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第四部
災難の象徴
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シルバーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ青年が、テオドールを苛立たせる。
「テオドールお前に杭を打ち込んで、王位を奪ってやるよ。それがイヤならば、宝剣をよこせ」
その青年、クロストは家財や建物の影に隠れながら、水晶の杭を投げてくる。
テオドールは杭をはじく。魔法を放って、その動きを止めようとするが、追いつかない。
「お前の嘘をバラしてもいいのか?ラヌス王を討ち取ったのは、お前じゃない、俺だ」
とクロストは言うのだ。せっかくノインを追い出したのに、今度は一番厄介なフィアの兄、クロストが戻って来た。
「こそこそと隠れているお前に何ができる」
何度となく繰り返すやり取りに苛立ち、クロストが逃げ込んだ辺りをすべて、凍られてしまう。光がある限り、どこにでも影はできる。クロストの隠れる場所は無限にあるのだった。
ティアトタン国の王族の象徴は、テオドールにとっては手を焼くものの象徴となっている。
かつて、シルバーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳は、テオドールの心を揺さぶっていた存在の象徴だ。
「テオドールというのね?フェルンバッハ家の魔術師というのは、あなたのこと?」
と問いかける目は、好奇心で光る。知りたくて知りたくて仕方がない、と言った風で、どこまでも尋ねてくるのだった。
乾いた土に水がしみ込んでいくように、彼女はあらゆることを吸収したがる。テオドール自身にとってその瞳の好奇心の光は、深海に挿し込んだ一筋の光だ。
あの瞳を見たときから、この女は自分にとって、特別な存在になると気づいてしまっていた。
その後、「こちらはビアンカとアル。あなたのことはテオと呼ぶわ」とやや強引に仲間に入れこまれて、城内に連れ込まれる。
恐らく本人は覚えていないだろうが、強引なのは、彼女の方だった。
彼女は同年代の友人を求めていたようで、軍部をしきる家系の筆頭であったテオドールはお眼鏡にかなったようだ。
かと思えば、国外にルーツを持つビアンカや宰相の息子であるアルフレートを友人として迎えるので、その選出基準は疑問ではあった。
後に分かったのは、アルフレート・ディトリッヒも、ビアンカ・オイラーも補助魔法を得意とする面々だということだ。補助魔法で、フィアの怪力をうまくコントロールできるため、王の采配により配置された友人のようだった。
「ねえねえ、お父様?城の外はどうなっているの?テラスから見えるあの山やあの庭園に見えるあの花は何?あの木はなに?あの光る石はなあに?今日来ていたあの方々は、どこから来てどんな出自の方?お友達になってくださると思う?何がお好きかしら?プレゼントをしたいけれど何がいいかしら?ねえねえお父様!」
じゃじゃ馬娘の好奇心攻撃に耐えかねて、王が募った友人候補なのだ。
当のフィア本人は同年代の友人が出来たことを至って喜んでいて、
「ねぇ、テオ。好きなものはなに?得意な魔法は?城の外ではどんな遊びが流行っているの?フェルンバッハ家にはどんな人がいるの?今度いつ遊びに来れる?遊びに行ってもいいかしら?ねえねえねえ!」
とどこまでも尋ねて来る。
まともに答え続けていれば、どこまでも聞いてきて、終わりがみえないので、
「うるさい、そろそろ黙れ」
とあしらうが、好奇心で満たされたその瞳に見つめられるたびに、瞳の中に宿る底抜けの希望に、心を大きく揺さぶられる。
ただひたすらに未来が明るいと信じ切っている瞳だ。そして、自分に対して、こんなに何の疑いもない視線を向けてくる存在は初めてで、驚くのだった。
確信が生まれる。
――――この女を護らねば、と。
ただ、その後、彼女が護れられるだけの器ではないと知る。気が強く、怪力とそして得体のしれない力を持つようだ。
そして、好戦的だった。
