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第二部
逢瀬の理由が知りたくて
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総督府に行き、ゼクスの名を告げれば、すぐに執務室に通される。執務室には秘書官がいたが、「席をはずしてくれ」とゼクスが言い、人払いをした。
フィアは早速、魔法の気配を感じられる女性がいたことや、記憶を失っていたこと、記憶を失う直前に出会っていた人のことなどを、報告する。
そしてもう一つ、王都の造りがティアトタン国の造りに似たことを話した。
「地下国へ通じる道があるの。その場所がもし同じなら、地下国に行けるかもしれない」
とフィアは伝える。
「それは、どこにあるんだ?」
「城の王座の下に階段がある。そこから地下道が通じていて、いくつかの門をくぐって、最後に青銅の門をくぐれば地下国につく。もっと大まかに言えば城の下から、地下国に入れるの」
そこまで口にしたとき、ゼクスの視線がこちらに向く。
しげしげと見てきて、
「顔色が悪いな?」
と言うのだ。
「いえ、気のせいだと思う」
とフィアは言う。
ゼクスは近づいてきて、失礼、と言い、フィアの頬へ手を触れさせてくる。
「あ、あの」
「騎士団の任務に同行させて、無理をさせてしまったか?環境が変わって疲れている可能性もある」
「そ、そうじゃないの」
フィアが及び腰になっていると、
「つい、フィアには協力を仰いでしまう。騎士団の皆もそうだ。フィアに話を聞いてもらいたがっている」
と言うのだ。ゼクスの表情は柔らかい。けれど、これは自分に向けられている表情ではない、とフィアは思う。
「それは、リウゼンシュタイン元団長のことよね?」
「そうだな」
「お互いに信頼し合っているのは、羨ましい。自分の力を信じてもらえるのは、嬉しいことだと思うから」
「だとしても、負担をかけてしまうのは、良くないだろう」
「大丈夫よ、私はリウゼンシュタインではないし」
フィアが言うと、ゼクスが手を取って来る。あ、と反射的にフィアは声をあげた。
爪が鋭利な形に変形しているからだ。ゼクスの視線が爪に向き、フィアは慌てて手を引っ込めようとする。
「これは、訳があって。その」
ゼクスには怯えるような様子も驚くような様子もない。
ただ、
「まだ何か秘密があるのか?」
と聞かれる。
「王都では魔法のエナジーが足りないの。そうすると、こんな風に、姿が変わってしまう」
「この姿は見たことはなかった」
とゼクスがあっさりと言うので、フィアの方が困ってしまう。
「これは、まだ序の口。化け物の姿になってしまう」
とフィアが爪を隠そうとすれば、
「ぜひ、見てみたいな」
その手を引き寄せ、爪の先に軽くキスをする。
ピリっと指先に電気を感じ、フィアはゼクスの顔を見た。
「え?」
「これは、不貞になるのか?」
ゼクスは、初めて見るような悪戯な表情でフィアに尋ねてくる。
「ア、アリーセ様へ不義理には、なるのでは?」
とフィアが慌てて言うと、ゼクスは低く笑った。
「あのときと、同じことを言うんだな」
「な、何を言っているの」
「エナジーはどうやったら手に入る?」
とゼクスは聞く。
フィアはまさに、今エナジーを感じていた。キスを受けた爪に走った痺れからは、魔法のエネルギーを感じたからだ。
「ゼクス、あなたからは、強い魔法を感じる。その魔法を少し分けてもらえれば」
「どうやって?」
「分からないわ。でも、触れてもよければ、エナジーをもらえるかもしれない」
とフィアが告げれば。
「どんな風に触れればいい?」と即座に聞いてくる。なんで乗り気なの?と思うのだ。
