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第三部
灼熱と極寒の親子喧嘩
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ティアトタン国の城は、この頃、灼熱の城と呼ばれている。
かつて氷の牙城と化した城は、即位式以降、炎上し鎮火する一連の流れを繰り返していた。
国民たちはみな、城を見上げこの国の行く末を憂えている。
ビアンカ・オイラーとアルフレート・ディトリッヒもまた、城と遠目に臨み、手の施しようもない状態になっていることを、目の当たりにしていた。
「今日は凍っているのね。ノインが手をゆるめているかしら」とある日ビアンカは思い、
「燃えている。テオが休戦に入っているのか」とまたある日のアルフレートは思う。
その日、城の主導権を誰が握っているのかは、城が燃えているのか凍っているのかで分かるのだった。
テオドール・フェルンバッハの恐怖政治に歯向かう者は誰もいない。宰相であるアルフレートの父、カール・ディトリッヒもまた、テオドールの言いなりだ。テオドールの後任となった、軍の司令官には、ギルバート・エメリッヒが当たる。
フィアの兄弟である前国王の後継者をすべて地下国に追いやったことで、テオドールは盤石の布陣を固めていた。
ただ一人だけ、テオドールをもってしても御しがたかったのは、ノインだ。
即位式の日に、中庭にいたノインは、
「お母様の気配が遠くなった」と言って泣いていた。
「お母様は戻らない」とテオドールが、告げたものならば、ノインは目を燃える炎のような色に変え泣きわめく。
「お母様に会いたい!お母様ぁぁぁ!」
とノインが泣けば、ノインの周りだけ急速に温度が上がっていき、あらゆる物質が溶け出していくのだ。
我慢ならなくなったテオドールが、魔法を放ってノインの動きを止めようとすれば、
「お父様のせいだ!お父様なんか、大きらいだー!」と言って、より強力な灼熱の炎を放ってきて、城の一画が焼け果てた。
「黙れノイン!うるさい子どもは心底嫌いだ」
と言い、テオドールは氷魔法でノインの手首を固定して、封印魔法をほどこす。しかし、あっという間に氷は溶けていき、再び灼熱の炎に包まれるのだ。テオドールの封印魔法をもってしても、ノインの魔法は完全には封じられないのだった。
フィアがいなくなったその日から、一連の親子喧嘩の流れが出来てしまい、そのたびに、城が崩れ落ちる。熱された城が急速に冷やされて、劣化していく様を遠目に臨む国民たちは、この国の終末が近いことを思う。
「お父様がいじめるから、お母様は出て行ったんだ!」
とノインは言う。
「お母様が、やだ、とか、やめてって言うのに、お父様はもっともっとって言うからだ!」とノインは言う。テオドールは言葉を失い、家臣たちはハッとして、口をつぐむ。
指摘されていることは、口をはばかる夫婦の秘め事だ。
「どこで聞いていた?」と聞けば、「そんなのお父様に教えるわけない」とノインはそっぽを向く。それがまた、テオドールの気に障るのだ。
ノインの存在はテオドールにとっては誤算だった。ノインの瞳の色は、テオドールにとっては圧倒的な失恋の証といえる。けれどその表情にはフィアを思わせる部分もあり、また、何よりフィアの血を引いていた。フィアが懇願してまで護ろうとした存在でもある。
遠ざけがたく思うが、一方で、テオドールにとって一々癇に障る点もまた、フィアにそっくりなのだ。
ノインはテオドールには全くなついていない。そして魔力が異様に強く、フィア以外には警戒心が強いのだ。扱い難い奴を置いていった、とテオドールは思う。
この頃ではノインは、テオドールに反旗を翻しており、隙をついては魔法を用いて攻撃をしてくるのだ。
「お父様を倒せば、お母様が帰って来る」とノインは本気で信じているようだった。
テオドールにとってはたった一人の反逆者だが、一番やりにくい相手である。ノインは力を封じるのも難しい上に、どこかに閉じ込めておくことも難しい。
そして不思議なことに、仮に部屋に閉じ込めて置いたとしても、ノインの気配は城のあちこちで感じられるのだ。何か秘密があるに違いないのだが、ノインは明かすことはしないし、テオドールはそこまで手を焼く暇もない。
ノインのために乳母や世話係を用意しようとするが、即日辞退する者ばかりだ。
辛うじてノインが心を開いていたビアンカを世話係につけようとしてみる。だが、「ノインはフィアにベタベタだったもの、私じゃ無理。ごめんなさい、頑張って!」とビアンカにはすげなく断れてしまった。
「後妻を迎え入れてはどうですか?」
「もう少し、物分かりのよろしい後継者を産ませてはいかがですか?」
