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第三部
青銅の門へ
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城内を上からも下からも探しても、門はおろか姉達の姿は見当たらない。
フィアはすっかり困り果ててしまうが、階段を降りていく最中にゼクスとノインが奇妙なことを言う。
「懐かしい気配がある」
とゼクスは言い、
「お母様の剣と同じ香りがする」
とノインは言うのだった。
「剣?」
「お母様が、訓練に使うように言っていた剣。あの香りがするんだ」
「部屋に飾れていた、あの剣?黄金に光る、不思議な」
「うん」
地下国の記憶では、あの剣は、天邪鬼な子どもが置いていったものだ。
「あの剣がここに?」
「お父様はお母様の部屋ごと、地下国に僕を落としたから。ひょっとしたら近くにあるのかも」
あの黄金の剣は、フィアの母・ライアが託したものだ。三つの武器が集まれば、地下国が解放される、とエアハルトは言っていた。ここで確保しておいた方がいい、とも思う。
「まずは、剣を探してみる?」
とフィアが言いかけたとき、下から突き上げるような衝撃がやって来た。足場が揺らいだかと思えば、床が割れて崩れていく。
「フィアといると、よく足場が崩れるな」
とゼクスは言う。
たしかに、ノインの登場時にも足場を失った経験がある。割れた足元を見れば底の見えない暗闇が広がっていた。このままならば、落ちるのは確実だ。
「それじゃあ。今から、私のせいで、また落ちるの?」
「さあ?」
「ええ~!落ちるの?痛いのはヤダよ~!」とアインは言う。
ノインは、
「お母様だけなら、抱えて飛べる」と言うのだった。
「それでは、ダメでしょ」
今度は下から岩がせり上がって来て、足場となる。そして、まるで昇降機のように地下へと下がっていくのだ。誘い出されているように感じた。
「ラッキー!」
「いや、絶対に罠じゃん」
「罠でも良いんだよ、痛い方がヤダ」
「罠のがヤダよ」
言い合いをしている二人を横目に、フィア自身も懐かしい気配を感じていた。
いつが最後だったのか、フィアの記憶にはない。ただ、父から、母は亡くなったと聞いていたのを信じていた。
そして、その記憶は曖昧だ。顔すらもハッキリを思い出せない。けれど、その気配だけは、皮膚に、心に、あるいは魂に刻まれているかのように、正確に感じられるのだ。
温かく愛おしいブランケットに包まれるかのような感覚がある。そして、焼けたパンのような良い香りもするのだ。
母の気配が強くなってくる。カフスに残る気配に似ていた。
「お母様?」
とフィアは呟く。岩の足場はどんどん下がっていき、足元から岩壁が見えて来た。岩壁には地下国の者が好んで使う模様が壁に刻まれている。
「この紋章にも、力をぶつければいいのかな?僕がやる?」
とアインは言うのだ。岩城の門に怪力をぶつけて扉を開けたのも、アインだった。
「試してみて」
とフィアが言えば、オッケーと軽く言って、アインは壁に拳をぶつけていく。ドン、と強い衝撃があり、アイン自身も後方に吹き飛んだ。しかし衝撃を受けても、扉は開かない。
「あれぇ?ダメ?」
アインは何度も何度も拳をぶつけていくけれど、扉はびくともしないのだ。
「まったくダメだな」
とゼクスは言い捨てる。
「ええ~!お父様、そんなことないよ。まだできる」
「フィアが出し惜しみせずに、本気でやってみればいい」
とゼクスは言うのだ。
「出し惜しみ?」
失礼、と言い、ゼクスはフィアの髪に触れて来た。
「今は抑制剤が切れて、髪にも魔法が満たされている。髪がキラキラと輝いていて綺麗だ。この状態ならば、本当の力が出せるのでは?」
「暴走するかもしれない」
「暴走したときには、三人がかりで止めるよ」
そう言われて、フィアは両手に魔力をこめる。フィアの魔法は大地を切り裂く破壊魔法だ。
「三人とも少し下がっていて」
三人が離れたのを確認して、フィアは床に力を放った。轟音がして、波のように岩床がせり上がっていく。地面が大きく揺れて、岩壁に亀裂が入った。岩壁が倒れてきたのでフィアは拳をぶつけて砕く。
「わあ、危ない!」
と言って飛んできた破片を、アインが吹き飛ばしていった。
岩壁の向こう側には、空洞がある。空洞の中には、見上げる程の青銅の門があった。
そして、門の前にはフィアの三人の姉の姿がある。
