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彼の視野

コンロトール不可の中身

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 それでもなぜか、付き合いは続いていった。
 野宮からデートに誘ってくれた時には、嬉しくて感動してしまうのだから単純だ。嫌われていたわけじゃない、と確認した気になってしまう。
その後同じ高校に入学することになり、俺たちは高校生カップルとなった。

 同じ高校に行くことになったことは、嬉しかったけれど、実は受難のはじまりだったのかもしれない。環境の変化は、人と人との関係にも変化を与えるものだとは思う。同じクラスでも、別の授業をとることが増えたり、それぞれバイトをはじめたりすれば、時間的な余裕もなくなるものだ。野宮と共通点を作ろうと、同じサークルに入ることを勧めたけれど、突貫工事感が否めなかった。

 野宮とは離れる時間が増え、バイト先やクラスで野宮以外の子と接することが増えた。そんな中で、女子に付き合って欲しいと言われることもあるし、一緒に遊びに行こうと言われることもある。そういう事情は正直にすべて野宮に伝えたけれど、野宮の反応は薄い。
「そんなもん?なんでだよ」
 と思う。
 嫉妬させたいとか、仲良くしないでと言われたいとか、そんな月並みな感情が生まれるとは思わなかった。ちっぽけでダサい。
 俺は自分の価値を高めるために、事情を話していたにすぎないのだし。

 一方で俺は野宮のことが気になって仕方がなくなっていく。一緒にいない間のことを問い質したいとまでは思わないけれど、俺の存在が野宮の中でどんどん小さくなっていくことに恐怖を覚えていた。
 忘れられる恐怖ってやつだ。

 それでも、野宮は定期的に学外で会うことだけはやめなかった。俺から声をかけることももちろんあったけれど、野宮からも定期的に連絡が入るのだ。まるで定期健診みたいだ、と思う。

 そのたびに、大抵キスをする。野宮はいつだってキスがいやそうなのに(だって身体が硬直している)拒絶しないし、会うこともやめなかった。俺は不思議で仕方がない。
 俺からすれば、野宮と会えることも、キスできることもシンプルに嬉しいことだったから。いやなことがあるなら、話してくれればいいのに、と思った。
 言ってくれれば直すのに。
 いやなのに無理にしようとはしないのに。


 野宮の距離感の取り方は異様だったけれど、野宮の中でオレはそれなりに特別な存在でいると思い込んでいた。
 サークルの留学生と野宮が仲良くしている様子をみるまでは。彼にとってはスキンシップの敷居が低いのだと理解しても、接触していることには変わりない。
 それを受け入れている野宮にも、ちょっとした憤りが生まれるのだ。

 野宮は別に俺じゃなくてもいいんじゃないか、と思う。何か理由があって都合がいいから、俺とハッキリ別れないだけで。都合さえよければ、他の奴に乗り換えたいのかもしれない。
でも、それでもいいと思った。好きとか嫌いとかだって十分自己都合だ。俺は自己都合で野宮と付き合っているんだから、野宮だって自己都合でオレと付き合っていてもいい。

 定期健診のようにキスをすれば、いつももっともっと深いところまで野宮が欲しくなる。野宮はきっといやなのだろうけれど、大きく拒絶することはしない。ただ、俺自身の覚悟がないせいで、ずっと同じ状態をキープしているのだ。


 そんなあるとき、バイト先の先輩に、
「石関となら、いーんだけどな、ためしてみよーよ」と言われた。
 周りがどんどん経験していく中で、先輩はとにかくためしてみたくて仕方がないらしい。
 相手の家で軽いキスをされ、すぐに身体をよせて来られる。
 密度の高い身体が触れて、心拍数が跳ねあがった。先輩は抱き合うだけでその先にあるものがダイレクトにイメージできる身体付きをしているのだ。
 そして、しっとりとした手で内腿のあたりを触られたとたんに、ゾッと背筋に寒気が走った。
 そこから先はもう、悲惨なものだ。盛り上がっていた空気が霧散しただけではなく、最終的に「つかえねーな」ととどめを刺される。そして彼女は、あっさりとバイトをやめた。

