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第三部
退場願いのシュレーベン
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占術の嗜みはないけれど、17歳のゼクス・シュレーベンは、人を見れば、その者がどんな道筋を望んでいるのかが見えるようになっていた。
王都での身の振り方はパターン化しているため、容易に道筋を占えるのだ。
総督を務める父、ゲオルグ・シュレーベンの元へは様々な出自の者がやって来て、相談をしに来る。執務室や視察への帯同により、ゆくゆくは引き継ぐ仕事を見ておけと言われていた。父の退屈な仕事ぶりよりも、人々の様子が気になっていて、常にその身の振り方を見ていたのだ。
軍部の職を求めに来る官位のない者、騎士団を出て鳴り物入りで官吏となる者、爵位ある者と婚姻関係を結び地位を得たい者。王都を出て辺境へと羽ばたきたい者。父の元へ相談があれば、父は宰相へと話を持っていき、最終的には判断を下す。
バルドゥル・アドラースヘルム宰相の采配はおおむね、保守的で、分相応の采配を行う。王への進言も現状維持を重視していた。
相談して来た者の希望は、ふるいにかけられたのちに、叶えられる。軍や国のために働くのならば、好意的に受けとめられるが、多くの場合身分を越えて職を得ることはできない。
アカデミーでは入学してすぐにゼクスの元にも、様々な相談話や持ちかけ話がやって来る。
「シュレーベン、すまないが。進路に関して、お父様にお話を通してくれないか?」
と上級生が話しかけてきたときに、ゼクスはすっかり落胆した。自分よりも学識もあり、剣もたつと評判の上級生が、なぜか自分に媚びてくる。
「進路ならば、ご自分で切り開いてはいかがですか?」
と言えば、
「シュレーベン、オレはお前のような身分ではないんだ。いくら精進しても、そこより先には行けない、ガラスの天井が見えている」
と言われてしまい、思いがけず納得させられてしまった。非常に退屈なことだが、王都で生きる上では、もっともな言い分だったからだ。
何度か似たような経験をして、ゼクスは開き直るに至った。
そして、
「進路でも昇進であっても、何でもお話はお聞きする。可能な限りは話を通そう。俺に関しては利用できるものは、お好きに使っていただいて結構だ」
と公言することとなる。
やって来た相談は受けるし、可能な限り進言していった。
そうこうしているうちに、生徒からの支持を得てアカデミーでは生徒代表となってしまう。
同時に一部からは、ゼクスの身分や家の名に関するやっかみや嫉妬は生まれていた。
まずは、
「では貴殿にはシュレーベン家の養子になっていただろう。俺をそちらの家の養子にしてもらえないか?」
と言って、相手の出鼻をくじく。
更に、斜に構えてくる者には、
「剣のお相手をいただこう」
と言って距離をつめていくのだ。元々の嫉妬心を忘れさせるほど、何度も剣を交わさせられ、相手は降参していく。
降参しない相手や、なおも穏やかではない感情を向けてくる相手に対しては、
「どこかに貴殿のような腕の立つ者はいないだろうか?どんな出自の者でもいい、どんな立場の者でも構わないので、ご紹介いただきたい」
と話を向けておく。
徒手空拳の者、弓使いの者、槍遣いの者、杖遣いの者などなど。片っ端から相手をしてもらい、戦術を身体に叩きこんだ。
退屈な役割を背負わされることが多いが、手合わせだけは面白い、とゼクスは思う。身分も出自も関係ない。その者自身があらわれるからだ。
そして、悪意も嫉妬も、関心には違いない、時間を使っていただきありがたい、と割り切れる図太さがゼクスにはあるのだった。
一方で、困るのは別の「手合わせ」のお誘いだった。
「シュレーベン様?ぜひ我が家のパーティにいらしていただけないかしら?」と言われたらば、もうその先に見えているものは決まっている。
アカデミーに在籍しているご令嬢方の目的は見え透いていた。婚姻先を紹介するか、代理の者を行かせるか、と画策するが、逃げにくいものも多い。
アカデミーや社交の場ではいいが、いざ一対一となってしまうと、化けの皮が剥がれてしまう。
