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裏切りの気配

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 そのとき、
「花言葉は、幸福感だっけ」
 と後ろから声がかかり、私は驚いて、花を取り落とした。

 声の方を見たら、先ほど遠目に見たスーツの男性がいる。
「お疲れさまでした」
 と私は声をかけ、足元に落ちた花を拾った。

「パフォーマンスは観てないだろ?」
 と出し抜けに言って来る声音は、親し気で私は戸惑ってしまう。そんな関係性じゃない、と思うのだ。

「仕事ですから、仕方ないですよ」
 私はそう言って、声の主を見すえた。少しだけ大人びた緋々来は、肩をすくめてみせる。

「碧衣は離れるとすぐに、よそよそしくなるからな」
 と言うけれど、
「先にどこかに行ったのは、どっちだったっけ」
 と私は答えてしまった。売り言葉に買い言葉だ。

 緋々来は相好を崩す。
「変わってないじゃん」
「そっちこそ」
 と返してしまってから、ああ、変わってないな、と思った。緋々来の視線が私の左手薬指に向けられる。

「常盤と結婚したんだろ?真面目に指輪するんだな」
「緋々来はしない派なの?」
 と言って、自分でも自覚なく探りをいれてしまった。

「結婚してねぇよ」
 と言う。

 緋々来が結婚していないからといって、この場の会話がどうなるわけでもない。けれど、心に開いた隙間が更に広がる気がした。

 私は、
「そうなんだ。まあ、周りはまだ独身ばかりだよね」
 とコメントしておく。

 これ以上、緋々来を無傷で話せる内容はない。これ以上踏み込んでしまうと、面倒な気配があった。

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