40 / 51
第四部
災難の象徴
しおりを挟む
シルバーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ青年が、テオドールを苛立たせる。
「テオドールお前に杭を打ち込んで、王位を奪ってやるよ。それがイヤならば、宝剣をよこせ」
その青年、クロストは家財や建物の影に隠れながら、水晶の杭を投げてくる。
テオドールは杭をはじく。魔法を放って、その動きを止めようとするが、追いつかない。
「お前の嘘をバラしてもいいのか?ラヌス王を討ち取ったのは、お前じゃない、俺だ」
とクロストは言うのだ。せっかくノインを追い出したのに、今度は一番厄介なフィアの兄、クロストが戻って来た。
「こそこそと隠れているお前に何ができる」
何度となく繰り返すやり取りに苛立ち、クロストが逃げ込んだ辺りをすべて、凍られてしまう。光がある限り、どこにでも影はできる。クロストの隠れる場所は無限にあるのだった。
ティアトタン国の王族の象徴は、テオドールにとっては手を焼くものの象徴となっている。
かつて、シルバーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳は、テオドールの心を揺さぶっていた存在の象徴だ。
「テオドールというのね?フェルンバッハ家の魔術師というのは、あなたのこと?」
と問いかける目は、好奇心で光る。知りたくて知りたくて仕方がない、と言った風で、どこまでも尋ねてくるのだった。
乾いた土に水がしみ込んでいくように、彼女はあらゆることを吸収したがる。テオドール自身にとってその瞳の好奇心の光は、深海に挿し込んだ一筋の光だ。
あの瞳を見たときから、この女は自分にとって、特別な存在になると気づいてしまっていた。
その後、「こちらはビアンカとアル。あなたのことはテオと呼ぶわ」とやや強引に仲間に入れこまれて、城内に連れ込まれる。
恐らく本人は覚えていないだろうが、強引なのは、彼女の方だった。
彼女は同年代の友人を求めていたようで、軍部をしきる家系の筆頭であったテオドールはお眼鏡にかなったようだ。
かと思えば、国外にルーツを持つビアンカや宰相の息子であるアルフレートを友人として迎えるので、その選出基準は疑問ではあった。
後に分かったのは、アルフレート・ディトリッヒも、ビアンカ・オイラーも補助魔法を得意とする面々だということだ。補助魔法で、フィアの怪力をうまくコントロールできるため、王の采配により配置された友人のようだった。
「ねえねえ、お父様?城の外はどうなっているの?テラスから見えるあの山やあの庭園に見えるあの花は何?あの木はなに?あの光る石はなあに?今日来ていたあの方々は、どこから来てどんな出自の方?お友達になってくださると思う?何がお好きかしら?プレゼントをしたいけれど何がいいかしら?ねえねえお父様!」
じゃじゃ馬娘の好奇心攻撃に耐えかねて、王が募った友人候補なのだ。
当のフィア本人は同年代の友人が出来たことを至って喜んでいて、
「ねぇ、テオ。好きなものはなに?得意な魔法は?城の外ではどんな遊びが流行っているの?フェルンバッハ家にはどんな人がいるの?今度いつ遊びに来れる?遊びに行ってもいいかしら?ねえねえねえ!」
とどこまでも尋ねて来る。
まともに答え続けていれば、どこまでも聞いてきて、終わりがみえないので、
「うるさい、そろそろ黙れ」
とあしらうが、好奇心で満たされたその瞳に見つめられるたびに、瞳の中に宿る底抜けの希望に、心を大きく揺さぶられる。
ただひたすらに未来が明るいと信じ切っている瞳だ。そして、自分に対して、こんなに何の疑いもない視線を向けてくる存在は初めてで、驚くのだった。
確信が生まれる。
――――この女を護らねば、と。
ただ、その後、彼女が護れられるだけの器ではないと知る。気が強く、怪力とそして得体のしれない力を持つようだ。
そして、好戦的だった。
「魔術師テオ様、私と決闘してくれない?」
と度々頼まれるが、断り続ける。
「女は戦う必要はない」
と言えば、
「また、そのフレーズ!もう聞き飽きた!」と不機嫌になっていくのだ。