柔肌に沈み込むのも結構だが、もし、ひとたび踏み外せば、相手側の情が何倍にも膨れ上がるのを知っていた。こちらの「手合わせ」は、その人の人となりを知るのには、リスクも多くこちらの分が悪い、とゼクスは思う。
「退場させていただきたい」
「去らせていただいても?」
にべもなく断るのが一番無難であると、判断する。
「利用できるものは、利用していただいて結構」とは言ったが、こればかりは、退場せざるをえないのだった。
アカデミーにおいて望みが見え透いていない者は、そう多くない。望んでいる道筋が既定路線ではないのは、唯一ルインだった。
彼は姓を名乗らない。
モントリヒト公国出身だと言っているが、正確なことは話さないのだった。
「家の名前は、僕のやりたいことには意味がないんだ」と言う。
彼は王立研究所の研究職員を目指しており、学識が豊かだ。魔法に関して興味関心を傾けている様は、アカデミーではからかいの餌食になっていた。
周囲のからかいも物ともせず、探求していく姿にゼクスは目を見張る。そして勝手に好ましく思い、積極的に声をかけ続けていくのだった。
ルインはアカデミーで魔法のリキッドの開発に関する研究を、学内で度々発表する。魔法の存在は、王都を始め近隣諸国では半信半疑な者も多いので、ルインの発表する研究内容を笑う者も多い。
「魔法?そんなもの、あるわけがない」
「神話時代のくだらない夢物語だ」と言って。
ゼクスは例によって例のごとく、
「では、魔法があるわけがないことを証明していただきたい。そして、証明内容は俺にも詳しく教えて欲しい」
と詰めていくので、口を挟むものはいなくなってくる。ゼクスは敵に回すには、面倒な相手なのだった。
「ルイン、余計なお世話かもしれないが、研究所への推薦は必要か?」と言えば、
「ありがとう!ゼクス、最高だよ!」と素直に喜ぶのだ。
いくつもの話を父に持っていた中でも、ルインからの感謝の言葉が、最も嬉しい言葉だった。
その後、既定路線により、ゼクスは騎士団に入団することになる。
退屈でたまらないが、ちょうど、西方地域に位置するモントリヒト公国のスクールを首席で卒業した者がいる、と風の噂で聞いた。
――――リウゼンシュタイン。
どんな者なのだろう?
興味を引かれ、「退屈」と占えた自分の未来にも、少しだけ別の気配を感じた。
王都での身の振り方はパターン化しているため、容易に道筋を占えるのだ。
総督を務める父、ゲオルグ・シュレーベンの元へは様々な出自の者がやって来て、相談をしに来る。執務室や視察への帯同により、ゆくゆくは引き継ぐ仕事を見ておけと言われていた。父の退屈な仕事ぶりよりも、人々の様子が気になっていて、常にその身の振り方を見ていたのだ。
軍部の職を求めに来る官位のない者、騎士団を出て鳴り物入りで官吏となる者、爵位ある者と婚姻関係を結び地位を得たい者。王都を出て辺境へと羽ばたきたい者。父の元へ相談があれば、父は宰相へと話を持っていき、最終的には判断を下す。
バルドゥル・アドラースヘルム宰相の采配はおおむね、保守的で、分相応の采配を行う。王への進言も現状維持を重視していた。
相談して来た者の希望は、ふるいにかけられたのちに、叶えられる。軍や国のために働くのならば、好意的に受けとめられるが、多くの場合身分を越えて職を得ることはできない。
アカデミーでは入学してすぐにゼクスの元にも、様々な相談話や持ちかけ話がやって来る。
「シュレーベン、すまないが。進路に関して、お父様にお話を通してくれないか?」
と上級生が話しかけてきたときに、ゼクスはすっかり落胆した。自分よりも学識もあり、剣もたつと評判の上級生が、なぜか自分に媚びてくる。
「進路ならば、ご自分で切り開いてはいかがですか?」
と言えば、
「シュレーベン、オレはお前のような身分ではないんだ。いくら精進しても、そこより先には行けない、ガラスの天井が見えている」
と言われてしまい、思いがけず納得させられてしまった。非常に退屈なことだが、王都で生きる上では、もっともな言い分だったからだ。
何度か似たような経験をして、ゼクスは開き直るに至った。
そして、
「進路でも昇進であっても、何でもお話はお聞きする。可能な限りは話を通そう。俺に関しては利用できるものは、お好きに使っていただいて結構だ」
と公言することとなる。