と家臣たちにはたびたび進言される。何人もの王妃候補が城にやって来て、謁見を求めてきた。候補者たちは、テオドールに畏敬を抱いている者も多いため常に従順だ。
テオドールは片っ端から寝室を共にして、
「無味乾燥だ。興が削がれた」
と言って翌日には追い出してしまう。
ぞんざいな扱いに憤りを覚えた候補者の親族からは、
「王は前王妃の手練手管によって、すっかり骨抜きになられたようだ」と陰口をたたかれる。とはいえそうした不平不満の声がテオドールの耳に入れば、すべからく氷漬けにされるか、地下国追放になるのは分かっているため、まことしやかに囁くに留めるのだった。
「無味乾燥だとおっしゃりますが、口答えもせず、つき従う姿勢の何が悪いのでしょうか?王妃にはふさわしい姿勢かと思います」
と宰相には問われるが、テオドール自身にもどこが気に入らないのかは、分からない。
「無駄に力を持つ王妃よりも、よっぽどよいではないですか?」
宰相は言うが、この発言はフィアへの悪意が含まれており、テオドールからすれば、かえって溜飲があがるのだった。
「王妃は不要だ。共寝をした女たちの中で、子が出来ればそれを後継者にする。それでいいだろう」と気のないことを言い、宰相はテオドールの正気を疑うのだ。
王妃選びを見ていたノインからは、
「お母様のことを忘れるなんて、お父様は最低だ!」
ととことんまで嫌われ、場所を問わずに魔法を放ってくるようになる。ノインが怒れば灼熱の城となり、怒り心頭のテオドールが氷の魔法を放てば、極寒の城と化す。
その後、テオドールがノインを地下国に追放することになるのには、時間がかからなかった。
決定打だったのは、
「僕がお父様を倒して王になる。そしてお母様を連れて帰るんだ」
と言って来たことだ。ノインがまだ幼いからこそ、テオドールも対抗できたが、下手をすれば、本当に王権を取って代わられる恐れはあった。
感情が高まったときの力が段違いなのだ。
危機感を覚えたならば、即座に対処するのがテオドールのやり方だった。
ノインはこの頃はフィアの部屋でしか眠らない。そして一度眠れば朝まで目を覚まさないのだ。テオドールはノインが眠ったのを確認して、部屋ごと封印魔法をほどこした。氷魔法で部屋を凍らせる。その区画を切断魔法で切り離し、城前広場に空いた穴へと落とし込んだ。
城の一部が沈んでいくのを、国民たちは戦々恐々としながら見守っていた。かなりの強硬手段により、部屋ごとノインを地下国に放り込んだのだ。
ただし、地下国に追放することに懸念点はあった。地下国にはフィアの兄弟を始め、フィアの母親の親族もいる。そして、この頃は地下国で激しい争いがあるとの報告もあった。
テオドールが軍事を任された数年前より、地下国の者たちはたびたび暴動を起こし、手を焼いている。
かつて氷の牙城と化した城は、即位式以降、炎上し鎮火する一連の流れを繰り返していた。
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テオドール・フェルンバッハの恐怖政治に歯向かう者は誰もいない。宰相であるアルフレートの父、カール・ディトリッヒもまた、テオドールの言いなりだ。テオドールの後任となった、軍の司令官には、ギルバート・エメリッヒが当たる。
フィアの兄弟である前国王の後継者をすべて地下国に追いやったことで、テオドールは盤石の布陣を固めていた。
ただ一人だけ、テオドールをもってしても御しがたかったのは、ノインだ。
即位式の日に、中庭にいたノインは、
「お母様の気配が遠くなった」と言って泣いていた。
「お母様は戻らない」とテオドールが、告げたものならば、ノインは目を燃える炎のような色に変え泣きわめく。
「お母様に会いたい!お母様ぁぁぁ!」
とノインが泣けば、ノインの周りだけ急速に温度が上がっていき、あらゆる物質が溶け出していくのだ。
我慢ならなくなったテオドールが、魔法を放ってノインの動きを止めようとすれば、
「お父様のせいだ!お父様なんか、大きらいだー!」と言って、より強力な灼熱の炎を放ってきて、城の一画が焼け果てた。
「黙れノイン!うるさい子どもは心底嫌いだ」
と言い、テオドールは氷魔法でノインの手首を固定して、封印魔法をほどこす。しかし、あっという間に氷は溶けていき、再び灼熱の炎に包まれるのだ。テオドールの封印魔法をもってしても、ノインの魔法は完全には封じられないのだった。
フィアがいなくなったその日から、一連の親子喧嘩の流れが出来てしまい、そのたびに、城が崩れ落ちる。熱された城が急速に冷やされて、劣化していく様を遠目に臨む国民たちは、この国の終末が近いことを思う。
「お父様がいじめるから、お母様は出て行ったんだ!」
とノインは言う。