「お姉様達、ここにいらっしゃったのですね」
そう声をかけてみるけれど、三人の姉達からは母の気配がするのだ。
イテア、レミア、ミステアの三人の姉は、フィア達を一瞥し、そして、口を開く。
「フィア、あなたはなぜ国に帰ろうとしているの?」
とイテアは言う。
「前戦争がなくなったと聞いて、国の状況が気になっています。私の友人達もあの国にいます」
「あの国はあなたを閉じ込める箱よ。あなたはあの国で本当の姿でいたことはある?あなたの白銀の姿は美しいのに、あの国では誰もあなたの姿を見たことがないはずよ。友人という彼らですら」
とレミアが言えば、
「自由に好きな国で暮らせばいい。例えば、そこの彼ならば、それを許してくれると思うけど」
とミステアはゼクスを手をしめしてみせて、そう言うのだ。
この声音は、姉達のものではない、とフィアは思う。
「せっかく武器を託して功を立てる機会を与えても、天邪鬼な動きをする、トリックスター。怪物姫にはお似合いのお相手かもしれない」
とイテアは言った。
姉が前戦争の話を知っているわけがない。これは、母だ、とフィアは確信した。
「前戦争は子ども達の戯れですね?」
「ええ。あのとき、愚かにも力を振るった者達は、今地下国にいるわ。命令されて聞いているような者たちは、あなたの騎士にふさわしくない」とレミアは言った。
「何が目的だったのですか?」
「フィア、あなたを平らかな世の中を作る、女王として育てるつもりだったわ。あらゆるものに、愛を注げる女王を。そして、女王のための騎士を探していたの」
ミステアが言う。徐々に姉達の表情がうつろになっていった。
「お姉様達?お顔が……。大丈夫ですか?」
「気力が足りない者に乗り移るのは、中々難儀ね。こうして、すぐに疲れ果ててしまう」
「やはり。あなたは、お母様ですね?」
「お母様~?フィアのお母様は、エアハルトと仲良しだなんだっけ?」
「誰だよ、エアハルトって」
二人の子ども達の言葉に、三人の姉は一斉に子ども達を見る。
「ええ、仲良しよ。そしてあなた達とも仲良くできる」
と三人の姉が同時に言った。
「わーい」
とアインは喜びの声を上げる。
「フィア。まずは、ティアトタン国を制圧して、女王になってみせなさい。そうでなければ、何も始められない」
「女王に……?」
「ええ、テオドール、そしてクロストからティアトタン国を奪還するのよ。そうでなければ、国に戻る意味はない」
と告げて、パタパタと三人の姉は倒れていった。母の気配はすっかりと消えている。
女王になるだなんて、フィアは考えたこともなかった。
けれど、前に誰かからも、同じようなことを言われたような気もする。
記憶の中にはないけれど。
フィアが母の気配の余韻を確かめていると、視界の隅に何か光るものを見つけた。
「ああ」
とゼクスがため息のような声をあげたので、見れば、青銅の門の脇に、黄金の剣が立てかけられていた。
「この剣だよ、強い魔法の気配がある」
とノインは言う。
「この剣に光を宿した者が王位を手に入れると、あの時の神官は言ってた」
とフィアは一応言っておくことにした。
ゼクスはチラッとフィアを見てから、
「ならば、未来の女王陛下が持ってはいかがだろうか?」
と白々しく言うのだ。
言うと思った、とフィアは思う。どうも彼は、見え透いた期待が嫌いなのだ。
「私はこの剣に触れたこともないもの。光りを宿した本人ではないと」
「記憶にない」
「何を言っているの、地下国で見たでしょ?あれは、恐らく本当の記憶よ」
「今となっては、証明しようがないだろ。欲しい者が持てばいい。あるいは、剣に選ばせればいい」
「お父様がいらないなら、僕が欲しいな~!」
とアインが剣を取れば、
「僕が訓練で使っていたんだ、僕だって欲しい」
ノインがアインの手から強引に奪い取ろうと動く。ノインは火を放ち、アインは怪力で応戦する。
「あちちち!ノインのメラメラは熱いんだよぅ!」
「この怪力アイン!痛いんだよ!」
とアインとノインが喧嘩を始めたので、いよいよフィアは状況を収めるのが面倒になって来た。
「争いの種となるのね。ならば、壊してしまいましょうか」
とフィアは言い、黄金の剣の柄を握り、力をこめる。パチパチッと光が爆ぜる音がして、剣は金粉となった。フィアは息を吹きかければ、金粉がフワフワと散る。
「ええ~!?」
とアインとノインが声を上げ、さすがのゼクスも目を見開く。まさか、神具を壊してしまうとは、思わなかったようだ。
けれど、金粉となった剣は、すぐさま再び剣の形を取り始め、なぜかゼクスの手元に柄がおさまっていた。
「剣は選んだようだけど?」
とフィアが冷ややかに言えば、ゼクスは長いため息をつくのだ。
「いらないな、とても。売り払ったら、訓練施設の修繕費の足しにはなるだろうか」
すっかりと落胆してしまっているゼクスは放っておくことにして、フィアは青銅の門を見上げた。
ここを通り抜ければ、母国へ着く。
テオドールがそこにいる。不要だと言われたことを思うと、フィアは少し心が痛む。
最初から友人ではないとも言われてしまっていた。
けれど、自分にとって不都合なものをすべて排除していくテオドールのやり方には、同調できない。
行かなければ。
握りしめた拳に、ゼクスに手を添えられた。
「未来の女王陛下、ご助力しよう」と言う。
「女王陛下?いえ、私にはもう継承権がない」
とフィアが言えば、ゼクスは首を横へと振った。
「奪われたならば、奪い返せばいい」
「ティアトタン国で城に閉じ込められていただけの私に、それが出来るのかどうか……」
母国では自分は城の中のことしか知らなかった、とフィアは思う。
「王都では騎士団にて、尽力いただいたとは思うが。フィアには十分な働きをしてもらったと思っている」
「初めて役割をもらって嬉しかっただけ。大したことはしていないわ」
「評価はそのまま受け取って欲しい。それに、気弱な箱入り王妃では、これっぽっちも」
と言うゼクスの瞳は悪戯な色に光るのだ。
「そそられない?」
とゼクスが言いそうなことを続けて見せる。
「ああ」
「そそってもらわなくて、結構だけど。でも、ありがとう」
添えられた手から感じられるのは、魔法ではなく、温もりだ。
ゼクスのことを信頼してきてしまっている。それが、正しいかどうかは分からないけれど。
「それに、出会えていない。フィアが国を飛び出すようなじゃじゃ馬でなければ」
その言葉の真意は、今のフィアには分からないけれど。
「そうね、出会えてよかった」とフィアは言う。
「やっぱり、フィアはお父様のいい人かなあ?」とアインが首を傾げた。
「僕のお母様なのに?じゃあお父様は?」
とノインもまた首をかしげるのだ。
この複雑怪奇な家族関係を、ゼクスのみが知る。ただ、面倒な上に、説明する気分ではないので、口は挟まない。
「行きましょう」
とフィアは言い、青銅の門へ歩を進めた。
フィアはすっかり困り果ててしまうが、階段を降りていく最中にゼクスとノインが奇妙なことを言う。
「懐かしい気配がある」
とゼクスは言い、
「お母様の剣と同じ香りがする」
とノインは言うのだった。
「剣?」
「お母様が、訓練に使うように言っていた剣。あの香りがするんだ」
「部屋に飾れていた、あの剣?黄金に光る、不思議な」
「うん」
地下国の記憶では、あの剣は、天邪鬼な子どもが置いていったものだ。
「あの剣がここに?」
「お父様はお母様の部屋ごと、地下国に僕を落としたから。ひょっとしたら近くにあるのかも」
あの黄金の剣は、フィアの母・ライアが託したものだ。三つの武器が集まれば、地下国が解放される、とエアハルトは言っていた。ここで確保しておいた方がいい、とも思う。
「まずは、剣を探してみる?」
とフィアが言いかけたとき、下から突き上げるような衝撃がやって来た。足場が揺らいだかと思えば、床が割れて崩れていく。
「フィアといると、よく足場が崩れるな」
とゼクスは言う。
たしかに、ノインの登場時にも足場を失った経験がある。割れた足元を見れば底の見えない暗闇が広がっていた。このままならば、落ちるのは確実だ。
「それじゃあ。今から、私のせいで、また落ちるの?」
「さあ?」
「ええ~!落ちるの?痛いのはヤダよ~!」とアインは言う。
ノインは、
「お母様だけなら、抱えて飛べる」と言うのだった。
「それでは、ダメでしょ」
今度は下から岩がせり上がって来て、足場となる。そして、まるで昇降機のように地下へと下がっていくのだ。誘い出されているように感じた。
「ラッキー!」
「いや、絶対に罠じゃん」
「罠でも良いんだよ、痛い方がヤダ」
「罠のがヤダよ」
言い合いをしている二人を横目に、フィア自身も懐かしい気配を感じていた。
いつが最後だったのか、フィアの記憶にはない。ただ、父から、母は亡くなったと聞いていたのを信じていた。
そして、その記憶は曖昧だ。顔すらもハッキリを思い出せない。けれど、その気配だけは、皮膚に、心に、あるいは魂に刻まれているかのように、正確に感じられるのだ。
温かく愛おしいブランケットに包まれるかのような感覚がある。そして、焼けたパンのような良い香りもするのだ。
母の気配が強くなってくる。カフスに残る気配に似ていた。
「お母様?」
とフィアは呟く。岩の足場はどんどん下がっていき、足元から岩壁が見えて来た。岩壁には地下国の者が好んで使う模様が壁に刻まれている。
「この紋章にも、力をぶつければいいのかな?僕がやる?」
とアインは言うのだ。岩城の門に怪力をぶつけて扉を開けたのも、アインだった。
「試してみて」
とフィアが言えば、オッケーと軽く言って、アインは壁に拳をぶつけていく。ドン、と強い衝撃があり、アイン自身も後方に吹き飛んだ。しかし衝撃を受けても、扉は開かない。
「あれぇ?ダメ?」
アインは何度も何度も拳をぶつけていくけれど、扉はびくともしないのだ。
「まったくダメだな」
とゼクスは言い捨てる。
「ええ~!お父様、そんなことないよ。まだできる」
「フィアが出し惜しみせずに、本気でやってみればいい」
とゼクスは言うのだ。
「出し惜しみ?」
失礼、と言い、ゼクスはフィアの髪に触れて来た。
「今は抑制剤が切れて、髪にも魔法が満たされている。髪がキラキラと輝いていて綺麗だ。この状態ならば、本当の力が出せるのでは?」
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「三人とも少し下がっていて」
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「わあ、危ない!」
と言って飛んできた破片を、アインが吹き飛ばしていった。
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そして、門の前にはフィアの三人の姉の姿がある。
「お姉様達、ここにいらっしゃったのですね」
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イテア、レミア、ミステアの三人の姉は、フィア達を一瞥し、そして、口を開く。
「フィア、あなたはなぜ国に帰ろうとしているの?」
とイテアは言う。
「前戦争がなくなったと聞いて、国の状況が気になっています。私の友人達もあの国にいます」
「あの国はあなたを閉じ込める箱よ。あなたはあの国で本当の姿でいたことはある?あなたの白銀の姿は美しいのに、あの国では誰もあなたの姿を見たことがないはずよ。友人という彼らですら」
とレミアが言えば、
「自由に好きな国で暮らせばいい。例えば、そこの彼ならば、それを許してくれると思うけど」
とミステアはゼクスを手をしめしてみせて、そう言うのだ。
この声音は、姉達のものではない、とフィアは思う。
「せっかく武器を託して功を立てる機会を与えても、天邪鬼な動きをする、トリックスター。怪物姫にはお似合いのお相手かもしれない」
とイテアは言った。
姉が前戦争の話を知っているわけがない。これは、母だ、とフィアは確信した。
「前戦争は子ども達の戯れですね?」
「ええ。あのとき、愚かにも力を振るった者達は、今地下国にいるわ。命令されて聞いているような者たちは、あなたの騎士にふさわしくない」とレミアは言った。
「何が目的だったのですか?」
「フィア、あなたを平らかな世の中を作る、女王として育てるつもりだったわ。あらゆるものに、愛を注げる女王を。そして、女王のための騎士を探していたの」
ミステアが言う。徐々に姉達の表情がうつろになっていった。
「お姉様達?お顔が……。大丈夫ですか?」
「気力が足りない者に乗り移るのは、中々難儀ね。こうして、すぐに疲れ果ててしまう」
「やはり。あなたは、お母様ですね?」
「お母様~?フィアのお母様は、エアハルトと仲良しだなんだっけ?」
「誰だよ、エアハルトって」
二人の子ども達の言葉に、三人の姉は一斉に子ども達を見る。
「ええ、仲良しよ。そしてあなた達とも仲良くできる」
と三人の姉が同時に言った。
「わーい」
とアインは喜びの声を上げる。
「フィア。まずは、ティアトタン国を制圧して、女王になってみせなさい。そうでなければ、何も始められない」
「女王に……?」
「ええ、テオドール、そしてクロストからティアトタン国を奪還するのよ。そうでなければ、国に戻る意味はない」
と告げて、パタパタと三人の姉は倒れていった。母の気配はすっかりと消えている。
女王になるだなんて、フィアは考えたこともなかった。
けれど、前に誰かからも、同じようなことを言われたような気もする。
記憶の中にはないけれど。
フィアが母の気配の余韻を確かめていると、視界の隅に何か光るものを見つけた。
「ああ」
とゼクスがため息のような声をあげたので、見れば、青銅の門の脇に、黄金の剣が立てかけられていた。
「この剣だよ、強い魔法の気配がある」
とノインは言う。
「この剣に光を宿した者が王位を手に入れると、あの時の神官は言ってた」
とフィアは一応言っておくことにした。
ゼクスはチラッとフィアを見てから、
「ならば、未来の女王陛下が持ってはいかがだろうか?」
と白々しく言うのだ。
言うと思った、とフィアは思う。どうも彼は、見え透いた期待が嫌いなのだ。
「私はこの剣に触れたこともないもの。光りを宿した本人ではないと」
「記憶にない」
「何を言っているの、地下国で見たでしょ?あれは、恐らく本当の記憶よ」
「今となっては、証明しようがないだろ。欲しい者が持てばいい。あるいは、剣に選ばせればいい」
「お父様がいらないなら、僕が欲しいな~!」
とアインが剣を取れば、
「僕が訓練で使っていたんだ、僕だって欲しい」
ノインがアインの手から強引に奪い取ろうと動く。ノインは火を放ち、アインは怪力で応戦する。
「あちちち!ノインのメラメラは熱いんだよぅ!」
「この怪力アイン!痛いんだよ!」
とアインとノインが喧嘩を始めたので、いよいよフィアは状況を収めるのが面倒になって来た。
「争いの種となるのね。ならば、壊してしまいましょうか」
とフィアは言い、黄金の剣の柄を握り、力をこめる。パチパチッと光が爆ぜる音がして、剣は金粉となった。フィアは息を吹きかければ、金粉がフワフワと散る。
「ええ~!?」
とアインとノインが声を上げ、さすがのゼクスも目を見開く。まさか、神具を壊してしまうとは、思わなかったようだ。
けれど、金粉となった剣は、すぐさま再び剣の形を取り始め、なぜかゼクスの手元に柄がおさまっていた。
「剣は選んだようだけど?」
とフィアが冷ややかに言えば、ゼクスは長いため息をつくのだ。
「いらないな、とても。売り払ったら、訓練施設の修繕費の足しにはなるだろうか」
すっかりと落胆してしまっているゼクスは放っておくことにして、フィアは青銅の門を見上げた。
ここを通り抜ければ、母国へ着く。
テオドールがそこにいる。不要だと言われたことを思うと、フィアは少し心が痛む。
最初から友人ではないとも言われてしまっていた。
けれど、自分にとって不都合なものをすべて排除していくテオドールのやり方には、同調できない。
行かなければ。
握りしめた拳に、ゼクスに手を添えられた。
「未来の女王陛下、ご助力しよう」と言う。
「女王陛下?いえ、私にはもう継承権がない」
とフィアが言えば、ゼクスは首を横へと振った。
「奪われたならば、奪い返せばいい」
「ティアトタン国で城に閉じ込められていただけの私に、それが出来るのかどうか……」
母国では自分は城の中のことしか知らなかった、とフィアは思う。
「王都では騎士団にて、尽力いただいたとは思うが。フィアには十分な働きをしてもらったと思っている」
「初めて役割をもらって嬉しかっただけ。大したことはしていないわ」
「評価はそのまま受け取って欲しい。それに、気弱な箱入り王妃では、これっぽっちも」
と言うゼクスの瞳は悪戯な色に光るのだ。
「そそられない?」
とゼクスが言いそうなことを続けて見せる。
「ああ」
「そそってもらわなくて、結構だけど。でも、ありがとう」
添えられた手から感じられるのは、魔法ではなく、温もりだ。
ゼクスのことを信頼してきてしまっている。それが、正しいかどうかは分からないけれど。
「それに、出会えていない。フィアが国を飛び出すようなじゃじゃ馬でなければ」
その言葉の真意は、今のフィアには分からないけれど。
「そうね、出会えてよかった」とフィアは言う。
「やっぱり、フィアはお父様のいい人かなあ?」とアインが首を傾げた。
「僕のお母様なのに?じゃあお父様は?」
とノインもまた首をかしげるのだ。
この複雑怪奇な家族関係を、ゼクスのみが知る。ただ、面倒な上に、説明する気分ではないので、口は挟まない。
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