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裁き
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しおりを挟む「虎牙が愛のなんたるかを語るなんて、天変地異でも起こるのでは?」
静の皮肉に笑い、虎牙は言う。
「麒鞠王子后であれば当然、知っているだろ?」
静へ思わせぶりな視線を送って来るのだが、静は真っ向から受けるつもりはなかった。
「さあ」
「試したことはあるか?」
こちらを伺う視線には、悪戯な色が浮かんでいる。しかし、ただの悪戯ではなく、静の反応を伺う意図が見て取れた。
「虎牙はよほど欲求不満かと思われる。夫婦の機微を暴こうなどとは」
声が引きずっていないか、と静は思う。色恋の話は聞き及ぶ分にはいいが、自分事となればまた取り扱いに困るものだ。虎牙は豪快に笑う。
「食えない女は好きだよ」
「食えない殿方は嫌い」
「それはどうだか。お前の周りは食えないものばかりだと思うが。信用はないようだが、敵ではないつもりだ。調べていて色々なことが分かった。もう一つ面白いことを教えてやる」
「何?」
こっちに来い、と虎牙から手で合図を送られ、静が近づくと髪を引かれる。鼻先が当たるほどまで虎牙の顔が近づき、静は質の悪い悪戯を察した。
その瞬間に、静の髪の毛を火の気が走り抜けた。虎牙は鼻先に炎が当たりそうになるのを、寸でのところで避ける。
虎牙はひゅう、と口笛を吹き、手で火の気を払う。
「さすがに丸腰では来ないか。厳重に護られているな」
「悪戯も行き過ぎれば痛い目を見る、教訓でしょ」
「悪戯、か。この程度の遊び、以前の静龍ならば、余裕だっただろうに。飛鳥の奴、恐ろしい所有欲だな」
と虎牙は呆れたように言う。
「子ども時代の児戯と一緒にしないで。それで、面白いこととは?」
耳を貸せ、と言う虎牙に静は首を横に振る。
「同じ手は退屈だと思わない?」
「たしかに。しかし誰が聞いているか分からない。婉曲的になるが、教えてやるよ。兄弟で同じ女を愛したが、片方は愛も得られなければ、愛の結晶も得られなかった。しかし、時代が下りかの者は権力を手にする機会を得ている。あるいは、妹が不遇に置かれているのを知り、何か手を打ちたいと思っていた者がいる。罪な碧羅、愚かな白露、そして、不遇の玄毬という物語だ」
婉曲的ではあったが、年代的に重ね合わせれば理解が可能だ。しかし、兄弟という単語に驚きがあった。
「それが真実だとして。虎牙はどう思うの。「兄弟」が王として立つことを望むの?あるいは、根が失われ、麒鞠の統治する五家が改革されることを望む?」
「どちらも望まない。何度も言っているが、俺は過去の遺恨に興味はない。例えばそれが、身内に関係することであっても」
「そう。では、協力して。根が失われて、ここで、武闘大会が行われないのは困るもの」
「協力とは何をすればいいんだ」
虎牙に問われて静は柵の間から、それを手渡した。
「これは?」
「友好の証よ。火の気と金の気で満たせば坤宮の礎になる」
「どういうことだ?」
と問う虎牙の言葉に、静は首を振る。気配を感じたからだ。
「それでは虎牙、婚外交際を始めましょう。五家の平穏のために。願わくば、璃蛇様や瑠亀様ともお付き合いが出来れば、よいのだけれど」
と片眉をあげ静は言った。気配を感じたので、静もまた婉曲的な表現を取る。しかし頭の回転のよい虎牙のことだ、意図は通じるだろう、と思った。
「なるほど。麒鞠王子后は随分と節操がないと見える」と虎牙がわざとらしく肩をすくめて見せるのは、見張り兵が戻って来たからだ。
「じゃあな、謀りの姫に幸いを」
と皮肉を言いつつ去っていくのは、虎牙らしい。兵が戻って来たので、静は寝台に腰をおろし一息をつく。
四家が麒鞠の根が必要なように、麒鞠は四家の支えがなければ成り立たない。だとすれば、麒鞠の祝福は本当に祝福なのだろうか?ひょっとしたら呪いではないのだろうか、と静は思う。だとしても麒鞠に変わって、五家を治められるものはいない。
静が出来ることは、自分のできる限りの力で今周りにいる人たちを出来るだけ幸福にすることだ。そのためには、周りとの協力も必要になる。現状は事の成り行きを見守るほかないのだった。
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