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第四部
王位奪還完了
しおりを挟むそのとき突如、城がぐらぐらと揺れ始めた。辺りを見渡すが、何が起こっているのか、分からず顔を見合わせる。
巨大な鉛の塊が、城の壁を突き破って来たのを見て、
「ギルバート!」
とテオドールが怒りをあらわに言い放つ。
「ギルバート?」
フィアにとっては名前だけ聞く、ティアトタン国の軍司令官名前だ。
鉛の塊はなおも放り込まれてきて、城を破壊していく。
「ここに集まっていることを知り、攻撃を仕掛けてきたな」とテオドール。
「軍の司令官が何でテオに攻撃を仕掛けるのよ!?」
「ティアトタンは争いの国だろう。反目し合うのが常だ」
ノインとテオドールの親子喧嘩、テオドールからのコトス達の圧政、コトス達と兄達の親戚喧嘩、テオドールとクロストの王位争い、そしてギルバートとテオドールの内部崩壊?
耳にしただけでも、争いの種が多すぎて、フィアはウンザリしてきていた。
「テオ、私を護ると思ってくれるならば。争いを失くす協力をして」
「それは懇願か?それとも命令か?」
「愛らしく頼めば、喜んで乗るそうだ」
とゼクスが差しはさんでくる。
「お願い、テオ。このままじゃ城も壊れてしまう。私が継承すればお父様の結界魔法が使えるはず」
そのとき、
「観念しなよ、お父様」
と言ってノインが宝剣をテオドールへと放る。
分割したノインが、宝剣を盗み出していたのだ。そしてノインはもう一人のノインと一体化していく。素晴らしい、と言いゼクスが口笛を吹いた。
「ノイン、その能力を隠していたのか」
とテオドールが言うが、ノインは知らんぷりを決め込む。相変わらず可愛げのない奴だ、とテオドールは思う。
「結界魔法であなたを護れる。そしてみんなのことも。私を少しは信頼して欲しいの」
「お前が描く未来に、誰がいる。オレはそこにいるのか」
「何言ってるの、テオ。当然いるでしょ」
「友人として?」
「ええ、友人として。あなたは私の大切な、友人だもの。昔からずっと」
自然を目が合い、フィアはテオドールの深海のように暗く瞳に、光が差したのを見た。
何かの折にふと差しこむだけの光が、今はハッキリと見える。
テオドールの口元がほころぶのをフィアは見た。
「敗け、だな」
「テオ?」
「どうやっても、屈服させられない。かえって心が奪われるばかりだ。勝ち筋は、見えない」
「何言っているの?そもそも私たちは闘っていないでしょう?」
――――心は絶対にあげない。
そう言ったかつてのフィアを、フィア自身は知らない。ただ、テオドールだけは、知っていた。
「フィア・ティアトタン。いや、女王陛下、全てを捧げよう」
宝剣をフィアの肩に触れさせ、そしてテオドールはひざまずいた。そして恭しくその手の甲に口づけをする。
「わぁ、キスだ。なんか、恥ずかしいね?」
とアインが言い、ノインは顔を赤くしながらその顔を背けていた。
「テオ。ありがとう」
フィアが微笑めば、テオドールは面映ゆそうにするのだ。
フィアは自身の中に、力の萌芽を感じた。
今はまだ、何もしていないし何も分からない、無能で無知な女王だ。
そして今、出来ることは一つ。
フィアは王の間の床に手を両手を付いた。そして、自分の身体中の力を注ぎこむ。
床から壁へ、壁から窓の外へ、都へ、そして城壁の外へ、国の外へと。
魔法のエネルギーがしみ込んでいった。壊れていた壁は一瞬のうちに修復され、鉛の球は溶けて消えていく。
「見事だな。エネルギーが充溢している」
「だが、根本的な解決にはなっていない。ギルバートをどうにかする。封印を解け」
テオドールはフィアに言う。
「でも」
少しだけ、戸惑いがあるのは事実だ。
「女王陛下はオレを信頼できないのか」
と平淡な口調で問われて覚悟が決まる。
「いいえ、封印を解くわ」
とフィアは言い、テオドールの手の甲に指輪を触れさせた。
ぞわっとするほどの冷気がテオドールから立ち上るのが分かる。フィアがそのときチラッとテオドールを伺ったのは、今逆に封印されたら完全敗北する、と思ったからだ。
テオドールは、
「ありがとう」と言い、音もなく消え去っていく。
「あ、あ、ありがとう!?」
フィアは驚いて腰を抜かしそうになった。テオドールがお礼を言うなんて、初めて聞いたからだ。
テオドールの中で、何が起こったのか、フィアには分からない。けれど、何かかが確実に変わったのに違いないのだ。
間もなく、盛大な衝撃音が聞こえ、再び音もなくテオドールが戻って来る。
「完了だ」
「え、ギルバートは?」
「ギルバートの現状を題するなら、「氷の愚者」だ。処理方法は指示を仰ぐ」
端的に告げた。要するに凍らせて黙らせてきた、と言うことなのだろうと思う。
「も、もう?」
とフィアが尋ねれば、テオドールは頷く。
「砕くか?」
と言うので、
「い、いいえ。ギルバートと話しに行くわ。話し合いをしましょう」とフィアは前のめりに言う。そうでなければ、すぐにでも砕いてしまうと思ったのだ。
「では、牢獄に入れておく。謁見の時期まで刑に服してもらおう」
とテオドールが言う。
「牢獄って、まさか」
とフィアは思い異議を申し立てようと思うのだが、声をかけるまでもなく去って行くのだ。足音もなく、消え去って行く。
「かなり有望な魔術師だな。王都にも欲しいくらいだ」とゼクスは言う。
「また地下国に幽閉するつもりかしら」
とフィアが一抹の不安を感じ始めたところで、
「あれ~!?」
「身体が薄くなってる」
とアインとノインが口々に言った。
「え、なぜ?」
とフィアは二人の姿を交互に見る。
「何かの魔法かなぁ」
とアインは言うけれど、ノインはすっかり怯えた顔をしていた。
「お父様が?」
とノインは言うけれど、
「テオは、いえ、お父様はしないと思う」とフィアは言う。
フィアやゼクスには異変がないことを思えば、二人だけに起こっていることだ、とフィアは思う。
「何で、二人だけに起こっているの?」
「二人だけ、か。だとすれば、この二人の共通点を考えればいいのか」
「共通点?アインは、あなたとあなたの愛する人との子どもよね?」
愛する人、と口にするフィアの言いぶりに、さすがのゼクスも居心地の悪さを覚えた。
「そして、ノインは。私と」テオの、と言い募るフィアに、
「ああ」
と答えながら、ゼクスの頭には一つの仮説が思い浮かぶのだ。まさか、とは思う。
フィア以外の近しい人間が知っている事実。
二人の双子関係のもたらした、その起源をゼクスは頭に思い浮かべる。
今のフィアはスクールを卒業した時点の肉体を持っていた。騎士団に入る前のフィアであり、まだ、出会っていないはずの存在だ。
それは、ゼクス自身も同じだった。
だとすれば――――。
あのあやまちの痕跡はどこにもない。奇跡の結晶を証明する身体の痕跡は、どちらにもないのだ。
「だとすれば、非常にマズいな」とゼクスは呟く。
「マズい?」
「ああ、舞台も条件も最悪だ」
と頭を抱え始めるので、フィアはすっかり驚いてしまうのだ。そんな姿を見たことはない。
「ゼクス、どうかした?アインとノインのことで、何か分かったの?」
「仮説でしかないが、思い当たる節はあるな」
「じゃあ、教えて。このままだと、二人が消えてしまうかもしれない」
「二人が消えてしまうのは、困ることか?」
「何言っているの、当たり前でしょ」
「ノインはともかく、アインは王都で出会ったばかりだろう」
「アインは私の友人だもの。そして、あなたとあなたの愛する人の子でしょう?消えてしまうのは、困るに決まっている」
「そう。愛する人の子、だな」
言葉の意味をしっかりと含み込むように、ゼクスが口にするので、フィアは面映ゆくなる。アイン母親のことを語るときだけ、彼の表情が柔らかくなり、口調が甘くなるのを、フィアは知っていた。
彼に愛された人が羨ましい、と思わず思ってしまう。
「二人を存在させるためには、しなければいけないことがある」
「しなければいけないこと?それは、私に出来ることなの?」
「ああ、フィアにしか。そして、俺たちにしか出来ないことだ」
とゼクスは言うのだが、その表情に躊躇いの色が見受けられるように、フィアには感じられた。
「ただし、フィアにとっては我慢を要するものだと、思う」
いつも冷静沈着で、強引にでも周囲を巻き込んでしまうゼクスにしては、心もとない物言いだ、とフィアは思う。
「我慢を要するもの?それはどんな」
フィアの問いには答えずに、ゼクスはアインとノインに声をかけた。
「アインにノイン。身体を残すために、非常に重要なことを行う。ビアンカあるいはアルフレートの元に行っていてくれ」
「なんで?僕たちだけ?」
「えーお母様とゼクスは?」
不満の声をあげる。けれど、ゼクスは、
「このまま消えたくなければ、言うことを聞くんだな。善処するが、すべてはフィア次第だ」と有無を言わさずに追い出してしまうのだった。
そして、フィアの手を取り、尋ねて来る。
「フィア、二人を存在させるために、ご協力いただけないだろうか?」
「勿論、協力するわ。何でそんなことをわざわざ聞くの?」
フィアが言えばゼクスは長く長く、ため息をつくのだ。どうしたの?と問うフィアに、
「ここへ来て、信用を失うことをしなければいけないことが、苦しいんだ」
とゼクスは言う。
そして――――。
フィアは触れた手からビリッと痺れを感じた。
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