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第二部
怪物ノイン
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そのとき――――
急に爆発的な魔法の気配を感じる。ゼクスもエアハルトも感じたようで、辺りを見渡しはじめた。
フィアには心当たりがある非常に身近な気配だ。
けれど、なぜここで感じられるの?とフィアは思う。ここにいるわけはないのだ。魔法の気配はどんどん強まっていき、いよいよハッキリと足元に感じられた。
これは九分割中の何人?とフィアは思う。九分の一であれば、こんなに強く感じられないし、九分の九ならば恐らくとっくにこの建物は吹き飛んでいる。
四人くらい?
とフィアが思ったときに、床に熱気を感じた。
「何だ?」
とゼクスが言い、エアハルトが、
「床から?」
と言う。
このままやって来たら、どう考えてもマズい。
「ゼクスとルインは、後方に下がって。エアハルトは壁際に逃げて」
「フィア?」
動きを止めていたアインがこちらを見てくるので、フィアは、最低限の助言をする。アインの足元にその気配はあった。
「アインは……。跳んで!」
「え?」
床から突き上げるような衝撃がやって来て、呻き声のような泣き声のような声が近づいてくる。
地響きがあって、足元が激しく揺れた。ガラガラと床の一部が崩れ、アインの足元が瓦解していくのを見る。床に開いた穴がどんどん広がっていき、飲み込んでいく。
空いた穴の向こう側に見えるのは地面ではなく、ぽっかりと黒い空間が開いていた。
「わぁ!」
と言ってアインは、飛びのく。飛びのいた先の床も即座に落ちていくので、飛び石のようにして、アインは安全な床を目指してジャンプを繰り返すのだ。
「壊れた?魔法の封印がかかっているのに。建物が壊れることなんて、あるんだ?」
とルインが驚きの声をあげた。
「お母様ぁー!」
泣き声をあげて、黒い空間の中から深紅の鱗を持つドラゴンが躍り上がって来る。
「ノイン!」
フィアの呼びかけに、ゼクスがその名を繰り返す。
「ノイン?」
「ドラゴンだあ!」
とアインが喜びの声を上げる。
ドラゴンが翼を動かせば、壁や床にヒビが入っていく。そしてその泣き声で、次の瞬間には粉のようにさらさらと崩れていってしまうのだ。
「ノイン、泣くのはやめて。深呼吸して!」
「お母様!」
ドラゴンがバタバタと羽ばたきをすると、衝撃波がやって来て、皆一様に吹き飛ばされそうになる。
「ノイン、落ち着いて。いい子だからこっちに来て」
フィアがそう言うと、ドラゴンはフィアの方へと身体を寄せてくる。フィアがその額を撫でると、深紅のドラゴンは間もなく、落ち着きを見せてきた。
ノインは、その瞳を爛々と光らせている。感情が高まっているせいか、まだ、瞳の色は紅い。ノインを人の姿に戻すためには、それこそエナジーを送り込んであげなければいけない。
「どうやって、ここへ?」
「お父様に凍らされて、地下国に閉じ込められたんだ。もう少しで寝首を狩れそうだったのに。地下国では門の中にいたコトス達が教えてくれた。地下国の道はどこまでも通じているから、上手くいけば王都にも行けるって」
「ね、寝首を狩る……?どんな生活していたの」
「お父様を倒そうと思ったんだ、でも無理だった。お父様はズルいんだ!僕が寝ている間に、部屋ごと凍らせて、地下国に落としたんだよ」
「部屋ごと凍らせた?テオはとんでもないことを、したのね」
フィアの想像通り、テオドールとノインは馬が合わないようだった。「倒す、倒さない」とは、ずいぶん穏やかじゃない、と思う。
「それで、何人おいてきたの?」
「四人分」
ノインは自分の分身を九人まで作れる。分割すればするほど力は弱まるが、同時に同じ場所に存在出来るため、度々ノインは盗み聞きや悪戯に使っていた。
「お父様はまだ、知らないの?」
「お父様になんか言うもんか。お父様なんて、大嫌いだ!お母様を追放するなんて」