その日、謁見にやって来たのは、東方からやって来た言う娘だった。
褐色の肌と赤毛にエメラルドグリーンの瞳を持つ、その娘の名前はリウラ・フェルミエール。王妃候補として、国外から連れてこられたという。
リウラは国の従者を伴い、娘は謁見所へやって来た。
緋色に金のビーズをあしらった紗のドレスを身にまとい、紗のベールを被る。動けばベールの金色のビーズがシャラリと音を立てるのだった。
テオドールよりは、いくつか年下と見え幼さが残る顔つきだったが、どこか気の強さがうかがえる。謁見所にて、相まみえた後に、さっさと求められる役割を果たし、寝所を去ろうとも思う。
回廊を歩く間にも、娘は興味津々であちこちに視線を送り、
「この国の都は美しいのですね。色とりどりの建物があり、花も咲き誇っている」
と言って来る。テオドールは娘に少しだけ興味を持つ。
「名前は?」
と初めて名を聞く。
「リウラ・フェルミエール」
と告げ、恥ずかしそうに顔を逸らす。
「お前の国は?」
「私の国は戦争により一度甚大な被害にあいました。それによって、都は姿を変えてしまった。美しい都は、いいですね」
と言って笑う。
「家族はいないのか?」
「亡くなったり、行方不明になったり、あるいは生死不明であったり。散り散りとなっております。争いの種のなくならない家族です」
「そうか」
「あなたのご家族は?」
「母は病気で亡くなっている。父もまた逝去した」
テオドールがそう告げたとき、娘は息を飲んだ。
「お母様は、ご病気ですか?」
「ああ、元より身体は強くなかった」
「それは、残念です」
と心から残念そうに言うので、テオドールの方が驚いてしまう。
「お前には関係ないだろう」
「そうですね。けれど、もしご存命であれば、お話ができたかもしれません。何か、私に出来たことはないのでしょうか?」
違和感と、そして既視感があった。
けれど、それが今の言葉のどの部分になのかは、テオドールにも分からない。
「見ず知らずのお前に、出来ることなど何もない」
テオドールはかつての王妃と初夜を迎えた寝所に、娘を連れていく。
「テオドールお前に杭を打ち込んで、王位を奪ってやるよ。それがイヤならば、宝剣をよこせ」
その青年、クロストは家財や建物の影に隠れながら、水晶の杭を投げてくる。
テオドールは杭をはじく。魔法を放って、その動きを止めようとするが、追いつかない。
「お前の嘘をバラしてもいいのか?ラヌス王を討ち取ったのは、お前じゃない、俺だ」
とクロストは言うのだ。せっかくノインを追い出したのに、今度は一番厄介なフィアの兄、クロストが戻って来た。
「こそこそと隠れているお前に何ができる」
何度となく繰り返すやり取りに苛立ち、クロストが逃げ込んだ辺りをすべて、凍られてしまう。光がある限り、どこにでも影はできる。クロストの隠れる場所は無限にあるのだった。
ティアトタン国の王族の象徴は、テオドールにとっては手を焼くものの象徴となっている。
かつて、シルバーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳は、テオドールの心を揺さぶっていた存在の象徴だ。
「テオドールというのね?フェルンバッハ家の魔術師というのは、あなたのこと?」
と問いかける目は、好奇心で光る。知りたくて知りたくて仕方がない、と言った風で、どこまでも尋ねてくるのだった。
乾いた土に水がしみ込んでいくように、彼女はあらゆることを吸収したがる。テオドール自身にとってその瞳の好奇心の光は、深海に挿し込んだ一筋の光だ。
あの瞳を見たときから、この女は自分にとって、特別な存在になると気づいてしまっていた。
その後、「こちらはビアンカとアル。あなたのことはテオと呼ぶわ」とやや強引に仲間に入れこまれて、城内に連れ込まれる。
恐らく本人は覚えていないだろうが、強引なのは、彼女の方だった。
彼女は同年代の友人を求めていたようで、軍部をしきる家系の筆頭であったテオドールはお眼鏡にかなったようだ。
かと思えば、国外にルーツを持つビアンカや宰相の息子であるアルフレートを友人として迎えるので、その選出基準は疑問ではあった。