「魔術師テオ様、私と決闘してくれない?」
と度々頼まれるが、断り続ける。
「女は戦う必要はない」
と言えば、
「また、そのフレーズ!もう聞き飽きた!」と不機嫌になっていくのだ。
その日、謁見にやって来たのは、東方からやって来た言う娘だった。
褐色の肌と赤毛にエメラルドグリーンの瞳を持つ、その娘の名前はリウラ・フェルミエール。王妃候補として、国外から連れてこられたという。
リウラは国の従者を伴い、娘は謁見所へやって来た。
緋色に金のビーズをあしらった紗のドレスを身にまとい、紗のベールを被る。動けばベールの金色のビーズがシャラリと音を立てるのだった。
テオドールよりは、いくつか年下と見え幼さが残る顔つきだったが、どこか気の強さがうかがえる。謁見所にて、相まみえた後に、さっさと求められる役割を果たし、寝所を去ろうとも思う。
回廊を歩く間にも、娘は興味津々であちこちに視線を送り、
「この国の都は美しいのですね。色とりどりの建物があり、花も咲き誇っている」
と言って来る。テオドールは娘に少しだけ興味を持つ。
「名前は?」
と初めて名を聞く。
「リウラ・フェルミエール」
と告げ、恥ずかしそうに顔を逸らす。
「お前の国は?」
「私の国は戦争により一度甚大な被害にあいました。それによって、都は姿を変えてしまった。美しい都は、いいですね」
と言って笑う。
「家族はいないのか?」
「亡くなったり、行方不明になったり、あるいは生死不明であったり。散り散りとなっております。争いの種のなくならない家族です」
「そうか」
「あなたのご家族は?」
「母は病気で亡くなっている。父もまた逝去した」
テオドールがそう告げたとき、娘は息を飲んだ。
「お母様は、ご病気ですか?」
「ああ、元より身体は強くなかった」
「それは、残念です」
と心から残念そうに言うので、テオドールの方が驚いてしまう。
「お前には関係ないだろう」
「そうですね。けれど、もしご存命であれば、お話ができたかもしれません。何か、私に出来たことはないのでしょうか?」
違和感と、そして既視感があった。
けれど、それが今の言葉のどの部分になのかは、テオドールにも分からない。
「見ず知らずのお前に、出来ることなど何もない」
テオドールはかつての王妃と初夜を迎えた寝所に、娘を連れていく。
「テオドールお前に杭を打ち込んで、王位を奪ってやるよ。それがイヤならば、宝剣をよこせ」
その青年、クロストは家財や建物の影に隠れながら、水晶の杭を投げてくる。
テオドールは杭をはじく。魔法を放って、その動きを止めようとするが、追いつかない。
「お前の嘘をバラしてもいいのか?ラヌス王を討ち取ったのは、お前じゃない、俺だ」
とクロストは言うのだ。せっかくノインを追い出したのに、今度は一番厄介なフィアの兄、クロストが戻って来た。
「こそこそと隠れているお前に何ができる」
何度となく繰り返すやり取りに苛立ち、クロストが逃げ込んだ辺りをすべて、凍られてしまう。光がある限り、どこにでも影はできる。クロストの隠れる場所は無限にあるのだった。
ティアトタン国の王族の象徴は、テオドールにとっては手を焼くものの象徴となっている。
かつて、シルバーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳は、テオドールの心を揺さぶっていた存在の象徴だ。
「テオドールというのね?フェルンバッハ家の魔術師というのは、あなたのこと?」
と問いかける目は、好奇心で光る。知りたくて知りたくて仕方がない、と言った風で、どこまでも尋ねてくるのだった。
乾いた土に水がしみ込んでいくように、彼女はあらゆることを吸収したがる。テオドール自身にとってその瞳の好奇心の光は、深海に挿し込んだ一筋の光だ。
あの瞳を見たときから、この女は自分にとって、特別な存在になると気づいてしまっていた。
その後、「こちらはビアンカとアル。あなたのことはテオと呼ぶわ」とやや強引に仲間に入れこまれて、城内に連れ込まれる。
恐らく本人は覚えていないだろうが、強引なのは、彼女の方だった。
彼女は同年代の友人を求めていたようで、軍部をしきる家系の筆頭であったテオドールはお眼鏡にかなったようだ。
