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2年前(キスの始まり)
浮気と別れる準備
しおりを挟む秋の模試ではO学とA学の両方を志望校に書いた。
ただ、石関くんと勉強する理由や付き合う理由をなくすためには、O学にしたほうがいいのかもしれない、とも思いはじめていたのも事実だ。
別に石関くんのことが嫌いなわけではなかったけれど、付き合うということは、石関くんの次第では、あの怖いものをいつでも見ることになるというのが頭にあった。
石関くんは、簡単に約束を破る。
ただ、志望校を石関くんとの付き合いの良し悪しで選ぶのも、どうなのかと思うのも事実だ。
このことを、寧々に相談した。
キスをするキスをすると怖いものが見えるから付き合うのをやめたいんだけど、石関くんのことは別に嫌いじゃないという風に。寧々のアイデアはシンプルだった。
「キスが問題なのか、石関が問題なのか、確かめるべきはそれだけだ」と。
誰かの影響を受けているのか、格言風にいうのだった。実験を重ねることで、物事ははっきりするという考えを元にして言っているのだろう。
でも寧々の言うことは、言うのは簡単だけど、するのは難しいことだった。
石関くん以外の相手とキスをしてみて同じように怖いものが見えるかどうかを試してみれば、問題点がどこにあるのかが分かるということなのだから。
そんな相手はいなかったし、現実的な方法じゃない。
なおも寧々は食い下がってくる。
「瀬能がいるじゃん。瀬能なら、これからあえて距離を詰めることなくても、事故としてキスくらいならできそうじゃない」と。
マンガ脳、なかでもBL脳の寧々は、自分の創作物の中でも簡単に登場人物にキスをさせ、服を脱がせているらしい。
2次元を自由自在に操る寧々からすれば、キスなんてちょろっとできるものなのかもしれないけれど、3次元の身体しか持たないわたしには、とても難しいことなのだ。
それに瀬能くんは、浪速さんとのキスで懲りているらしい。到底無理だと思う。付き合っている人としかキスをしちゃいけません、という法律はないけれど、瀬能くんとキスをして石関くんが気にしないとは思えなかった。浪速さんと付き合ったことに関しても、先をいかれたとも言っていたくらいだし。
わたしの気持ちはともかくとして、適したタイミングがやってきてしまった。
石関くんが風邪をひいて休んだ日に、瀬能くんと話すタイミングがあったのだ。
その日なぜか、瀬能くんから話しかけてくれたのには、わたしも驚いた。
しかし彼自身の思惑もあったらしい。瀬能くんも石関くんの手前、わたしに声をかけるのは、気がひけていたらしいのだ。
ただ、石関くんが休みだとあって、わたしに声をかけてきたようだった。
瀬能くんいわく「後輩から告白されてなし崩しに付き合うことになったけれど、前回のことがあるために、恐ろしくてたまらないのだ」という。
瀬能くんはほどよい脱力感があるため、こなれている感じにみえるようで、そこそこモテるようだった。
何事にもあまり深追いしない態度は、同い年のわりに大人びて見えて、目が行くのは分かる気はした。
ハッキリくっきりとした顔をしている石関くんとは対照的だ。
瀬能くんの抱えている問題は、わたしの抱えている問題とほとんど同じだった。浪速さんが問題なのか、キスが問題なのか、確かめるべきはそれだけだ、というように。ただ、瀬能くんの場合は実験するにしても、新しい彼女と試してみればいいという点だけは違うのだけれど。
わたしが寧々の理論を話すと、瀬能くんはなるほどーという。瀬能くん自身は、誰かと付き合う意思はほとんどないらしい。ゲームやマンガの世界が一番楽しいし、恋愛の刺激はいらないのだという。だけど、付き合ってほしいといわれてしまうと、断る勇気もないため、困ってしまうらしい。
自分の優柔不断さやそもそも断る理由がハッキリしないことも、瀬能くんを困らせているようだ。石関くんと付き合っていく上の試験が必要なわたしと、他の人との付き合いを安心して始めていくための試験が必要な瀬能くんとでは状況は違うものの、必要な試験内容は同じだった。
きっと、これはいわゆる浮気だといわれる行為なのかもしれない、と思う。浮気だと言われたら、言い逃れ出来ない。
でも、状況が揃っているのに、手を伸ばさないというのは難しい。
それに、わたしたちはお互いを助けるために、協力するだけなのだ。わたしたちは、昼休み人気のない例の階段のところで、実験をしてみることにした。
瀬能くんは石関くんのようにアグレッシブではないので、わたしも少し背を伸ばして、高さを調節する。瀬能くんはわたしの肩に手を置いて、自分からするのは初めてだ、というのだった。
妙な緊張感が漂うのは、わたしたちがどちらかといえば受け身なタイプだからなのだろう。
これは実験、これは実験、とわたしは口にした。
瀬能くんもうなずいて、首を曲げるようにして顔を寄せてくる。あまりに気まずくて目をつぶろうと思ったけれど、ちゃんと当たらなければ実験にならない、という思いから、目を合わせたまま唇の感覚を確かめた。
皮膚と皮膚が当たる感覚、たったそれだけだ。
何も見えてこなければ、何も聞こえない。
お互いの吐息が当たって、気まずく顔をはなした。
「なんにも出てこない」とわたしは言う。
瀬能くんも、そうだね、とうなずく。
つまりはこういうことなのだ。
瀬能くんにとっては、朗報でわたしにとっては凶報。
問題だったのは、キスじゃなくて相手だった。
瀬能くんは浪速さんじゃないなら、彼の言う恐ろしいものを見ることはないのだろう。けれど、わたしは石関くんと付き合う限り、あの恐ろしいものをみることになる。
「ありがとう」とどちらからともなく口にして、何食わぬ顔をして教室に戻った。
瀬能くんという同士には感謝しかない。けれど、石関くんとは別れる理由が出来てしまった。
キスをすると怖いものが見えてしまうから、別れよう。
そんなのは石関くんには理解できないことに違いない。
石関くんは怖いものをみないらしいし、説明するのはとても難しい。
別れよう、とハッキリ言うには理由が必要になる気がした。
わたしは徐々に距離をとり、別れる準備をするという姑息な手を使うことにしたのだ。カップルで無事に同じ高校に入学したとしても、環境が変わったことで自然消滅してしまうことは珍しくないらしい。
わたしは別れる理由のために、受験校を変えたり、わざと落ちたりするつもりはさらさらないので、仮に同じ学校に行ったとしても、自然に関係が消滅するという方法がとれればいいと思ったのだ。
その見積が意外にも甘かったことを後で知る
けれど、少なくともそのときのわたしは、曖昧なまま徐々に距離をとる、という方法で石関くんとの関係性をなくそうと思ったのだった。
クラス委員は通年担当するので、急にコミュニケーションをとる機会を減らすのは不自然だと思ったし、実質仕事がしづらくなる。
それに特に嫌いになったわけではないので、普通に会話はすることにした。
登校の約束も、勉強の約束も誘われれば応じるけれど、なるべくツーショットになる機会は減らし、石関くんのいうカップルっぽいことができそうな雰囲気はなくすように気をつけた。幸か不幸か、わたしが決意したタイミングで、両親もある決意をしてしまい、家庭は分断されることになる。
母が留学で家を出る決意をし、わたしは父と家に残されることになった。
離婚ではないし、不和が理由ではないのだが、母は人生のチャレンジとして、転地を望んだ。
わたしも父も好意的に受け止めていたし、大きな変化は見受けられないと思ったけれど、実質父とふたりの生活が始まることで、身の回りのことを自分ですべてする必要が出てきた。父は仕事に行くための最低限の準備は自分ですることができるものの、生活力という点からみるとあまり有能ではないみたいだ。
自分のことは自分でしよう。
という父との相談を真に受けていたら、父は自分の洗濯物を何日分も平気でためていたようだし、遅くなった日には夕食も食べていなかったようだった。
とはいっても、わたしも学校があったし、そもそも父の世話をするなんていう気持ちにはならない。色々な作業は折半することになった。
買い物は宅配サービスを活用して、料理はミールキットを利用する。
余裕がある人が洗濯をまわして、干す。掃除は汚れたらする、という風にして乗り切ることにした。
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