「ど、どんなって」
「触れるにしても、様々な種類がある」
「手を触れるとか」
と言えば、自分の指先をフィアの爪の先に当ててくる。
「触れているな」
「そうだけど」
「それ以外は?」
「分からない。私の力はずっと、テオに封印されていたから」
「どうやって封印されていたんだ?」
禁断の質問、とフィアは思う。
答えを待っているゼクスに、フィアはおずおずと答えるのだ。
「定期的に口づけをほどこすの。それでいつも封印していた」
いらぬことを暴露しているような気分になり、気まずさでゼクスの顔を見るのも恥ずかしくなる。
「テオからすれば、私に化け物になられてはたまらないから、するだけ」
「そうだろうか?全身にくまなく刻印をほどこすのは、それだけが理由ではないと思う。フィアを離したくなかったんだろう」
「そ、そんなこと、今話すことじゃないと思うけど」
なぜ、全身にくまなくだと知っているの?とフィアは思う。
「試してみるか?」
「ええ?な、何を言っているの!ダメでしょ」
「なぜ?封印できるかもしれない」
「あ、あなたには妻がいて、子どもがいて。そして」
「王都の人間だ、と。言っていたな」
ゼクスはどこか遠い目をして言った。
「ゼクス?」
「リウゼンシュタインは、どうやって潜んでいたんだろうな。エナジーとやらをどんな風に手に入れていたのか」
「後朝待たずのリウゼンシュタイン?」
とフィアが最近覚えた二つ名を言えば、ゼクスが弾かれたようにフィアの顔を見た。
「朝を待たない、逢瀬、か」
と言う。
「その人が朝を待たずに去るのは、なぜ?とは私も思ったけれど」
「朝を待てばどうなる?」
単刀直入に問われ、フィアは戸惑ってしまう。
「そ、それは。その、朝まで横で眠るだけではないの?」
「だとすれば。最後の最後で失敗したな、リウゼンシュタイン」
とゼクスは呟いた。朝までいただろ、と言うのだ。
どこか甘く柔らかなニュアンスが含まれているので、フィアは胸の一部がキュッとする。
自分に言われているのではないとは、分かっていたけれど。
そして、
「エナジーを与える方法が分からない以上、封印をするしかない」
とゼクスは言うのだ。
大量の報告書や書類が広げられた執務台を見て、フィアは一旦冷静になる。
「ここはそういう場所じゃない。ダメでしょ、執務中に」
と逃げ腰になるフィアに、ゼクスは間髪与えずに、
「どこならいい?」
と尋ねてくる。
「の、乗り気のように聞こえるのは気のせい?」
「さあ?役に立てればと思っただけだが」
「ぜ、全身にするわけじゃ、ないでしょ?」
「お望みならばどこまでも」
不意に首元に吐息がかり、
「な」
フィアが目を見張れば、ゼクスは笑う。
「冗談だ、フィア。手を」
恭しくフィアの手を取りその甲にキスを落としてくる。
痺れがやって来たかと思えば、身体中をビリッと何かが駆け巡るのを感じた。見れば爪の形は元に戻っている。
「これは」
「魔法を込めて刻印をほどこした。封印とは違うかもしれないが、少しは効果がありそうだな」
「ありがとう」
フィアが見上げれば、ゼクスはフィアの髪を撫でてくる。そして、囁くような声で言うのだ。
「逢瀬の理由がこれだとするなら。俺のところに来て欲しかった。フィア・リウゼンシュタイン」
「ゼクス、私はリウゼンシュタインでは」
ゼクスの瞳が切ない色を帯びる。不意に抱き寄せられて、フィアはハッと息を飲んだ。すぐに身体は離れていたので、気のせいだったのかとすら思う。
「エナジーが欲しいときには、声をかけてくれ」
何もなかったかのように、そう言うので、フィアは自分の幻覚だったのかもしれない、と思った。
ただ、胸の鼓動が鳴りやまない。
どうして、こんなことを?
