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数か月前から現在(キス不足)
キスの先を知りたくて
しおりを挟むその夜に、瀬能くんからの連絡が来て、わたしはひとつの可能性を知った。
「野宮さんには、言いづらいことだけど」との導入から入った瀬能くんからのメッセージには、石仏や黒い蝶を消す方法に関することが書かれていたのだ。
ただ、それは瀬能くん自身もあまり納得のいく方法ではないらしい。
それに効果は長続きしないのだという。けれど、どうしようもないときには、応急処置として使える方法だと教えてくれた。
「こういうのって、当たり前みたいに言われるし、人間の成長の中で自然なことだとか言われるけど。あんまり好きじゃないんだ」
まるでAセクシャルと公言する寧々みたいなことを言う。
それでも野宮さんにも効果があればいいと思って連絡してみたよ、と結んでいた。わたしからすれば、そういうもの自体が初めて耳にするものだった。
天然培養だ、と石関くんに言われたのが分かる気もする。
自分からそういう情報を取りにいかないわたしは、環境次第ではきっと天然培養されてしまうのだろう。石関くんとのキスで、石仏は消えているので、ちゃんとした効果はたしかめようがなかった。
けれど、物は試しと思い、わたしは瀬能くんの情報をもとに、自分でそれを調べて実行してみることにしたのだ。
正しい方法というものはない、と何を調べてみても書かれていた。
自分がよければそれでいい、それがベストなのだ、という。右も左も分からないわたしは、まずは、基本的なポイントから進めてみることにしたのだ。結果として、違和感を覚える。
構造上のことは頭に入れていたし、どんな機能があるのかは知っていたけれど、これになんの意味があるのかは分からなかった。
ただ、一般的にメジャーなポイントは、わたしであってもご多分に漏れることなく、効果を感じられたのだ。
ただ、石関くんとキスをしたときのような、鮮烈で強引な感覚はない。これはきっと、自分の、自分による、自分のためのものなのだ。
石関くんのことを、考えてしまう。
身体を引き裂かれるようなあの感覚はとても怖い。
でも――――それ以上のことを考えるのはやめよう、と思った。
わたしは再び、それなりにハッキリとした意思を持って生活することができるようになったのだ。
卒業旅行に参加することに決めたし、そのためにバイトのシフトを増やすことも決めた。
3年生になってから留学することも自分の中の目標として定めて、両親に相談して了承も得ている。目的を定めて行動するというのは、今で通りのわたしのやり方だ。
けれど、何かを取りこぼしているような気がして、心が落ち着かないのもたしかだった。なにかが、足りないような気がする。石関くんのキスはもういらない。
辛いなら、はなれればいいのだ。
お互いにハッキリとした別れの言葉は言っていないけれど、あのデートの後「オレも考えてみるよ」とメッセージが来ていた。
決定的な言葉や儀式は必要だろうか?接する機会が減り、会わなくなればきっと別れたのと同じになる。
卒業旅行に参加することにしたことにより、サークルに顔を出すことが増えた。先輩たちにまじり、卒業旅行の準備の話を聞くことになったり、意見を聞かれたりする。石関くんはそうした集まりで見かけることはなかったので、彼は参加しないのかと思っていた。
けれど、バイトのシフトを増やしていたために出席していなかっただけのようで、旅行前の最終確認の集まりには、石関くんの姿を見つける。
部屋に集まって日程の最終確認や個人で必要な準備、ルートの確認などを行った。
それだけのはずが、先輩たちが妙な連帯感により盛りあがりを見せて、時間がどんどん超過していく。暇つぶしにサークルに顔を出していたルアンが、ハルカとリョータ飲み物でも買ってきてよ、と言う。
気を利かせたつもりらしく、わたしたちふたりを指名してドリンクの買い出しに行くように仕向けるのだ。
石関くんと顔を見合わせたときの気まずさといったらない。
ただ能天気なルアンはわたしたちにふたりきりの仕事を与え、さらにドリンクを補充できれば、みんなハッピーという図式でしかないようだ。
わたしたちはみんなの飲みたいものを聞き取りし、校内の自販機や売店などで買ってくることにする。すべて手で持てる量ではなかったので、鞄の中にあったエコバッグを持っていくことは忘れない。
「準備に抜かりないな」
と石関くんの呟きを聞いた。身体が疲れてくる時間のせいか、糖分を欲して甘い飲み物をリクエストする人が多い。自販機や売店をめぐり、買い集めていった。
中庭の自販機からペットボトルを取りだして、石関くんの持っているエコバッグに収めたところで、人数分飲み物を確保完了する。
そのタイミングで、石関くんが言う。「少し話そう」と。
ただこういうときの話にはきっと、再建や修復の余地はないのじゃないか、と思う。きっと石関くんは自分の方向性を決めてわたしに声をかけているのだと思うから。
「いいよ」
とわたしは答えるけれど、わたしの考えはうまくまとまらない。
このタイミングで石関くんと何をはなせばいいのだろう、と思った。自販機の前で立ちすくんでしまうわたしの手を、石関くんは引く。
中庭のベンチに誘導され、ふたり並んで座った。
「色々考えてたんだ。野宮は旅行に参加するらしいって、先輩とかルアンとかからも聞いてて。オレも参加するかどうか迷ってた」
「そっか」
「野宮はきっとオレが参加するかどうかは関係なくて、参加したいと思えば参加するんだろうな、って思ったけど。オレはやっぱり野宮がいるかどうかは気になってて」
「わたしがいると、参加したくない?」
石関くんは首を横にふる。
「野宮が嫌じゃなければ、参加したいよ。野宮にどう見えてるか分かんないけど、オレは野宮の行動にかなり影響を受けてる。けど、野宮はとらえどころがなくって、オレのことを好きかどうかも分かんない」
「好きだよ」
「でも、ユースケとかルアンとも仲良くするだろ?」
「それは石関くんも一緒だよ」
「仲良くの種類が違うと思う。オレは揺らいだことなんてないよ」
「わたしだって、揺らいだことはないよ。石関くんじゃないとダメだって証拠しか出てこないから」
「そうじゃなくて。オレは野宮がどう反応するのか、感じるのかが知りたいだけなんだよ。代わりの誰かはいらない。でも、野宮はあわよくば他の奴が代わりになればいいって思ってるだろ?」
それはたしかに図星なのかもしれない。
石関くん以外には、あんな恐ろしい幻想は見ないのだから。
他の人のキスでどうにかなるなら、そしてその相手とのキスで幻想を見ることもないのなら、そっちの方がいいと思ってしまう。
「だとしても。石関くんとキスをしないと、どうしようもないからだよ。日常生活がままならなくなるから」
「なんだよそれ……」
「石関くんはわたしとのキスでなにも感じないの?」
手をつないだままだったせいで、わたしが口にした言葉に、石関くんは身体を硬直させるのをダイレクトに感じた。
「わたしは石関くんとキスをすると、たまらなく怖くなるよ。色んなものが見えて、色んなものが聞こえる。石関くんはそうじゃないんでしょ?」
石関くんはなにも言わない。
「欲しいってなに」
わたしがそう口にしたとたんに、石関くんは繋いでいた手を振り払う。
そして言った――――
「いつもそうだ。近づいてみたり、離れてみたり、野宮の本心が分からない。もう、いい加減やめよう。どうにもならないんだよ、コントロールできない。本当ならオレの前から消えて欲しい」
ああ。ここから先がきっとキスからはじまった関係の未来だ。
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