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鵺のため息

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「橘川美景、そいつは雛(ひいな)の家の者だから。ちょうどいい器だってのが本局の話」亡海が言ったので、
「寧月」
 ナイフの投擲とともに訂正を入れた。

 橘川家は虹尾では有力者の身代わりをする家系だ。「雛の家」と俗に呼ばれているとは、鵺も聞き及んでいた。主の身代わりになり、禍をその身に受け入れることを宿命としている家系だ。
 今、後継者となっている者は虹尾にいる。しかし、橘川美景、千景は双子ゆえに、後継者にはなり得なかったようだ。

「どこ行ったか、教えてくれよ。師匠~!そいつをさっさと確保して、禁書を編みこまないと」
 日よけのようにして額に手を当てて、亡海はあたりをきょろきょろと見渡した。

「大した実力もない挑文師は、禁書の器になるしかなんだよ。師匠だって、スクールの奴らだってそのために、挑文師を育ててるようなもんじゃん」

 鵺は不詳の弟子の失態を悟る。亡海の筆が真っ二つに割れるのを見た。墨が飛び散るが、微細な編み目の網が筆に被さってきて、飛び散る前に全て包み込んだ。網の持ち主がぎゅうっと絞り込んで小指サイズにまで凝縮し、右手で押しつぶしていた。
 さらに、左手の五本指から赤い紐を放ち、亡海の足に赤い紐をまといつかせて、巻き取っていく。

「はぁ!?何すんだよ、あんた!」
 紐はぐるぐる巻きついて、亡海の下半身をほとんど包み込んでいった。
「亡海、もうかれこれ千年ほどは生きていると思うが。まだ生きていたいか?」
 と鵺は一応助け船を出しやる。

「何言ってんの、師匠。俺たちは不死身だし、生きてくでしょ?」
 とのん気に還してくるので、鵺は諦めた。長々と話をする間にも、消されるだろうと踏んだ。

「そいつは元来神職者だから。お前なんか祓われて、仕舞だよ」
「えっ?」

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