「では、仕立屋に出入りしていた者を調べてみる」
「私は地下を調べてみる」とフィアが言えば、
「王宮に一人では近づかないで欲しい。もし調べに行くときには俺も同行する」とゼクスには言われた。
確かに以前、「王宮には近づかないこと」と言われていたように思う。
「王には縁戚者はいるが、直接的な家族がいない。一切存在しないのが不思議だ。俺の母は王の従妹だが、当の王の兄弟の所在は不明だ。失踪や謀殺などきな臭い噂はあるものの違和感がある。しかも、誰もそれを表立っては語ろうとしない。得体が知れない王に近づいて欲しくないんだ」
「仮にそうだとして、総督であるあなたが。王を信頼していない、疑っていると敵国の私に告げるのは危険じゃない?」
「まったく、危険じゃない。フィアを信頼している」
と即答するので、フィアの方が困ってしまう。
そして、
「出来れば、俺のことも信じてくれ」と言うのだ。更には「国に戻れるように協力する」とゼクスは言う。
出会って間もないにもかかわらず、ゼクスの言葉に安心感があるのはなぜだろう、とフィアは思うのだった。
フィアは早速、魔法の気配を感じられる女性がいたことや、記憶を失っていたこと、記憶を失う直前に出会っていた人のことなどを、報告する。
そしてもう一つ、王都の造りがティアトタン国の造りに似たことを話した。
「地下国へ通じる道があるの。その場所がもし同じなら、地下国に行けるかもしれない」
とフィアは伝える。
「それは、どこにあるんだ?」
「城の王座の下に階段がある。そこから地下道が通じていて、いくつかの門をくぐって、最後に青銅の門をくぐれば地下国につく。もっと大まかに言えば城の下から、地下国に入れるの」
そこまで口にしたとき、ゼクスの視線がこちらに向く。
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と言うのだ。
「いえ、気のせいだと思う」
とフィアは言う。
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「あ、あの」
「騎士団の任務に同行させて、無理をさせてしまったか?環境が変わって疲れている可能性もある」
「そ、そうじゃないの」
フィアが及び腰になっていると、
「つい、フィアには協力を仰いでしまう。騎士団の皆もそうだ。フィアに話を聞いてもらいたがっている」
と言うのだ。ゼクスの表情は柔らかい。けれど、これは自分に向けられている表情ではない、とフィアは思う。
「それは、リウゼンシュタイン元団長のことよね?」
「そうだな」
「お互いに信頼し合っているのは、羨ましい。自分の力を信じてもらえるのは、嬉しいことだと思うから」
「だとしても、負担をかけてしまうのは、良くないだろう」
「大丈夫よ、私はリウゼンシュタインではないし」
フィアが言うと、ゼクスが手を取って来る。あ、と反射的にフィアは声をあげた。
爪が鋭利な形に変形しているからだ。ゼクスの視線が爪に向き、フィアは慌てて手を引っ込めようとする。
「これは、訳があって。その」
ゼクスには怯えるような様子も驚くような様子もない。
ただ、
「まだ何か秘密があるのか?」
と聞かれる。
「王都では魔法のエナジーが足りないの。そうすると、こんな風に、姿が変わってしまう」
「この姿は見たことはなかった」
とゼクスがあっさりと言うので、フィアの方が困ってしまう。
「これは、まだ序の口。化け物の姿になってしまう」
とフィアが爪を隠そうとすれば、
「ぜひ、見てみたいな」
その手を引き寄せ、爪の先に軽くキスをする。
ピリっと指先に電気を感じ、フィアはゼクスの顔を見た。
「え?」
「これは、不貞になるのか?」
ゼクスは、初めて見るような悪戯な表情でフィアに尋ねてくる。
「ア、アリーセ様へ不義理には、なるのでは?」
とフィアが慌てて言うと、ゼクスは低く笑った。
「あのときと、同じことを言うんだな」
「な、何を言っているの」
「エナジーはどうやったら手に入る?」
とゼクスは聞く。
フィアはまさに、今エナジーを感じていた。キスを受けた爪に走った痺れからは、魔法のエネルギーを感じたからだ。
「ゼクス、あなたからは、強い魔法を感じる。その魔法を少し分けてもらえれば」
「どうやって?」
「分からないわ。でも、触れてもよければ、エナジーをもらえるかもしれない」
とフィアが告げれば。
「どんな風に触れればいい?」と即座に聞いてくる。なんで乗り気なの?と思うのだ。
「ど、どんなって」
「触れるにしても、様々な種類がある」
「手を触れるとか」
と言えば、自分の指先をフィアの爪の先に当ててくる。
「触れているな」
「そうだけど」
「それ以外は?」