「お母様が、やだ、とか、やめてって言うのに、お父様はもっともっとって言うからだ!」とノインは言う。テオドールは言葉を失い、家臣たちはハッとして、口をつぐむ。
指摘されていることは、口をはばかる夫婦の秘め事だ。
「どこで聞いていた?」と聞けば、「そんなのお父様に教えるわけない」とノインはそっぽを向く。それがまた、テオドールの気に障るのだ。
ノインの存在はテオドールにとっては誤算だった。ノインの瞳の色は、テオドールにとっては圧倒的な失恋の証といえる。けれどその表情にはフィアを思わせる部分もあり、また、何よりフィアの血を引いていた。フィアが懇願してまで護ろうとした存在でもある。
遠ざけがたく思うが、一方で、テオドールにとって一々癇に障る点もまた、フィアにそっくりなのだ。
ノインはテオドールには全くなついていない。そして魔力が異様に強く、フィア以外には警戒心が強いのだ。扱い難い奴を置いていった、とテオドールは思う。
この頃ではノインは、テオドールに反旗を翻しており、隙をついては魔法を用いて攻撃をしてくるのだ。
「お父様を倒せば、お母様が帰って来る」とノインは本気で信じているようだった。
テオドールにとってはたった一人の反逆者だが、一番やりにくい相手である。ノインは力を封じるのも難しい上に、どこかに閉じ込めておくことも難しい。
そして不思議なことに、仮に部屋に閉じ込めて置いたとしても、ノインの気配は城のあちこちで感じられるのだ。何か秘密があるに違いないのだが、ノインは明かすことはしないし、テオドールはそこまで手を焼く暇もない。
ノインのために乳母や世話係を用意しようとするが、即日辞退する者ばかりだ。
辛うじてノインが心を開いていたビアンカを世話係につけようとしてみる。だが、「ノインはフィアにベタベタだったもの、私じゃ無理。ごめんなさい、頑張って!」とビアンカにはすげなく断れてしまった。
「後妻を迎え入れてはどうですか?」
「もう少し、物分かりのよろしい後継者を産ませてはいかがですか?」
と家臣たちにはたびたび進言される。何人もの王妃候補が城にやって来て、謁見を求めてきた。候補者たちは、テオドールに畏敬を抱いている者も多いため常に従順だ。
テオドールは片っ端から寝室を共にして、
「無味乾燥だ。興が削がれた」
と言って翌日には追い出してしまう。
ぞんざいな扱いに憤りを覚えた候補者の親族からは、
「王は前王妃の手練手管によって、すっかり骨抜きになられたようだ」と陰口をたたかれる。とはいえそうした不平不満の声がテオドールの耳に入れば、すべからく氷漬けにされるか、地下国追放になるのは分かっているため、まことしやかに囁くに留めるのだった。
「無味乾燥だとおっしゃりますが、口答えもせず、つき従う姿勢の何が悪いのでしょうか?王妃にはふさわしい姿勢かと思います」
と宰相には問われるが、テオドール自身にもどこが気に入らないのかは、分からない。
「無駄に力を持つ王妃よりも、よっぽどよいではないですか?」
宰相は言うが、この発言はフィアへの悪意が含まれており、テオドールからすれば、かえって溜飲があがるのだった。
「王妃は不要だ。共寝をした女たちの中で、子が出来ればそれを後継者にする。それでいいだろう」と気のないことを言い、宰相はテオドールの正気を疑うのだ。
王妃選びを見ていたノインからは、
「お母様のことを忘れるなんて、お父様は最低だ!」
ととことんまで嫌われ、場所を問わずに魔法を放ってくるようになる。ノインが怒れば灼熱の城となり、怒り心頭のテオドールが氷の魔法を放てば、極寒の城と化す。
その後、テオドールがノインを地下国に追放することになるのには、時間がかからなかった。
決定打だったのは、
「僕がお父様を倒して王になる。そしてお母様を連れて帰るんだ」
と言って来たことだ。ノインがまだ幼いからこそ、テオドールも対抗できたが、下手をすれば、本当に王権を取って代わられる恐れはあった。
感情が高まったときの力が段違いなのだ。
危機感を覚えたならば、即座に対処するのがテオドールのやり方だった。
ノインはこの頃はフィアの部屋でしか眠らない。そして一度眠れば朝まで目を覚まさないのだ。テオドールはノインが眠ったのを確認して、部屋ごと封印魔法をほどこした。氷魔法で部屋を凍らせる。その区画を切断魔法で切り離し、城前広場に空いた穴へと落とし込んだ。
城の一部が沈んでいくのを、国民たちは戦々恐々としながら見守っていた。かなりの強硬手段により、部屋ごとノインを地下国に放り込んだのだ。
ただし、地下国に追放することに懸念点はあった。地下国にはフィアの兄弟を始め、フィアの母親の親族もいる。そして、この頃は地下国で激しい争いがあるとの報告もあった。
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