27 / 51
第二部
怪物ノイン
しおりを挟む
そのとき――――
急に爆発的な魔法の気配を感じる。ゼクスもエアハルトも感じたようで、辺りを見渡しはじめた。
フィアには心当たりがある非常に身近な気配だ。
けれど、なぜここで感じられるの?とフィアは思う。ここにいるわけはないのだ。魔法の気配はどんどん強まっていき、いよいよハッキリと足元に感じられた。
これは九分割中の何人?とフィアは思う。九分の一であれば、こんなに強く感じられないし、九分の九ならば恐らくとっくにこの建物は吹き飛んでいる。
四人くらい?
とフィアが思ったときに、床に熱気を感じた。
「何だ?」
とゼクスが言い、エアハルトが、
「床から?」
と言う。
このままやって来たら、どう考えてもマズい。
「ゼクスとルインは、後方に下がって。エアハルトは壁際に逃げて」
「フィア?」
動きを止めていたアインがこちらを見てくるので、フィアは、最低限の助言をする。アインの足元にその気配はあった。
「アインは……。跳んで!」
「え?」
床から突き上げるような衝撃がやって来て、呻き声のような泣き声のような声が近づいてくる。
地響きがあって、足元が激しく揺れた。ガラガラと床の一部が崩れ、アインの足元が瓦解していくのを見る。床に開いた穴がどんどん広がっていき、飲み込んでいく。
空いた穴の向こう側に見えるのは地面ではなく、ぽっかりと黒い空間が開いていた。
「わぁ!」
と言ってアインは、飛びのく。飛びのいた先の床も即座に落ちていくので、飛び石のようにして、アインは安全な床を目指してジャンプを繰り返すのだ。
「壊れた?魔法の封印がかかっているのに。建物が壊れることなんて、あるんだ?」
とルインが驚きの声をあげた。
「お母様ぁー!」
泣き声をあげて、黒い空間の中から深紅の鱗を持つドラゴンが躍り上がって来る。
「ノイン!」
フィアの呼びかけに、ゼクスがその名を繰り返す。
「ノイン?」
「ドラゴンだあ!」
とアインが喜びの声を上げる。
ドラゴンが翼を動かせば、壁や床にヒビが入っていく。そしてその泣き声で、次の瞬間には粉のようにさらさらと崩れていってしまうのだ。
「ノイン、泣くのはやめて。深呼吸して!」
「お母様!」
ドラゴンがバタバタと羽ばたきをすると、衝撃波がやって来て、皆一様に吹き飛ばされそうになる。
「ノイン、落ち着いて。いい子だからこっちに来て」
フィアがそう言うと、ドラゴンはフィアの方へと身体を寄せてくる。フィアがその額を撫でると、深紅のドラゴンは間もなく、落ち着きを見せてきた。
ノインは、その瞳を爛々と光らせている。感情が高まっているせいか、まだ、瞳の色は紅い。ノインを人の姿に戻すためには、それこそエナジーを送り込んであげなければいけない。
「どうやって、ここへ?」
「お父様に凍らされて、地下国に閉じ込められたんだ。もう少しで寝首を狩れそうだったのに。地下国では門の中にいたコトス達が教えてくれた。地下国の道はどこまでも通じているから、上手くいけば王都にも行けるって」
「ね、寝首を狩る……?どんな生活していたの」
「お父様を倒そうと思ったんだ、でも無理だった。お父様はズルいんだ!僕が寝ている間に、部屋ごと凍らせて、地下国に落としたんだよ」
「部屋ごと凍らせた?テオはとんでもないことを、したのね」
フィアの想像通り、テオドールとノインは馬が合わないようだった。「倒す、倒さない」とは、ずいぶん穏やかじゃない、と思う。
「それで、何人おいてきたの?」
「四人分」
ノインは自分の分身を九人まで作れる。分割すればするほど力は弱まるが、同時に同じ場所に存在出来るため、度々ノインは盗み聞きや悪戯に使っていた。
「お父様はまだ、知らないの?」
「お父様になんか言うもんか。お父様なんて、大嫌いだ!お母様を追放するなんて」
「それは」
「立て込んでいるところ悪いが」
とゼクスが割って入る。
「え?」
「床が落ちる」