 ひょっとしたら、俺は不全なのか?と思う。野宮とそういう空気になったときにも、結局俺の方が音を上げた。 
 色々ともう無理なのかもしれない、と思い、野宮との終わりを考える。野宮のことがもっと知りたいし、具体的な証拠が欲しいとも思う。
 でも、その先にすすむことは難しいようだった。

 そして高2になってからは、野宮の様子が明らかにおかしくなった。
 対俺だけじゃなく、生活全般に対して散漫のように見えたし、いつも眠そうだったのだ。まるで中学の頃のユースケみたいだな、と思った。
 そんな中、高2を暇な学年だと位置付けている奴らは、ここぞとばかりに遊ぼうとしていて、俺にも誘いがかかる。
クラスメイトやバイト先の奴ら、中学の時からの知り合いとかと密に接することが増え、女の子といい雰囲気になることもあった。
 全くそういうことに興味がない子もいる中で、どんどん経験したい子もいるらしく、そんなときのアプローチはえげつないほどだ。
 けれど、不全気味な俺は、距離をつめられたら距離をとるという方法で、親密になることは避けた。また罵られるのはごめんだ。そうしているうちに、俺を追ってバイトを始めたクラスメイトはバイトをやめていく。その引き際は見事だ。

 一方で、絶不調に見えた野宮のことは常に気にかかっていた。遊びや勉強に誘っても断られることが多かったので、心配になる。
 そんな中でたまたまひとりで出かければ、野宮と留学生とデートしているのを見てしまうし、さらに最悪なことに、ユースケといるのも、目撃してしまうのだった。だって、ユースケんちの近くの公園をうろついているんだから、仕方ない。
 野宮にとって俺は特別じゃないのかもしれない、と考えすぎると、焦りでいっぱいになる。野宮を会っていたことをユースケに聞いてみても、野宮さんが話してないなら話せない、ときっぱり言われてしまうのだから、取りつく島ナシだ。

 そんな絶賛疑心暗鬼の中、野宮を店に呼んで話をすると、色々なものがいよいよ決定的になってくる。
「好きだとしても辛いなら、離れればいい」
 と野宮は言う。
 野宮は俺じゃなくても、同じ役割を果たしてくれる存在があれば、それでいいのかもしれない。俺もひょっとしたら、野宮じゃなくてもいいのかもしれないけれど、野宮以外に興味を持てないのも事実だった。
 別れたくはない。


 最後のきっかけだと思って、サークルの旅行に参加することにして、打ち合わせに顔をだした。もともと野宮と話をするつもりだったところに、思いがけないアシストが入る。

 せっかくふたりきりで話をする機会が出来たのに、別れが頭にあるせいか、あまり冷静でいられない。俺のキスが必要だと野宮は言う。

 でも、野宮はどう見ても、キスをすると緊張していているのだ。辛そうだし、怯えている。
 なのに、俺じゃなきゃダメで、キスがないと生活ができないという。野宮の言っていることは異様だ。

「石関くんの、欲しいってなに」
 と言われたときに、野宮の怯えの理由が分かった気がした。

 野宮のことが好きで、手に入れたいと思っている俺の思いが、そのまま伝わっていたから、野宮は怯えていたんだ、と。

 その時点で、俺はフラれているようなものだ。同じだけの熱量で触れあっていないから、野宮の方に俺の思いが流れすぎているのだと思うから。
 こんなとき言葉は不自由だ。
 俺はたぶん生まれて初めて、女の子にひどいことを言っていた。カッコ悪すぎるし、最低だと思う。
 コントロールが出来なくなる。

 そして野宮は言う「全部あげるよ」と。
 そんなバカなことってないと思う。
 そんなこと無理だ。
 でも、もし、逃げようとする野宮が全部くれるというなら、俺は、すべてもらうに決まっているのだ。

 野宮を抱き寄せる。
 ただ――――
 俺はハッと我に返った。せめて飲み物は送り届けよう。
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