やって来た相談は受けるし、可能な限り進言していった。
そうこうしているうちに、生徒からの支持を得てアカデミーでは生徒代表となってしまう。
同時に一部からは、ゼクスの身分や家の名に関するやっかみや嫉妬は生まれていた。
まずは、
「では貴殿にはシュレーベン家の養子になっていただろう。俺をそちらの家の養子にしてもらえないか?」
と言って、相手の出鼻をくじく。
更に、斜に構えてくる者には、
「剣のお相手をいただこう」
と言って距離をつめていくのだ。元々の嫉妬心を忘れさせるほど、何度も剣を交わさせられ、相手は降参していく。
降参しない相手や、なおも穏やかではない感情を向けてくる相手に対しては、
「どこかに貴殿のような腕の立つ者はいないだろうか?どんな出自の者でもいい、どんな立場の者でも構わないので、ご紹介いただきたい」
と話を向けておく。
徒手空拳の者、弓使いの者、槍遣いの者、杖遣いの者などなど。片っ端から相手をしてもらい、戦術を身体に叩きこんだ。
退屈な役割を背負わされることが多いが、手合わせだけは面白い、とゼクスは思う。身分も出自も関係ない。その者自身があらわれるからだ。
そして、悪意も嫉妬も、関心には違いない、時間を使っていただきありがたい、と割り切れる図太さがゼクスにはあるのだった。
一方で、困るのは別の「手合わせ」のお誘いだった。
「シュレーベン様?ぜひ我が家のパーティにいらしていただけないかしら?」と言われたらば、もうその先に見えているものは決まっている。
アカデミーに在籍しているご令嬢方の目的は見え透いていた。婚姻先を紹介するか、代理の者を行かせるか、と画策するが、逃げにくいものも多い。
アカデミーや社交の場ではいいが、いざ一対一となってしまうと、化けの皮が剥がれてしまう。
柔肌に沈み込むのも結構だが、もし、ひとたび踏み外せば、相手側の情が何倍にも膨れ上がるのを知っていた。こちらの「手合わせ」は、その人の人となりを知るのには、リスクも多くこちらの分が悪い、とゼクスは思う。
「退場させていただきたい」
「去らせていただいても?」
にべもなく断るのが一番無難であると、判断する。
「利用できるものは、利用していただいて結構」とは言ったが、こればかりは、退場せざるをえないのだった。
アカデミーにおいて望みが見え透いていない者は、そう多くない。望んでいる道筋が既定路線ではないのは、唯一ルインだった。
彼は姓を名乗らない。
モントリヒト公国出身だと言っているが、正確なことは話さないのだった。
「家の名前は、僕のやりたいことには意味がないんだ」と言う。
彼は王立研究所の研究職員を目指しており、学識が豊かだ。魔法に関して興味関心を傾けている様は、アカデミーではからかいの餌食になっていた。
周囲のからかいも物ともせず、探求していく姿にゼクスは目を見張る。そして勝手に好ましく思い、積極的に声をかけ続けていくのだった。
ルインはアカデミーで魔法のリキッドの開発に関する研究を、学内で度々発表する。魔法の存在は、王都を始め近隣諸国では半信半疑な者も多いので、ルインの発表する研究内容を笑う者も多い。
「魔法?そんなもの、あるわけがない」
「神話時代のくだらない夢物語だ」と言って。
ゼクスは例によって例のごとく、
「では、魔法があるわけがないことを証明していただきたい。そして、証明内容は俺にも詳しく教えて欲しい」
と詰めていくので、口を挟むものはいなくなってくる。ゼクスは敵に回すには、面倒な相手なのだった。
「ルイン、余計なお世話かもしれないが、研究所への推薦は必要か?」と言えば、
「ありがとう!ゼクス、最高だよ!」と素直に喜ぶのだ。
いくつもの話を父に持っていた中でも、ルインからの感謝の言葉が、最も嬉しい言葉だった。
その後、既定路線により、ゼクスは騎士団に入団することになる。
退屈でたまらないが、ちょうど、西方地域に位置するモントリヒト公国のスクールを首席で卒業した者がいる、と風の噂で聞いた。
――――リウゼンシュタイン。
どんな者なのだろう?
興味を引かれ、「退屈」と占えた自分の未来にも、少しだけ別の気配を感じた。
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