足元を見ればぽっかりと黒い空間が口を開いていた。辛うじて崩れ落ちずにいた足場が、崩れかかっている。落ち着いた調子で言うことじゃない、とフィアは思った。
「もう少し焦って言って!」
「悪い」
即座にみんなの足場を確認する。ルインとエアハルトのいる場所の足場はまだ整っている。自分とゼクス、そしてアインは確実に落ちるだろう。
「アイン、カフスは手にある?」
とフィアが聞けば、アインはうん、と言う。
エアハルトの言う地下国の解放にどんな意味があるのかは、分からない。
それが誰にとって望ましいことで誰にとって、望ましくないことなのかも分からない。
けれど、今は、それを阻止しておきたい、とフィアは思う。
「ノイン、飛んで。そして、アインを護るのよ」
フィアはノインの尻尾を持ち、アインの方へ放った。ノインが乗せられるとすれば、体格の同じアインくらいだ。
「アイン、カフスをお願い!」
「お、お母様!?」
「ええ!?」
ノインとアインが同時に驚きの声を上げる。
「そして、ゼクス。悪いんだけど、一緒に落ちてくれる?」
足場を失い、一枚の床の上に足を乗せていたが、そろそろ限界だ。
「ああ、分かった」
「お母様ぁ!」
とノインの声と、
「お父様、フィア!」
というアインの声を上方で聞く。
「ごめんなさい、ゼクス」
と言いながら、落ちていくフィアと、
「地下国の情報が欲しい」と言うゼクス。
「あなたからすれば、化け物だらけの場所だと思う」
「それは理想郷だな」
とゼクスが言うので、
「やっぱり、変な人ね」
とフィアは笑って返す。
あとはそう、地上の常識が通じないかもしれない、とフィアは言い添えた。
すると、手を貸してくれ、とゼクスに手を取られる。
「そうすれば。少なくとも、触れている感覚だけはたしかだろ。何を忘れようとも」
と言われてフィアは、なぜか切なくなった。
真っ暗な空間に、淡い光が差してきた――――地下国が近づいてくる。
急に爆発的な魔法の気配を感じる。ゼクスもエアハルトも感じたようで、辺りを見渡しはじめた。
フィアには心当たりがある非常に身近な気配だ。
けれど、なぜここで感じられるの?とフィアは思う。ここにいるわけはないのだ。魔法の気配はどんどん強まっていき、いよいよハッキリと足元に感じられた。
これは九分割中の何人?とフィアは思う。九分の一であれば、こんなに強く感じられないし、九分の九ならば恐らくとっくにこの建物は吹き飛んでいる。
四人くらい?
とフィアが思ったときに、床に熱気を感じた。
「何だ?」
とゼクスが言い、エアハルトが、
「床から?」
と言う。
このままやって来たら、どう考えてもマズい。
「ゼクスとルインは、後方に下がって。エアハルトは壁際に逃げて」
「フィア?」
動きを止めていたアインがこちらを見てくるので、フィアは、最低限の助言をする。アインの足元にその気配はあった。
「アインは……。跳んで!」
「え?」
床から突き上げるような衝撃がやって来て、呻き声のような泣き声のような声が近づいてくる。
地響きがあって、足元が激しく揺れた。ガラガラと床の一部が崩れ、アインの足元が瓦解していくのを見る。床に開いた穴がどんどん広がっていき、飲み込んでいく。
空いた穴の向こう側に見えるのは地面ではなく、ぽっかりと黒い空間が開いていた。
「わぁ!」
と言ってアインは、飛びのく。飛びのいた先の床も即座に落ちていくので、飛び石のようにして、アインは安全な床を目指してジャンプを繰り返すのだ。
「壊れた?魔法の封印がかかっているのに。建物が壊れることなんて、あるんだ?」
とルインが驚きの声をあげた。
「お母様ぁー!」
泣き声をあげて、黒い空間の中から深紅の鱗を持つドラゴンが躍り上がって来る。
「ノイン!」
フィアの呼びかけに、ゼクスがその名を繰り返す。
「ノイン?」
「ドラゴンだあ!」
とアインが喜びの声を上げる。
