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エリート挑文師の開業スキル

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 私は糸貫高校の修学旅行で行方不明になった生徒に関して、調査を開始した。ニュース記事や新聞に痕跡が残っていない時点で、挑文師が記憶の改ざんをしたのは間違いがない。
 自分たちに関係する事案により、一般市民の記憶に害を及ぼしてしまったときのみ、記憶の改ざんが許されている。

 出来事の存在を消すことは許されないから、
「何かがあった気がする。けれど、具体的なことは思い出せない」
 程度に出来事の記憶を薄めるのだ。記憶の編み目に、何本分かダミーの糸を織り込んで、記憶が思い出されることを邪魔する。

 昨年も在校していた玉木先生をはじめとして、校長の伏木先生、生徒指導主事の寄街先生など、一通りあやとりさせてもらう。

 正面から目を見つめるのは難しく、しかもあらぬ誤解を生んでは困るので、
「玉木先生落とし物です」
「伏木先生差し入れですどうぞ」
「寄街先生、~が呼んでいました」と声をかけた一瞬を狙って記憶の部屋を拝見する。

 記憶の編み目の中を一瞬で一年分潜るのは、神経を使った。途中、見たくないもろもろの出来事が通過していくので、精神を保っておくのが中々大変だ。
 盗み見しているこちらに非があるのだけれど。
 人の記憶を見て、いいことなんて、ない。
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