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おかあさん、ごめんなさい

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 彼女と彼が家に鍵をかけて、どこかに行ってしまう日には、私たちに居場所はない。狐狸が住まうと噂のある原生林の中で、私たちは身をひそめる。
 大木のうろの中や、根のトンネルの中で私たちは遊びまわっていた。
 原生林の中ではときどき匂いの違った風が吹く、と私は思っていたし、千景は色の違った風が吹くと思っていたらしい。

 千景いわく、青と白の風が交ざる瞬間があるのだという。この表現はいまだに分からない。けれど、千景は漠が生まれる場所のことを今でもそう表現している。
「青と白の風が交ざる場所に、漠が生まれる。オレにはそう見えてる」
 今でも千景はそう言うのだ。

 その日、青と白の風が交ざった瞬間。
 私にとっては、お酒の匂いの風と柑橘類の匂いの風が交ざった瞬間――――。

 漠が生まれた。
 気づいたときには、私たちは既に飲み込まれていたようだ。

 漠は、幻覚を見せる。漠は人やものや、動物たちの記憶からこぼれ落ちる記憶の欠片のようなものだ。
 記憶の欠片はいつの間にか寄せ集まって、自然災害のようにあちこちで漠として発生する。その人の記憶の底にたまっているものを上手くすくいだして、痛い所をついてくるのだ。痛い所をつかれ、漠の外に戻って来られない人は、心を病んでしまったり事故に遭ってしまったりする。
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