ドラゴンが翼を動かせば、壁や床にヒビが入っていく。そしてその泣き声で、次の瞬間には粉のようにさらさらと崩れていってしまうのだ。
「ノイン、泣くのはやめて。深呼吸して!」
「お母様!」
ドラゴンがバタバタと羽ばたきをすると、衝撃波がやって来て、皆一様に吹き飛ばされそうになる。
「ノイン、落ち着いて。いい子だからこっちに来て」
フィアがそう言うと、ドラゴンはフィアの方へと身体を寄せてくる。フィアがその額を撫でると、深紅のドラゴンは間もなく、落ち着きを見せてきた。
ノインは、その瞳を爛々と光らせている。感情が高まっているせいか、まだ、瞳の色は紅い。ノインを人の姿に戻すためには、それこそエナジーを送り込んであげなければいけない。
「どうやって、ここへ?」
「お父様に凍らされて、地下国に閉じ込められたんだ。もう少しで寝首を狩れそうだったのに。地下国では門の中にいたコトス達が教えてくれた。地下国の道はどこまでも通じているから、上手くいけば王都にも行けるって」
「ね、寝首を狩る……?どんな生活していたの」
「お父様を倒そうと思ったんだ、でも無理だった。お父様はズルいんだ!僕が寝ている間に、部屋ごと凍らせて、地下国に落としたんだよ」
「部屋ごと凍らせた?テオはとんでもないことを、したのね」
フィアの想像通り、テオドールとノインは馬が合わないようだった。「倒す、倒さない」とは、ずいぶん穏やかじゃない、と思う。
「それで、何人おいてきたの?」
「四人分」
ノインは自分の分身を九人まで作れる。分割すればするほど力は弱まるが、同時に同じ場所に存在出来るため、度々ノインは盗み聞きや悪戯に使っていた。
「お父様はまだ、知らないの?」
「お父様になんか言うもんか。お父様なんて、大嫌いだ!お母様を追放するなんて」
「それは」
「立て込んでいるところ悪いが」
とゼクスが割って入る。
「え?」
「床が落ちる」
足元を見ればぽっかりと黒い空間が口を開いていた。辛うじて崩れ落ちずにいた足場が、崩れかかっている。落ち着いた調子で言うことじゃない、とフィアは思った。
「もう少し焦って言って!」
「悪い」
即座にみんなの足場を確認する。ルインとエアハルトのいる場所の足場はまだ整っている。自分とゼクス、そしてアインは確実に落ちるだろう。
「アイン、カフスは手にある?」
とフィアが聞けば、アインはうん、と言う。
エアハルトの言う地下国の解放にどんな意味があるのかは、分からない。
それが誰にとって望ましいことで誰にとって、望ましくないことなのかも分からない。
けれど、今は、それを阻止しておきたい、とフィアは思う。
「ノイン、飛んで。そして、アインを護るのよ」
フィアはノインの尻尾を持ち、アインの方へ放った。ノインが乗せられるとすれば、体格の同じアインくらいだ。
「アイン、カフスをお願い!」
「お、お母様!?」
「ええ!?」
ノインとアインが同時に驚きの声を上げる。
「そして、ゼクス。悪いんだけど、一緒に落ちてくれる?」
足場を失い、一枚の床の上に足を乗せていたが、そろそろ限界だ。
「ああ、分かった」
「お母様ぁ!」
とノインの声と、
「お父様、フィア!」
というアインの声を上方で聞く。
「ごめんなさい、ゼクス」
と言いながら、落ちていくフィアと、
「地下国の情報が欲しい」と言うゼクス。
「あなたからすれば、化け物だらけの場所だと思う」
「それは理想郷だな」
とゼクスが言うので、
「やっぱり、変な人ね」
とフィアは笑って返す。
あとはそう、地上の常識が通じないかもしれない、とフィアは言い添えた。
すると、手を貸してくれ、とゼクスに手を取られる。
「そうすれば。少なくとも、触れている感覚だけはたしかだろ。何を忘れようとも」
と言われてフィアは、なぜか切なくなった。
真っ暗な空間に、淡い光が差してきた――――地下国が近づいてくる。
10
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる