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水魚、もしくは龍鳥の交わり
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しおりを挟む「暴いては、いけないの?私は飛鳥しか考えていないのに、思い人はずっと」
「そうしてしまったら、オレは。オレ達は、もう戻れなくなる。根をいただいている上に、今は碧羅の運だ。静と麒鞠の王子との婚姻は避けられないだろう。つまり……」
「心気を司る紗紅那の飛鳥が、他の殿方と婚姻し、共寝するような女と結ばれるとは、思えない。だから、私は飛鳥に相応しくはない、と?」
「そうじゃない!そうではなく……。もし、契りを交わしてしまえば、オレは静を二度と離すつもりはない。麒鞠の王子もまた、静を指名するほどだ。子を成し、縁を繋ぐ先々まで静を離すつもりはないと思う。それを今こうして話しているだけで、身体じゅうが嫉妬の炎で焼け切れてしまいそうなんだ」
「では、進むべきでは、ない?」
静もまた迷っていた。ここ数年の麒鞠の縁組は周囲からの推薦が多く、麒鞠の王直々の使命は、非常に稀だ。ゆえに、本来誉高い縁組であるため、静の破談の訴えは歯牙にもかけられない。いくら喚いてみても、よくある婚前の憂鬱として一蹴される。
進んだならば、麒鞠王子との婚姻や飛鳥との婚外交際が始まる。だが、留まったとして、この兄のように慕い、友のように切磋琢磨してきた男を、手放せるだろうか?この心地よい日向の匂いを二度とかぐことが叶わず、別離を選ぶ。
そして飛鳥にいつか来るかもしれない別の人との婚姻を寿げるだろうか?
「ただ、飛鳥は、まだ何にも縛れてはいないはず。進まなければ、まだ」
静の言葉に飛鳥は首を横に振る。
「オレは、男やもめとして過ごすと思う。仮に離宮当主となれば、役割はまっとうするが。静以外の人を娶りたいとは思わないし、子は養子をもらうだろう。紗紅那の男は実に執念深いんだ。その火は陽火か陰火。選んだ道によっては陰火をじとじとと燃やし続ける。いずれにしても、静から心は離れない」
「進むも留まるも叶わないのならば、どうしたら……」
答えはとうにでている。ただそれが意味するのは、幼少時代の健やかな思い出や、子どもじみた児戯の世界との別れだ。
知らぬ存ぜぬが通用せず、ただ受け入れていくことに、静は少しの恐怖を感じていた。静の髪を結わえていた紐を、飛鳥がほどく。碧色の髪が風に舞った。
「静からはいつも茉莉花の香がする。清らかだが、どこか艶めかしい」
鼻先に鳥の啄みのように口付けがやってきて、静は思わず目を見張る。
「飛鳥」
「受け入れよう。早かれ遅かれきっとこうなっていた。オレは静を心より欲していたのだし、取り繕うことは不可能だ。ならば、すべて受け入れるしかない」
「飛鳥の人生を、壊してしまう」
「バカな夢想では、オレはいつも静を壊している」
「卑猥な……!」
静が呟くと飛鳥は笑う。
頬にそっと触った手のひらは熱く、静は飛鳥の目を見る。明るい橙色をした瞳は少しうるんでいた。紗紅那の者は心眼の力を持つという。
何が見えているの?と静が問いかける間もなく、飛鳥は顔を寄せてきて、口付けをしてきた。児戯ではない、舌が深く入り込み、しつこいくらいに欲を誘う口付けだ。
恐らくこれが受難の始まりだと、二人には分かりきっている。初めて触れた唇に陶酔し、すっかり理性を取りはずのは必然。静も飛鳥も、相手の中に確実にあると知っている、自分が惹かれてやまない秘密を、求めずにはおけなかった。
息が苦しくなり、静が飛鳥の胸をトンと押せば、飛鳥は静を抱きかかえる。
愛を求めて心身が引き裂かれるような、痛みを感じると分かっていたとしても、恐らく同じ道を選んだに違いなかった。
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