上 下
47 / 228
二編み目の契り

2

しおりを挟む
 息が出来なくなり、その場に立っているのが辛くなる。融と指を離し、するするとしゃがみ込んでいった。自分の呼吸音と、暴れるように高鳴る心臓の音だけがハッキリした感覚だ。自分で自分の身体を抱きしめれば、現実の感覚が戻ってきて、少しだけ呼吸がしやすくなった。
「美景さん」
 と融の声が頭上からふってくる。
 そして、すぐにしゃがみ込んできて、抱き寄せられた。融の布越しの温かな体温を感じて、人心地がつく。
 生きた人間に触れている、その感覚だけで記憶の部屋の光景が少しだけ遠ざかった。
「ごめんなさい」
 かすれ声で、融は耳元で囁く。その声にはどこか焦りと落胆の気配がある。

 ――――融さんは、何を見たの?

「どんな人でも、美景さんをこの世に存在されるためには。必要だった、と。思えればいいけど。そこまで達観できません」
 ハッとして息がつまった。編み込む契りでは、きっと、濃厚な記憶から浮かびあがって来るのだろう。何度も頭の中で再現されればされるほど、深く刻まれるから。
 私にとって最悪の記憶を、融は見たのだと思う。

 何度も再生されつづけて、動画サイトだとすれば、トップレベルの再生数かもしれない。
 痛みと匂いと、自分と違う体温。そして、汗の味――――。
 よく知った人が、よく知らない知りたくもない振る舞いをしたときに、私はどうすればよかったの?
 当時の私は、どうにもできなかった。

 受け入れる?
 いや、受け入れるかどうかを判断する段階にもいなかった。
 圧倒的な嫌悪は、嫌うことすらできない、と私はその日知ったのだ。
 一度始まってしまえば、習慣になるのは時間の問題だ。人は習慣を遵守しはじめる。
 その習慣の善悪や好悪は抜きにして、運動神経として、習慣を守ろうとするのだ。
 私にとっては最悪の習慣は、長らく続いた。
しおりを挟む

処理中です...