「それは」
「立て込んでいるところ悪いが」
とゼクスが割って入る。
「え?」
「床が落ちる」
足元を見ればぽっかりと黒い空間が口を開いていた。辛うじて崩れ落ちずにいた足場が、崩れかかっている。落ち着いた調子で言うことじゃない、とフィアは思った。
「もう少し焦って言って!」
「悪い」
即座にみんなの足場を確認する。ルインとエアハルトのいる場所の足場はまだ整っている。自分とゼクス、そしてアインは確実に落ちるだろう。
「アイン、カフスは手にある?」
とフィアが聞けば、アインはうん、と言う。
エアハルトの言う地下国の解放にどんな意味があるのかは、分からない。
それが誰にとって望ましいことで誰にとって、望ましくないことなのかも分からない。
けれど、今は、それを阻止しておきたい、とフィアは思う。
「ノイン、飛んで。そして、アインを護るのよ」
フィアはノインの尻尾を持ち、アインの方へ放った。ノインが乗せられるとすれば、体格の同じアインくらいだ。
「アイン、カフスをお願い!」
「お、お母様!?」
「ええ!?」
ノインとアインが同時に驚きの声を上げる。
「そして、ゼクス。悪いんだけど、一緒に落ちてくれる?」
足場を失い、一枚の床の上に足を乗せていたが、そろそろ限界だ。
「ああ、分かった」
「お母様ぁ!」
とノインの声と、
「お父様、フィア!」
というアインの声を上方で聞く。
「ごめんなさい、ゼクス」
と言いながら、落ちていくフィアと、
「地下国の情報が欲しい」と言うゼクス。
「あなたからすれば、化け物だらけの場所だと思う」
「それは理想郷だな」
とゼクスが言うので、
「やっぱり、変な人ね」
とフィアは笑って返す。
あとはそう、地上の常識が通じないかもしれない、とフィアは言い添えた。
すると、手を貸してくれ、とゼクスに手を取られる。
「そうすれば。少なくとも、触れている感覚だけはたしかだろ。何を忘れようとも」
と言われてフィアは、なぜか切なくなった。
真っ暗な空間に、淡い光が差してきた――――地下国が近づいてくる。
急に爆発的な魔法の気配を感じる。ゼクスもエアハルトも感じたようで、辺りを見渡しはじめた。
フィアには心当たりがある非常に身近な気配だ。
けれど、なぜここで感じられるの?とフィアは思う。ここにいるわけはないのだ。魔法の気配はどんどん強まっていき、いよいよハッキリと足元に感じられた。
これは九分割中の何人?とフィアは思う。九分の一であれば、こんなに強く感じられないし、九分の九ならば恐らくとっくにこの建物は吹き飛んでいる。
四人くらい?
とフィアが思ったときに、床に熱気を感じた。
「何だ?」
とゼクスが言い、エアハルトが、
「床から?」
と言う。
このままやって来たら、どう考えてもマズい。
「ゼクスとルインは、後方に下がって。エアハルトは壁際に逃げて」
「フィア?」
動きを止めていたアインがこちらを見てくるので、フィアは、最低限の助言をする。アインの足元にその気配はあった。
「アインは……。跳んで!」
「え?」
床から突き上げるような衝撃がやって来て、呻き声のような泣き声のような声が近づいてくる。
地響きがあって、足元が激しく揺れた。ガラガラと床の一部が崩れ、アインの足元が瓦解していくのを見る。床に開いた穴がどんどん広がっていき、飲み込んでいく。
空いた穴の向こう側に見えるのは地面ではなく、ぽっかりと黒い空間が開いていた。
「わぁ!」
と言ってアインは、飛びのく。飛びのいた先の床も即座に落ちていくので、飛び石のようにして、アインは安全な床を目指してジャンプを繰り返すのだ。
「壊れた?魔法の封印がかかっているのに。建物が壊れることなんて、あるんだ?」
とルインが驚きの声をあげた。
「お母様ぁー!」
泣き声をあげて、黒い空間の中から深紅の鱗を持つドラゴンが躍り上がって来る。
「ノイン!」
フィアの呼びかけに、ゼクスがその名を繰り返す。
「ノイン?」
「ドラゴンだあ!」
とアインが喜びの声を上げる。
