神獣たちの戯れ・碧羅姫と麒鞠王子の縁組~婚外交際のすすめ~

KUMANOMORI(くまのもり)

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麒鞠と碧羅の婚礼式

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 正面に座る寛麒は前置きなく、静の手をとって袖の中に手を伸ばすと、腕輪を取りだした。
「何を!」と静が身を引けば、
「失礼」
 と言ってほほ笑む。
 腕輪の裏にフウっと息を吹きかけた。

 黒い靄のようなものが立ちあがってきたかと思えば、鋭い刃物のようなものが馬車の天井めがけて飛んでいく。静は身構えたが、それ以上のことは起こらなかった。
「呪だよ。誰かが仕込んだみたいだ」

 寛麒は自分の腕輪も取り出して同じように、息を吹きかける。今度は蛇の形になり、馬車の中をはい回った後で、寛麒に向かって巻きついていこうとしたので、静は簪で蛇の目を打った。蛇は後からもなく消えていき、寛麒が口笛を吹く。しかしその手には鉄扇を手にしていたので、静が手を出すまでもなかったようだ。蛇は消え、馬車の中には静寂が戻る。

「これは、一体どういうことです?」
 と静は寛麒に聞かずにはおけない。婚姻の腕輪の交換は行われていない。つまりこの婚礼式は完了してはいないのだ。
 けれど、家族を始めとして周囲の人々は恐らく、婚姻がつつがなく終了したと思っていることだろう。
「秘密を共有して欲しいということだよ」

 寛麒は静に碧羅の腕輪を渡し、自分もまた麒鞠の腕輪を腕にはめた。それぞれの皮膚に馴染み、そのままスッと消えていってしまう。腕輪はそれぞれの当主が気を練って作ったものだ。同種の気であれば、馴染んで消えてしまう。

「しばらくは偽物の腕輪で代替しておけばいいだろう」と寛麒は言った。
「けれど、これでは万物の理に反したことになりませんか」
「では、私と正式に婚姻をしたいと?」
 寛麒は静の手を取ってきて、顔を寄せてくる。

「い、いえ、そうではなく。皆を謀ってしまっているように思います。根もいただいてしまっているのに」
「麒鞠の内部か、他の四家か。麒鞠を崩壊させたい者がいるようだ。私はそれを阻止せねばならない。邦龍殿にはご理解をいただいている」
「父上が?私は何も話を聞いてはおりませんが」
「邦龍殿は、そなたの武勇を信頼し、協力者として送り込むことを了承してくれたのだ」
「他の四家を疑っておられるのに、なぜ父上や私には明かされたのです?」

「邦龍殿の姉上は我が父上と婚外交際にて、私を産んだ。碧羅の運ではなかったため、王である父との縁談は出来なかったが、当時の震宮当主殿の計らいによって私は麒鞠で育つことが出来たのだ」
「父上のお姉様は、出家なされたと」
「私を産んだのちに出家したと聞いている」
「つまり、あなたと私は」

「従兄妹ということになる。秘密を共有することに関して私は、邦龍殿に信頼を置いている」
「すべて演技だったのですか?縁組の話も、すべては、麒鞠を崩壊させる者をあぶり出すための策であったと」
「いや、そなたに惹かれているのは事実だ。婚姻の事実はないとはいえ、周囲から疑いを向けられない程度には、妻としての振る舞いはしてもらう」
 寛麒は静の王冠の飾りをたわむれに触ってから、頬を撫でる。予想外の話を聞かされた後だったので、振り払うのを忘れてしまっていた。

「それは、どんな」
 おずおずと静が尋ねると、寛麒はとても楽しそうに笑うが、みなまで答えない。

「あの紗紅那の男はいいな。絶対に譲るものか、と静から視線を一切逸らさない」
「な、なぜ」
「許しただろう?あの男の視線を受けて、そなたから色香が香り立った。寝屋を共にし、気を分け与えた仲でなければ、生まれない香りだ。それが人としてか、神獣としてかは分からないが」
「無礼ですよ!」静の言葉に寛麒は笑う。

「あの男から、全てを奪うつもりは毛頭ない。あの男は離宮当主の器だ。まかり間違えば、中宮など容易く焼き尽くすだろう」
「飛鳥はそんなことしません」
「いや、そなたを失ったと思えば、いとも簡単にやって見せるに違いない。協力者として迎え入れるか、知らずして泳いでもらうか考えものだ。もっとも、寝屋でそなたが黙っておければ、だが」

「さ、先ほどから、寝屋寝屋と!次期麒鞠王は、よほど欲求不満だと思われますね!」
「ハハハハハ、もっともだ。しかし気になるからだよ。気の強い美しい姫が、どのように泣くのか。知りたくてやまない者が多いだろう」
「な、泣きません」
「では紗紅那の飛鳥に聞いてみればいいな」
 静が反論しようとしたとことで馬車がとまり、迎えの侍従が馬車の戸を開けた。寛麒は静の手を取り、優しく誘導する。

「参りましょうか、静龍」と言う。
 宮殿に着いた寛麒は始終何事もなかったかのように振る舞い、「静龍に着替えと、湯浴みの準備を」と侍従に声をかけた。静からすれば、予想外のことが続き、頭を整理するのが難しい。

 ただ寛麒の印象がこれまでと少しだけ変わっていた。
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