「分からない。私の力はずっと、テオに封印されていたから」
「どうやって封印されていたんだ?」
禁断の質問、とフィアは思う。
答えを待っているゼクスに、フィアはおずおずと答えるのだ。
「定期的に口づけをほどこすの。それでいつも封印していた」
いらぬことを暴露しているような気分になり、気まずさでゼクスの顔を見るのも恥ずかしくなる。
「テオからすれば、私に化け物になられてはたまらないから、するだけ」
「そうだろうか?全身にくまなく刻印をほどこすのは、それだけが理由ではないと思う。フィアを離したくなかったんだろう」
「そ、そんなこと、今話すことじゃないと思うけど」
なぜ、全身にくまなくだと知っているの?とフィアは思う。
「試してみるか?」
「ええ?な、何を言っているの!ダメでしょ」
「なぜ?封印できるかもしれない」
「あ、あなたには妻がいて、子どもがいて。そして」
「王都の人間だ、と。言っていたな」
ゼクスはどこか遠い目をして言った。
「ゼクス?」
「リウゼンシュタインは、どうやって潜んでいたんだろうな。エナジーとやらをどんな風に手に入れていたのか」
「後朝待たずのリウゼンシュタイン?」
とフィアが最近覚えた二つ名を言えば、ゼクスが弾かれたようにフィアの顔を見た。
「朝を待たない、逢瀬、か」
と言う。
「その人が朝を待たずに去るのは、なぜ?とは私も思ったけれど」
「朝を待てばどうなる?」
単刀直入に問われ、フィアは戸惑ってしまう。
「そ、それは。その、朝まで横で眠るだけではないの?」
「だとすれば。最後の最後で失敗したな、リウゼンシュタイン」
とゼクスは呟いた。朝までいただろ、と言うのだ。
どこか甘く柔らかなニュアンスが含まれているので、フィアは胸の一部がキュッとする。
自分に言われているのではないとは、分かっていたけれど。
そして、
「エナジーを与える方法が分からない以上、封印をするしかない」
とゼクスは言うのだ。
大量の報告書や書類が広げられた執務台を見て、フィアは一旦冷静になる。
「ここはそういう場所じゃない。ダメでしょ、執務中に」
と逃げ腰になるフィアに、ゼクスは間髪与えずに、
「どこならいい?」
と尋ねてくる。
「の、乗り気のように聞こえるのは気のせい?」
「さあ?役に立てればと思っただけだが」
「ぜ、全身にするわけじゃ、ないでしょ?」
「お望みならばどこまでも」
不意に首元に吐息がかり、
「な」
フィアが目を見張れば、ゼクスは笑う。
「冗談だ、フィア。手を」
恭しくフィアの手を取りその甲にキスを落としてくる。
痺れがやって来たかと思えば、身体中をビリッと何かが駆け巡るのを感じた。見れば爪の形は元に戻っている。
「これは」
「魔法を込めて刻印をほどこした。封印とは違うかもしれないが、少しは効果がありそうだな」
「ありがとう」
フィアが見上げれば、ゼクスはフィアの髪を撫でてくる。そして、囁くような声で言うのだ。
「逢瀬の理由がこれだとするなら。俺のところに来て欲しかった。フィア・リウゼンシュタイン」
「ゼクス、私はリウゼンシュタインでは」
ゼクスの瞳が切ない色を帯びる。不意に抱き寄せられて、フィアはハッと息を飲んだ。すぐに身体は離れていたので、気のせいだったのかとすら思う。
「エナジーが欲しいときには、声をかけてくれ」
何もなかったかのように、そう言うので、フィアは自分の幻覚だったのかもしれない、と思った。
ただ、胸の鼓動が鳴りやまない。
どうして、こんなことを?
「では、仕立屋に出入りしていた者を調べてみる」
「私は地下を調べてみる」とフィアが言えば、
「王宮に一人では近づかないで欲しい。もし調べに行くときには俺も同行する」とゼクスには言われた。
確かに以前、「王宮には近づかないこと」と言われていたように思う。
「王には縁戚者はいるが、直接的な家族がいない。一切存在しないのが不思議だ。俺の母は王の従妹だが、当の王の兄弟の所在は不明だ。失踪や謀殺などきな臭い噂はあるものの違和感がある。しかも、誰もそれを表立っては語ろうとしない。得体が知れない王に近づいて欲しくないんだ」
「仮にそうだとして、総督であるあなたが。王を信頼していない、疑っていると敵国の私に告げるのは危険じゃない?」
「まったく、危険じゃない。フィアを信頼している」
と即答するので、フィアの方が困ってしまう。
そして、
「出来れば、俺のことも信じてくれ」と言うのだ。更には「国に戻れるように協力する」とゼクスは言う。
出会って間もないにもかかわらず、ゼクスの言葉に安心感があるのはなぜだろう、とフィアは思うのだった。
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