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鬼脈と呪術

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 静が目を覚ましたのは、岩で囲まれた石室だった。静は自分の左腕を見る。

 切り裂かれた着物の下の皮膚は、呪を受けた部分から墨が紙にしみ込むかのように、どんどん黒く染まっていき、感覚が徐々に失っていくのを感じていた。土石で前後を塞がれてしまい、動くのも誰かを呼ぶのも叶わない状態だ。 

 土石に手を触れ、気を送り込んでみるが、小さな穴が開くきりで、びくともしない。呪によって、身体を満たしていた気がどんどん消えているようだ。
 抜かった、と静は思う。どんな状況であっても気を抜いてはいけなかったのだ。
 どんな状況であっても。心揺さぶられようが、戦局に余裕があろうが、気を抜いてはいけなかった。

 着物をめくれば、呪が肩までのぼって来たのが分かり、手の感覚がほとんどなくなって来たのを意識した。
 呪は与える者にも痛みがあると聞く。静に刃を向けたのは、璃蛇だったが、この呪そのものは、璃蛇のものなのだろうか?

 静は呪を使えないが、この呪を放った人物はどんな痛みを受けたのだろうか。痛みを受けてまで、呪を放つ意図は一体何なのだろう?

「このまま、息絶えるの?」

 静は誰に問うこともなく、口にする。静は岩に背を預け、洞窟の天井を見上げた。
 自分の力を過信した罰なのかもしれない。
 それとも、周囲を欺いた罰?いや、そんなものは罪ではない、と思う。きっと、運が悪かったのだ。闘いの場では運の良さが戦局を左右する。つまり、運の悪い自分は、そもそも力がなかったのだ。

 飛鳥は無事だろうか?
 寛麒はどうなるだろう?
 飛鳥に害が及ぶとは考えにくかったが、寛麒に関しては今は立場が立場だ。場合によっては危険が及ぶかもしれない。
 呪術者の意図が婚姻式のときの腕輪と同じだとすれば、寛麒もまた、静同様狙われるのではないか?そこには、どんな意図があるのだろう。
 寛麒の王位を阻みたいのであれば、朗麒を打ち立てたいと考えるはずだ。しかし、朗麒にそのような野心が見えただろうか?
 静を排除したとして、どうなる?
 静には分からないことばかりだ。
 しかしこの不甲斐ない働きのせいで、寛麒に害が及んでしまったとすれば、静は自分を恨むだろう。

 天井を見上げる。洞窟の天井は乾燥しており、パラパラとところどころ岩崩を起こしていた。乾燥した岩に囲まれている暗い洞窟の中で、求めたくなるのは陽光だ。

「飛鳥」
 陽光を想像すると、日向の香りのする飛鳥のことが真っ先に思い浮かぶ。もう、あの腕に抱かれることはないのだろうか。安心できる唯一の香り。愛おしい人の香りだ。

 また触れたい、名前を呼ばれたい、と切に思う。
 首元へ、そして右半身へと呪が移動するのが分かった。徐々に全身の感覚が失われていく。目がかすんできて、土気色の天井が青緑に見える。幻覚だ、と静は思う。

 天井へ向けて手を伸ばす。寛麒から託された鈴のついた腕輪が目につく。静は少しだけ揺すってみた。清らかな音が鳴り響く。

「このような場所で倒れていてどうしますか」
 どこからともなく声が聞こえた。幻聴まで聞こえ始めた、と静は思う。

 そして、静は目をつむった。
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