かと思えば、国外にルーツを持つビアンカや宰相の息子であるアルフレートを友人として迎えるので、その選出基準は疑問ではあった。
後に分かったのは、アルフレート・ディトリッヒも、ビアンカ・オイラーも補助魔法を得意とする面々だということだ。補助魔法で、フィアの怪力をうまくコントロールできるため、王の采配により配置された友人のようだった。
「ねえねえ、お父様?城の外はどうなっているの?テラスから見えるあの山やあの庭園に見えるあの花は何?あの木はなに?あの光る石はなあに?今日来ていたあの方々は、どこから来てどんな出自の方?お友達になってくださると思う?何がお好きかしら?プレゼントをしたいけれど何がいいかしら?ねえねえお父様!」
じゃじゃ馬娘の好奇心攻撃に耐えかねて、王が募った友人候補なのだ。
当のフィア本人は同年代の友人が出来たことを至って喜んでいて、
「ねぇ、テオ。好きなものはなに?得意な魔法は?城の外ではどんな遊びが流行っているの?フェルンバッハ家にはどんな人がいるの?今度いつ遊びに来れる?遊びに行ってもいいかしら?ねえねえねえ!」
とどこまでも尋ねて来る。
まともに答え続けていれば、どこまでも聞いてきて、終わりがみえないので、
「うるさい、そろそろ黙れ」
とあしらうが、好奇心で満たされたその瞳に見つめられるたびに、瞳の中に宿る底抜けの希望に、心を大きく揺さぶられる。
ただひたすらに未来が明るいと信じ切っている瞳だ。そして、自分に対して、こんなに何の疑いもない視線を向けてくる存在は初めてで、驚くのだった。
確信が生まれる。
――――この女を護らねば、と。
ただ、その後、彼女が護れられるだけの器ではないと知る。気が強く、怪力とそして得体のしれない力を持つようだ。
そして、好戦的だった。
「魔術師テオ様、私と決闘してくれない?」
と度々頼まれるが、断り続ける。
「女は戦う必要はない」
と言えば、
「また、そのフレーズ!もう聞き飽きた!」と不機嫌になっていくのだ。
その日、謁見にやって来たのは、東方からやって来た言う娘だった。
褐色の肌と赤毛にエメラルドグリーンの瞳を持つ、その娘の名前はリウラ・フェルミエール。王妃候補として、国外から連れてこられたという。
リウラは国の従者を伴い、娘は謁見所へやって来た。
緋色に金のビーズをあしらった紗のドレスを身にまとい、紗のベールを被る。動けばベールの金色のビーズがシャラリと音を立てるのだった。
テオドールよりは、いくつか年下と見え幼さが残る顔つきだったが、どこか気の強さがうかがえる。謁見所にて、相まみえた後に、さっさと求められる役割を果たし、寝所を去ろうとも思う。
回廊を歩く間にも、娘は興味津々であちこちに視線を送り、
「この国の都は美しいのですね。色とりどりの建物があり、花も咲き誇っている」
と言って来る。テオドールは娘に少しだけ興味を持つ。
「名前は?」
と初めて名を聞く。
「リウラ・フェルミエール」
と告げ、恥ずかしそうに顔を逸らす。
「お前の国は?」
「私の国は戦争により一度甚大な被害にあいました。それによって、都は姿を変えてしまった。美しい都は、いいですね」
と言って笑う。
「家族はいないのか?」
「亡くなったり、行方不明になったり、あるいは生死不明であったり。散り散りとなっております。争いの種のなくならない家族です」
「そうか」
「あなたのご家族は?」
「母は病気で亡くなっている。父もまた逝去した」
テオドールがそう告げたとき、娘は息を飲んだ。
「お母様は、ご病気ですか?」
「ああ、元より身体は強くなかった」
「それは、残念です」
と心から残念そうに言うので、テオドールの方が驚いてしまう。
「お前には関係ないだろう」
「そうですね。けれど、もしご存命であれば、お話ができたかもしれません。何か、私に出来たことはないのでしょうか?」
違和感と、そして既視感があった。
けれど、それが今の言葉のどの部分になのかは、テオドールにも分からない。
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