後に分かったのは、アルフレート・ディトリッヒも、ビアンカ・オイラーも補助魔法を得意とする面々だということだ。補助魔法で、フィアの怪力をうまくコントロールできるため、王の采配により配置された友人のようだった。
「ねえねえ、お父様?城の外はどうなっているの?テラスから見えるあの山やあの庭園に見えるあの花は何?あの木はなに?あの光る石はなあに?今日来ていたあの方々は、どこから来てどんな出自の方?お友達になってくださると思う?何がお好きかしら?プレゼントをしたいけれど何がいいかしら?ねえねえお父様!」
じゃじゃ馬娘の好奇心攻撃に耐えかねて、王が募った友人候補なのだ。
当のフィア本人は同年代の友人が出来たことを至って喜んでいて、
「ねぇ、テオ。好きなものはなに?得意な魔法は?城の外ではどんな遊びが流行っているの?フェルンバッハ家にはどんな人がいるの?今度いつ遊びに来れる?遊びに行ってもいいかしら?ねえねえねえ!」
とどこまでも尋ねて来る。
まともに答え続けていれば、どこまでも聞いてきて、終わりがみえないので、
「うるさい、そろそろ黙れ」
とあしらうが、好奇心で満たされたその瞳に見つめられるたびに、瞳の中に宿る底抜けの希望に、心を大きく揺さぶられる。
ただひたすらに未来が明るいと信じ切っている瞳だ。そして、自分に対して、こんなに何の疑いもない視線を向けてくる存在は初めてで、驚くのだった。
確信が生まれる。
――――この女を護らねば、と。
ただ、その後、彼女が護れられるだけの器ではないと知る。気が強く、怪力とそして得体のしれない力を持つようだ。
そして、好戦的だった。
「魔術師テオ様、私と決闘してくれない?」
と度々頼まれるが、断り続ける。
「女は戦う必要はない」
と言えば、
「また、そのフレーズ!もう聞き飽きた!」と不機嫌になっていくのだ。
その日、謁見にやって来たのは、東方からやって来た言う娘だった。
褐色の肌と赤毛にエメラルドグリーンの瞳を持つ、その娘の名前はリウラ・フェルミエール。王妃候補として、国外から連れてこられたという。
リウラは国の従者を伴い、娘は謁見所へやって来た。
緋色に金のビーズをあしらった紗のドレスを身にまとい、紗のベールを被る。動けばベールの金色のビーズがシャラリと音を立てるのだった。
テオドールよりは、いくつか年下と見え幼さが残る顔つきだったが、どこか気の強さがうかがえる。謁見所にて、相まみえた後に、さっさと求められる役割を果たし、寝所を去ろうとも思う。
回廊を歩く間にも、娘は興味津々であちこちに視線を送り、
「この国の都は美しいのですね。色とりどりの建物があり、花も咲き誇っている」
と言って来る。テオドールは娘に少しだけ興味を持つ。
「名前は?」
と初めて名を聞く。
「リウラ・フェルミエール」
と告げ、恥ずかしそうに顔を逸らす。
「お前の国は?」
「私の国は戦争により一度甚大な被害にあいました。それによって、都は姿を変えてしまった。美しい都は、いいですね」
と言って笑う。
「家族はいないのか?」
「亡くなったり、行方不明になったり、あるいは生死不明であったり。散り散りとなっております。争いの種のなくならない家族です」
「そうか」
「あなたのご家族は?」
「母は病気で亡くなっている。父もまた逝去した」
テオドールがそう告げたとき、娘は息を飲んだ。
「お母様は、ご病気ですか?」
「ああ、元より身体は強くなかった」
「それは、残念です」
と心から残念そうに言うので、テオドールの方が驚いてしまう。
「お前には関係ないだろう」
「そうですね。けれど、もしご存命であれば、お話ができたかもしれません。何か、私に出来たことはないのでしょうか?」
違和感と、そして既視感があった。
けれど、それが今の言葉のどの部分になのかは、テオドールにも分からない。
「見ず知らずのお前に、出来ることなど何もない」
テオドールはかつての王妃と初夜を迎えた寝所に、娘を連れていく。
1
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる