37 / 51
第三部
ずっとこうしたかった
しおりを挟む
ノインの溶岩がどこまでも流れていき、ミステアの作った鉄の壁をも溶かしていった。
「暑い、暑いよ~!」
アインが声を上げる脇で、ゼクスは何者かに手を引っ張られる感覚がある。見れば隣にフィアがいた。
「フィア?」
と声をかけ、エメラルドグリーンの瞳と目が合ったその瞬間に、どこかの寝室にいる。騎士団の寮だと即座に分かった。
窓の外には夜の帳が降りていて、月の光が部屋を照らし出している。窓の外を眺めてると、
「何を見ているの?」
と言って、スリップドレス姿のフィアが近づいてくる。
胸から腰のラインが強調されるその姿を見て、なるほど、そういう趣向か、とゼクスは思った。
フィアの艶やかな肌や、輝く髪は美しい。
こちらを見すえる少しうるんだ瞳には、万人を引き込んでいくような力がある。かつて麗しの第二師団長様と呼ばれ、騎士団の話題をさらっていた理由も分かる。
ただ、これが幻か、願望夢であるならば、もう少し自分の意向を反映させてもらえないだろうか、と思うのだ。
「フィア。衣服をもっと纏っておいてくれないか?脱がせにくい、剛健なものであればあるだけいい。堅牢な鎖や鉄板、手甲をつけるのもいいな。ドレスであれば留め具やドレープの多いものがいい」
ゼクスの言葉に、目の前のフィアは顔に戸惑いの色を浮かべ始める。
「何を、言っているの。これから二人で甘く濃厚な時間を過ごすというのに、そんな衣服必要ないでしょ?」
そう言って、やや強引に身体を密着させてくるので、ゼクスは目を見開き、そして吹き出した。そんなフィアは、記憶のどこにもいない。
「どうしたの?」
「甘い時間か。ならば、今日から九日間休まずにお相手いただこう」
「こ、九日間?」
「まずは前菜が必要だ。コース料理と同じ、時間をかけてメインディッシュにたどり着きたい。時間がかかるんだよ」
「分かったわ、それでいい」
そう言って、フィアは抱き着くようにして身体を寄せてくる。体温が感じられて、少しばかり感情は揺れた。しかし、難攻不落のフィアがこんなに都合よく、聞き分けよく、手放しに身体を許すわけがない。
「好きよ。ずっと、こうしたかった」
とフィアは言う。
「ずっと?」
「ええ、ずっと。夢にまで見ていたわ」
「夢にまで、か」
フィアの髪をかき上げて、その口元に指を触れる。とろけるような顔をするフィアを見て、かつて泣いていた彼女を思い出していた。
なぜ泣くんだ?と聞けば、うれしいの、と言う。
手のひらで顔を覆い、その頬から光る涙が流れるのを見た。白金の髪に流れ落ち、そして寝台の布に落ちる。
あれは、夢かもしれないし、都合のいい記憶だったかもしれない、とゼクスは思う。
ただ、正体を隠して、本音を隠している彼女の、本当の言葉のように聞こえた。
今では、確かめようもないが。
「では。存分に、味わわせていただくよ」
「ええ」
目の前のフィアが背中に手を回してくるのが分かり、ゼクスは、急に興が削がれていった。
――――メインディッシュには、まだ早いな。
「ではその前に、剣を抜け、フィア」
ゼクスは腰の剣を抜き、フィアの前に構えて見せる。その場しのぎの快楽が欲しいわけじゃない。
フィアの化けの皮を全部剥ぎ取った後、そのすべてが欲しいだけだ。
「前菜には、まず剣戟が必要だ」
そして、軽く剣を薙ぐ。
フィアの髪がはらりと落ちた。フィアは目を見開き、口元をわなわなと震わせる。そして、
「何をするの、無礼者!」
と声を上げたのは、フィアではなかった。同じようなシルバーブロンドの髪を持つ、貴婦人だ。
「失礼いたしました。麗しのご婦人、ご退場願います」
ゼクスは手に魔法を込めて、剣の上に電撃を這わせた。女性に向かって稲妻が駆ける。小さな悲鳴を上げて、女性は倒れた。
ずっと、こうしたかった?
記憶のないフィアを知っている身からすれば、悪趣味な趣向だ、とゼクスは思う。
女性が倒れた瞬間、ゼクスは元の場所にたたずんでいた。
隣では、暑い暑いとアインが騒がしい。けれど、実際にかなりの暑さだ。ノインの放った魔法により、岩までも溶かされた結果、城内は劫火に焼かれている状態になっていた。
上階からフィアとノインが降りてきて、
「青銅の門が見当たらない」
と言うのだ。
髪に灰や煤を被り、溶岩の欠片を手にするフィアの姿を見て、ゼクスはホッと一息をついた。自分の感覚が間違っていなかったと感じたのだ。
「なに?」
熱心な視線に、フィアは首をかしげる。ゼクスはフィアの髪の煤を払った。
ゼクスはフィアを寝屋に閉じ込めたいわけではない。フィアの媚態だけではなく、気取らぬ全ての表情を見たい、と思う
「煤がついていた」
「ありがとう」
と言い、ぼんやりと、訳も分からずにこちらを見つめる顔も、また、その一つだ。
「お姉様の幻覚にはあっていない?」
とフィアが聞いてくるので、あの魔法がフィアの姉のものであったと知る。
「あれは幻覚だったのか。随分と、いい趣向だったな」
とゼクスが言えば、フィアは探る目で見てくるのだった。
「いい趣向……。殿方は、ネモお姉様の幻覚に弱いと聞いているわ。その、感情を煽るような幻覚が得意だと」
とフィアは言う。
「たしかに、登場人物はよかった」
とゼクスが言えば、フィアは少しだけ口元を歪めた。自分が誰とのどんな幻覚を見ているのかを、嫉妬する程度には関心があるのか、とゼクスは思う。
「だが、本物の方がいい」
「え?」
「早く、門を探そう」
「ええ」
ゼクスが言えば、フィアは戸惑いの表情のまま、答える。
「暑い、暑いよ~!」
アインが声を上げる脇で、ゼクスは何者かに手を引っ張られる感覚がある。見れば隣にフィアがいた。
「フィア?」
と声をかけ、エメラルドグリーンの瞳と目が合ったその瞬間に、どこかの寝室にいる。騎士団の寮だと即座に分かった。
窓の外には夜の帳が降りていて、月の光が部屋を照らし出している。窓の外を眺めてると、
「何を見ているの?」
と言って、スリップドレス姿のフィアが近づいてくる。
胸から腰のラインが強調されるその姿を見て、なるほど、そういう趣向か、とゼクスは思った。
フィアの艶やかな肌や、輝く髪は美しい。
こちらを見すえる少しうるんだ瞳には、万人を引き込んでいくような力がある。かつて麗しの第二師団長様と呼ばれ、騎士団の話題をさらっていた理由も分かる。
ただ、これが幻か、願望夢であるならば、もう少し自分の意向を反映させてもらえないだろうか、と思うのだ。
「フィア。衣服をもっと纏っておいてくれないか?脱がせにくい、剛健なものであればあるだけいい。堅牢な鎖や鉄板、手甲をつけるのもいいな。ドレスであれば留め具やドレープの多いものがいい」
ゼクスの言葉に、目の前のフィアは顔に戸惑いの色を浮かべ始める。
「何を、言っているの。これから二人で甘く濃厚な時間を過ごすというのに、そんな衣服必要ないでしょ?」
そう言って、やや強引に身体を密着させてくるので、ゼクスは目を見開き、そして吹き出した。そんなフィアは、記憶のどこにもいない。
「どうしたの?」
「甘い時間か。ならば、今日から九日間休まずにお相手いただこう」
「こ、九日間?」
「まずは前菜が必要だ。コース料理と同じ、時間をかけてメインディッシュにたどり着きたい。時間がかかるんだよ」
「分かったわ、それでいい」
そう言って、フィアは抱き着くようにして身体を寄せてくる。体温が感じられて、少しばかり感情は揺れた。しかし、難攻不落のフィアがこんなに都合よく、聞き分けよく、手放しに身体を許すわけがない。
「好きよ。ずっと、こうしたかった」
とフィアは言う。
「ずっと?」
「ええ、ずっと。夢にまで見ていたわ」
「夢にまで、か」
フィアの髪をかき上げて、その口元に指を触れる。とろけるような顔をするフィアを見て、かつて泣いていた彼女を思い出していた。
なぜ泣くんだ?と聞けば、うれしいの、と言う。
手のひらで顔を覆い、その頬から光る涙が流れるのを見た。白金の髪に流れ落ち、そして寝台の布に落ちる。
あれは、夢かもしれないし、都合のいい記憶だったかもしれない、とゼクスは思う。
ただ、正体を隠して、本音を隠している彼女の、本当の言葉のように聞こえた。
今では、確かめようもないが。
「では。存分に、味わわせていただくよ」
「ええ」
目の前のフィアが背中に手を回してくるのが分かり、ゼクスは、急に興が削がれていった。
――――メインディッシュには、まだ早いな。
「ではその前に、剣を抜け、フィア」
ゼクスは腰の剣を抜き、フィアの前に構えて見せる。その場しのぎの快楽が欲しいわけじゃない。
フィアの化けの皮を全部剥ぎ取った後、そのすべてが欲しいだけだ。
「前菜には、まず剣戟が必要だ」
そして、軽く剣を薙ぐ。
フィアの髪がはらりと落ちた。フィアは目を見開き、口元をわなわなと震わせる。そして、
「何をするの、無礼者!」
と声を上げたのは、フィアではなかった。同じようなシルバーブロンドの髪を持つ、貴婦人だ。
「失礼いたしました。麗しのご婦人、ご退場願います」
ゼクスは手に魔法を込めて、剣の上に電撃を這わせた。女性に向かって稲妻が駆ける。小さな悲鳴を上げて、女性は倒れた。
ずっと、こうしたかった?
記憶のないフィアを知っている身からすれば、悪趣味な趣向だ、とゼクスは思う。
女性が倒れた瞬間、ゼクスは元の場所にたたずんでいた。
隣では、暑い暑いとアインが騒がしい。けれど、実際にかなりの暑さだ。ノインの放った魔法により、岩までも溶かされた結果、城内は劫火に焼かれている状態になっていた。
上階からフィアとノインが降りてきて、
「青銅の門が見当たらない」
と言うのだ。
髪に灰や煤を被り、溶岩の欠片を手にするフィアの姿を見て、ゼクスはホッと一息をついた。自分の感覚が間違っていなかったと感じたのだ。
「なに?」
熱心な視線に、フィアは首をかしげる。ゼクスはフィアの髪の煤を払った。
ゼクスはフィアを寝屋に閉じ込めたいわけではない。フィアの媚態だけではなく、気取らぬ全ての表情を見たい、と思う
「煤がついていた」
「ありがとう」
と言い、ぼんやりと、訳も分からずにこちらを見つめる顔も、また、その一つだ。
「お姉様の幻覚にはあっていない?」
とフィアが聞いてくるので、あの魔法がフィアの姉のものであったと知る。
「あれは幻覚だったのか。随分と、いい趣向だったな」
とゼクスが言えば、フィアは探る目で見てくるのだった。
「いい趣向……。殿方は、ネモお姉様の幻覚に弱いと聞いているわ。その、感情を煽るような幻覚が得意だと」
とフィアは言う。
「たしかに、登場人物はよかった」
とゼクスが言えば、フィアは少しだけ口元を歪めた。自分が誰とのどんな幻覚を見ているのかを、嫉妬する程度には関心があるのか、とゼクスは思う。
「だが、本物の方がいい」
「え?」
「早く、門を探そう」
「ええ」
ゼクスが言えば、フィアは戸惑いの表情のまま、答える。
5
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

傷物令嬢は騎士に夢をみるのを諦めました
みん
恋愛
伯爵家の長女シルフィーは、5歳の時に魔力暴走を起こし、その時の記憶を失ってしまっていた。そして、そのせいで魔力も殆ど無くなってしまい、その時についてしまった傷痕が体に残ってしまった。その為、領地に済む祖父母と叔母と一緒に療養を兼ねてそのまま領地で過ごす事にしたのだが…。
ゆるっと設定なので、温かい気持ちで読んでもらえると幸いです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係
ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる