神獣たちの戯れ・碧羅姫と麒鞠王子の縁組~婚外交際のすすめ~

KUMANOMORI(くまのもり)

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失われた根

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 定礎は黒を基調に、金の縁取りのある廟だ。廟の中に本来ならば、未の根として玉がおさめられている。玉座には何も飾られておらず、空だった。
「根が失われたというのは、本当なのですね。誰が最初に気づかれたのです?」

 静の質問に、当主は少し戸惑いの表情を浮かべる。

「正確には分からないのです。私の元に報告が上がってきたのは、先日行われた白露家の茶会のときでした。白露の王子、たしか虎牙様が廟の中に根がない、とおしゃりました。私が確認したところ、ものの見事に、根がないことに気がついた次第です」

「では、虎牙様だったのではないのですか?」
「虎牙様がおしゃっただけで、問い質してみれば、その他にも気づいている者はいたようです。ただ、口にしたら最後、根が失われたことを認めることになります。とりわけ坤宮の者は、その過失を問われることを恐れたのでしょう」

「なるほど。たしかに前例のないこと。発言そのものが罪になるのでは、と恐れても仕方ありませんね。つまり、虎牙様の発言をきっかけに根の不在に気づき、その後坤宮周辺の環境が悪化していったと、言うことですか?」
「いいえ、既に作物の育ちが悪い、と領地での報告が上がってきていました。ただ、根の存在との関係性は分かっておりませんでした」

「であれば、根が失われたのと、土地が痩せたのが、果たしてどちらが先なのかは分からないのですね」
 静が何気なく口にした言葉に、当主は困惑の顔をしていた。根が失われたのが先なのか、土地が痩せたのが先なのかが分からない。静からすれば、深く考えて発言したことではなかったけれど、当主からすれば、意外なことだったようだ。

「土地が痩せたから、根が失われた可能性もある、と。静龍様はおっしゃられたいのですか?」
「いえ、可能性の話です。私は事実を組み合わせて推測しているにすぎませんし。この後、さっそく、坤宮の土地を見に行かせていただきます」
「坤宮の者を案内につけましょうか?」
「この辺りは不慣れですし、お願いします」

 静がそう言うと、当主は侍従に誰かを呼びに行かせる。やってきたのは二人の少女だった。白金の髪と漆黒の瞳を持つ少女たちは、瓜二つで双子であることが一目瞭然だ。

「白露の方々ですか?」
 と静が問うと、現在の麗虎の娘だと言う。
 なぜここに姫君が?と静が問えば、兌宮(だきゅう)当主の麗虎(れいこ)と乾宮(けんきゅう)当主の虎煌(ここう)の政権争いから逃れるため、ここに避難しているのだ、と婉曲的な表現で当主は教えてくれた。
 二人の姫君の名前は、茉虎(まこ)、莉虎(りこ)というらしい。不思議な力を持つゆえに、兌宮、乾宮のどちらの宮に住まうかどうかを争われているようだ。

 兌宮は女性当主が代々務めており、また乾宮は代々男性当主が務めている。
 本来四旺の宮である、坎宮(かんきゅう)、震宮(しんきゅう)、兌宮(だきゅう)、離宮(りきゅう)がそれぞれの家の当主を務めるのが慣例だ。

 ただ乾宮は少々特殊で、古来より9つある宮の中で、最もエネルギーの強い宮として知られている。ゆえに、当主となる虎煌は、麗虎とともに、白露家では拮抗した力を持つ。白露家では、兌宮と乾宮での権力争いが常だ。

「お初にお目にかかります、静龍様。婚姻式ではとても見目麗しかったですが、今はとても雄々しく素敵です。こちらのお姿の方が、個人的には好みです」
 と二人は同時に話しはじめるのだった。

「初めまして、白露の姫君様たち。それではご案内いただけますか?」と静が言うと、これまた同時に頷く。

 二人の案内で、静は坤宮の街並みを見て回った。坤宮周辺の街並みは、背の低い建物が多く、田畑が多い。晩春である現在は、緑の葉物野菜や、鞘野菜、根野菜などが盛んに収穫される時期のはずだったが、現在畑には作物がほとんどなかった。
 田畑の土はすっかりと乾燥している様子で、白く変色している。

「このように、坤宮周辺ではほとんどの田畑で、土が変質しております」
 と茉虎、莉虎が同時に言うのだった。
 静は、畑の土に触れてみる。ポロポロと崩れ落ちる土は、まるで灰のようだ。本来土が持つ、作物を育てるための養分や水分はほとんど枯れてしまっている。

「これは、気がすっかりもれ出てしまっているようですね」
「気がもれる?」
「土が本来持つ土気が流れ出てしまっているようです。作物に与えるというよりも、何か別の場所に、吸われていってしまったというのが正しいかもしれません」


 
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