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さよなら、おかあさん

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 その後は私が見た光景と同じだった。畳の部屋に倒れ込んでいる「彼女」がいる。私の記憶との違いは、「彼女」の横にしゃがみ込む私が視界に映っていることだ。
 けれど、千景は「彼女」にあやとりをしていなかった。記憶を消していなかったのだ。
 
 泣いている私の背中を千景は眺めている。
「悪いな。オレは泣き寝入りするタイプじゃないんだよ。姉さんどうする?オレを通報するって手もある」
 小さな呟き声。
 千景が大人しくしているわけがなかった。でも、彼が手をくだしたわけじゃない。

 何年後かに私にこれを見られることまで考えているくらい、頭は回るようだ。けれど、その声はかすかに震えていた。
 千景のせいじゃないよ。
 千景もそんなに強いわけじゃないんだよね。私がじとじととしているから演じているだけで。

 生きのびるために、ここまでしなければいけないって大変だね。千景。
 ひょっとしたら千景は自ら黄昏の監獄への配属を希望して、自分を投獄したのかもしれない。

 ごめんね、気づかなくて千景。
 私は泣いている自分を眺めながら、何も知らなかった自分を恥じ――――。


 ――――いいや、違うって!勝手に感傷的になんなよ。
 ん?
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