと言われ続けていた。とはいえ、学生同士は個人的な交流がある。向こうの高校の男女比率が著しく男子に偏っていたこともあり、うちの学校の女子が向こうの男子と付き合うことが多い。
 逆も稀にあるけれど、向こうの学校ではそもそも女子の人数が少ない上に、うちの男子が向こうの女子にお眼鏡にかなう機会は少なくないようだった。
 ただし、イケメン比率で見れば、あっちもこっちも大差ないというのが私の所見だ。


 その日、学校の帰り道に、その私立高校の入り口で正統派の美形を見つけて、私は心臓をギュッと鷲掴まれた。
 艶やかな黒髪に、白目と黒目のコントラストがくっきりとした綺麗な瞳。黒い瞳は光りの入り方まで美しい。
 輪郭とすべてのパーツのバランスが見事だった。スタイルもよく、制服がブランドもののスーツに見える。

 何よりも、その人の周りには一寸のよどみもないのに惹かれた。普通の人は多少なりともよどみを持っていて、私にはそれが黒いもやとして見える。
 一方でその人はクリアで、どこにももやが見えない。こんな人は初めてで、
「推しメン見つけた!」
 と感覚的に思った。

 そのときには、私は既にその人に近づいているのだ。私の接近に気づいたその人は、眉根を寄せてため息をつく。

「なんだよ」
 と不愛想に言う。
 なるほど、この人は不快な顔ほど、いい感じだ、と私は思った。
 私の顔を見て、なにか思い違いをしたのか、
「夢に出ていったつもりもないし、愛想を振りまいたつもりもない。どんなに意味付けをしようとしても、あんたに興味はない」
 と意味不明なことを言ってくる。

「当たり前じゃん。興味なんかなくてもいいし、むしろそれがいい」

「は?」
 虚をつかれたときの表情は、ほどよくほぐれている感じがいい、と私はうっとり見つめてしまう。

「あの、あなたの顔調べさせてもらってもいい?」

「何言ってんだ、バカ?」

 私は両手をその人の頬に触ってみて精査する。目の前でその人の目が大きく見開かれた。99.9点。残り0.1点は動作したすべての表情を見ていないからの減点部分だ。申し分ない推しメンだ。
「最高」

 私がうっとりと見つめている間に、周囲がざわつくのを感じた。

「瑠璃也。お前スッゴイ熱烈なアプローチされてるじゃん」
 と彼の隣にいた、男子生徒が言う。
「興味ない」
 と瑠璃也と呼ばれた男子生徒は言うけれど、それこそ私からすれば願ったり叶ったりだ。興味なんか持ってもらわなくていい。
 推している相手に親しみやすさなんかいらない。
 天界にいてくれていい。それが私の持論だ。

「あなたを私の推しメンにしてもいい?」

「はあ?何、頭湧いてんの?」

「あなたの顔が好きなの。だから、推しメンにしたいってこと。私は大衆の一人と思ってもらっていいし、興味持ってくれなくていい。むしろ、無視してもらっていいから。ただ、推させて?」

「意味が分からない」

「公式片思いがしたいってことじゃね?アイドルを応援するファンみたいな」
 と横の男子生徒が言う。話の分かる人がいてよかったと思う。

「そう。あなたに実害は与えないから。待ち伏せとか、追いかけとかはしない。ただ、たまに見かけたら、顔を見て勝手にドキドキするだけ。接触もしない。いい?」
 私の問いに、彼は眉を寄せる。

「勝手にするのに、そんなの俺に聞くことか?」

「公式じゃなければ、ストーカー認定されることもあるかもしれないから。その辺は許可を得ないと」

「ね、君。瑠璃也にはファンクラブあるよ」
 と隣の男子が教えてくれる。

「彰文、余計な事言うな」

「じゃあ、その人たちに許可をもらわないと。どこにいますか?」
 と聞くと、彰文と呼ばれた男子が言う。

「SNS上にもあるし、うちの学校にもあるし」
 私がスマホを取りだして、
「なんていう名前?」
 と聞けば、
「そのまんま。紫陽瑠璃也ファンでタグ付けかな」と教えてくれた。

「勝手に人の個人情報漏らすなよ。それに、調べるな」
 と言って手首を掴まれる。スッと身体が冷たくなる気がして、
「は?」
 私はつい声を出してしまう。
 すると、二人は目を丸くする。

「触んないで」
 と手を払った。
「な……」
 瑠璃也と呼ばれた男子生徒が、息を飲むのが分かった。
「ごめん、触れ合ったらダメなの。離れるね」
 と私は数歩距離を取る。

「変な子だなぁ」
 と彰文が言う。
 瑠璃也はずいずいと私の方へやってきて、顎に指を当ててきた。ぞわぞわっと背筋が寒くなる。

「やめて」
「仕返しだ。今あんたがやったことだよ。自分から触れるのはよくて、人から触れられるのは嫌だとかふざけてる」
「本当にやめて、嫌いになっちゃうから」
 私は顎に添えられていた指を払う。
「え?」
 瑠璃也が目を見張った。
 綺麗な顔が驚きに染まるのも、いいな、と思う。

「触ったのはごめんなさい。でも、もう二度と触らないし、基本は話しかけない。だから今日は許して」
 私は十歩分くらい距離を取り、今度は簡単に触れられないようにする。
 けれど、瑠璃也と呼ばれた男子生徒は遠慮なく近づいてくるので、私は後ずさりするほかない。何で、と思う。手首を掴んできて、今度はぐいと顔を寄せてきた。

 長い睫毛に囲まれた、良く光る黒い瞳が近づいてきたので、私は目が離せなくなる。軽く唇に触れたのは、綿のような軽い感覚だった。

「俺の全部やるから、お前の全部よこせ」
 言っている意味も不明だし、行動も不明だ。

「出会って数分でチュー。スッゴイなラブコメ」
 と実況する彰文の言葉がなければ、私は何があったのか把握できなかったと思う。

 ただ、その言葉が耳に入ったとたんに、私の心はスッと冷めてしまった。瑠璃也の胸を両手の平で押す。

 瑠璃也の視線が注がれるのを感じ、私は視線を真正面から合わせる。この上ないタイプで、推し活には申し分ない人だけど、もう、数分で無理だ。

「だいっきらい!」

 私は瑠璃也の頬を手のひらで打ち、逃げるように走り去った。それが、私と紫陽瑠璃也の出会いだ。
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