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麒麟王の退位
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しおりを挟む急にやって来た静に、父の邦龍は驚いていたが、静の判決に関する五家協定に関しては、既に話がいっていたのだろう。
静の意図を父はすぐに察知したようだ。邦龍は静がやって来た接見所にて、人払いをした。
「静よ、中々に難儀だったな。労いの言葉もかけたいところだが。そう急いで来たとなれば、急用があるのだろう?」
と言う。
父が寛麒の協力者であったことは既に聞いていたが、今回の作戦に関しては父は絡んでいない。
「お父様は、鈴龍様にまつわる麒鞠の秘密をご存知でしたか?」
「多少はな。だが、皆までは知らぬ。それに、今その問いは必要なことか?」
邦龍は眉をあげ、回りくどい言葉を紡ぐな、と示してみせる。時間がないのはたしかだ。
「いえ、今は必要ではありませんね。即急に行わなければことがありますゆえ。お父様、私をぜひ――」
静の言葉に邦龍は頷いた。
「幸い長期不在だ。前当主の言づけとして、希望者がいればすぐに譲位するとのこと。略式であればすぐに」
あまりにも話が早いので、静は驚いてしまう。
「お兄様から何か聞いていますか?」
邦龍は首を横に振った。
「劉は何も言っていない。だが、お前と同格にいる、劉や紗紅那の者たち、五家の者たちが何やら動いているのは周知の上だ。とはいえ、私が動くと色々と問題がある。それは離宮当主たちも同様だ。五家の未来はお前たちに任せるほかない」
静は頷いた。そしてにわかに思うのは五家の未来への希望と、同列の者たちとの良好な協力体制だ。
「それでは、私が一番乗りですね」静がにわかに調子に乗れば、邦龍はため息をもらす。
「お前は、王子后になろうが出戻り姫となろうが、どこにいようがたくましいのだな。本当に姉上によく似ている」
虎煌も漏らしていた言葉を、父がこうして口にするとは思わず驚きが隠せない。とはいえ今の静には、昔話を聞く時間はない。
「お父様ぜひ、早急にお願いします」
と静は言い、邦龍をせっつくのだった。
その日、巽宮にて、簡易式の洗礼が行われる。その場に居合わせた兄、劉龍が「随分やり口が強引だな」と漏らすのを、静は聞いた。とはいえ、なりふり構っている場合ではないの、と静が言えば、兄もまた頷く。
静は震宮近辺で聞き込みに走り回る。坤宮、艮宮、乾宮に関して、市井に新しい情報は入ってきていない。つまり、表向きには根が失われたままだと言うことになっているはずだ。
静が釈放されたこともまた、広くは通達されていない。虎煌や乾宮の者がもらしていない限りは、水面下で動くことが可能だ。
静は裁きにより、今はもう夫ではなくなった寛麒のことを思っていた。もう一息で、彼の望む未来絵図が描けるのだろう。
しかしその前に、無事に事を運ばなければいけない。誰一人傷つけずに事を運ぶことは可能だろうか?
いや、自分に託された役割は恐らく――――
静は震宮に残されていたかつての装束や防具を確かめ、自分の本分を確認するのだった。
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