ドラゴンが翼を動かせば、壁や床にヒビが入っていく。そしてその泣き声で、次の瞬間には粉のようにさらさらと崩れていってしまうのだ。
「ノイン、泣くのはやめて。深呼吸して!」
「お母様!」
ドラゴンがバタバタと羽ばたきをすると、衝撃波がやって来て、皆一様に吹き飛ばされそうになる。
「ノイン、落ち着いて。いい子だからこっちに来て」
フィアがそう言うと、ドラゴンはフィアの方へと身体を寄せてくる。フィアがその額を撫でると、深紅のドラゴンは間もなく、落ち着きを見せてきた。
ノインは、その瞳を爛々と光らせている。感情が高まっているせいか、まだ、瞳の色は紅い。ノインを人の姿に戻すためには、それこそエナジーを送り込んであげなければいけない。
「どうやって、ここへ?」
「お父様に凍らされて、地下国に閉じ込められたんだ。もう少しで寝首を狩れそうだったのに。地下国では門の中にいたコトス達が教えてくれた。地下国の道はどこまでも通じているから、上手くいけば王都にも行けるって」
「ね、寝首を狩る……?どんな生活していたの」
「お父様を倒そうと思ったんだ、でも無理だった。お父様はズルいんだ!僕が寝ている間に、部屋ごと凍らせて、地下国に落としたんだよ」
「部屋ごと凍らせた?テオはとんでもないことを、したのね」
フィアの想像通り、テオドールとノインは馬が合わないようだった。「倒す、倒さない」とは、ずいぶん穏やかじゃない、と思う。
「それで、何人おいてきたの?」
「四人分」
ノインは自分の分身を九人まで作れる。分割すればするほど力は弱まるが、同時に同じ場所に存在出来るため、度々ノインは盗み聞きや悪戯に使っていた。
「お父様はまだ、知らないの?」
「お父様になんか言うもんか。お父様なんて、大嫌いだ!お母様を追放するなんて」
「それは」
「立て込んでいるところ悪いが」
とゼクスが割って入る。
「え?」
「床が落ちる」
足元を見ればぽっかりと黒い空間が口を開いていた。辛うじて崩れ落ちずにいた足場が、崩れかかっている。落ち着いた調子で言うことじゃない、とフィアは思った。
「もう少し焦って言って!」
「悪い」
即座にみんなの足場を確認する。ルインとエアハルトのいる場所の足場はまだ整っている。自分とゼクス、そしてアインは確実に落ちるだろう。
「アイン、カフスは手にある?」
とフィアが聞けば、アインはうん、と言う。
エアハルトの言う地下国の解放にどんな意味があるのかは、分からない。
それが誰にとって望ましいことで誰にとって、望ましくないことなのかも分からない。
けれど、今は、それを阻止しておきたい、とフィアは思う。
「ノイン、飛んで。そして、アインを護るのよ」
フィアはノインの尻尾を持ち、アインの方へ放った。ノインが乗せられるとすれば、体格の同じアインくらいだ。
「アイン、カフスをお願い!」
「お、お母様!?」
「ええ!?」
ノインとアインが同時に驚きの声を上げる。
「そして、ゼクス。悪いんだけど、一緒に落ちてくれる?」
足場を失い、一枚の床の上に足を乗せていたが、そろそろ限界だ。
「ああ、分かった」
「お母様ぁ!」
とノインの声と、
「お父様、フィア!」
というアインの声を上方で聞く。
「ごめんなさい、ゼクス」
と言いながら、落ちていくフィアと、
「地下国の情報が欲しい」と言うゼクス。
「あなたからすれば、化け物だらけの場所だと思う」
「それは理想郷だな」
とゼクスが言うので、
「やっぱり、変な人ね」
とフィアは笑って返す。
あとはそう、地上の常識が通じないかもしれない、とフィアは言い添えた。
すると、手を貸してくれ、とゼクスに手を取られる。
「そうすれば。少なくとも、触れている感覚だけはたしかだろ。何を忘れようとも」
と言われてフィアは、なぜか切なくなった。
真っ暗な空間に、淡い光が差してきた――――地下国が近づいてくる。
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