冷静沈着敵国総督様、魔術最強溺愛王様、私の子を育ててください~片思い相手との一夜のあやまちから、友愛女王が爆誕するまで~

KUMANOMORI(くまのもり)

文字の大きさ
上 下
18 / 51
第二部

王都へようこそ

しおりを挟む
 迎えに来た馬車の中で、フィアはゼクスに「どちらがいい?」と聞かれる。
 住まいは騎士団の寄宿舎か、屋敷か、どちらか選べと言う。


 フィアは少し考えて、
「どこかで閉じこもっていなければいけないの?だとすれば、どちらでも」
 と答えた。
「言われれば大人しく閉じこもっているのか?すっかり飼いならされているな」とゼクスは言う。
「仕方ないでしょ、私は7年以上そういう風に過ごしてきたの。城から出ることは許されなかった。テオ、いえ、夫がそれを望んだから」
 と告げれば、7年以上か、と言い、ゼクスが物言いたげな視線を送って来る。

「なに?」
「ならば、騎士団へ。鍛え直しが必要だな」
「え?」
「それと、王都では抑制魔法か抑制剤を使え。その手で触れれば、相手の骨が折れることもある。今はこの抑制剤を飲んでくれ」
 そう言ってビンを渡してくる。指が触れ、ごめんなさい、とフィアは声をあげた。たった骨が折れると言われたばかりだ。
 ただゼクスは痛がる様子もない。

「何ともないの?」
「事情がある。それに、日夜、怪物の相手をさせられているんだ。このくらいは何ともない」
「怪物?」

 フィアの問いには、今に分かる、とだけ答え、王都での注意事項をゼクスは話していく。
一、 魔法や力を公衆の面前で振るわないこと
二、 親し気に話しかけてくる人間には、適当に話を合わせるか他人のそら似を装うこと
三、 王宮には近づかないこと
四、 抑制剤に関しては研究所のルインに相談すること
五、 面倒事に巻き込まれたならば、記憶がないと答えること
・・・
と、伝えてくるのだった。

 王都の生活に関する注意事項を聞き、フィアは「親切にありがとう」と告げる。
 言葉を受けたゼクスはフィアの顔をまじまじと見つめ、
「記憶がないだけで、こんなにも印象が変わるものなのか。たしかに、深窓の令嬢だな」
 と呟くのだ。
 ゼクスがフィアの横髪を手に取り、視線を合わせてくるので、フィアは妙にドギマギしてしまった。

「何を言っているの?」

「牙を抜かれたご令嬢か。まったくそそられない」
 さらりと言われ、フィアは口をあんぐり開けたまま、静止してしまう。

「し、失礼な人ね!そそってもらわなくて結構です!」
 と言って髪に触れていた手を振りはらえば、フィアの手が座席に強く触れる。
 ミシミシッと音を立てて、ヒビが入った。

「抑制剤を」
 と淡泊に返されて、フィアは何とも言えない気分になる。

 なんて、失礼な人なのか、と思った。言われるままにフィアは抑制剤を口にする。

 馬車は一路王都に向かっていた。フィアにとっては1年ぶりの来訪だが、記憶のない状態においては、初めての王都である。
 華やかな王都の街並みに、フィアは胸を躍らせてしまうのだ。

 その屈託のないフィアの様子を見たゼクスは、ある種の危険を感じていた。
 事情を知らない連中の好奇の目に晒されたとき、かなり面倒なことになるのではないか、と。

※※※

 ゼクスから「王都に慣れるためにも、少し街を歩いてみるか?」と聞かれ、「ぜひ」とフィアが喜べば、ゼクスは御者に言って馬車を都の外れに停車させる。
 積み荷は先に騎士団の寄宿舎に運ばせる、と言うのだ。

「綺麗な街」
 橙や柊色、空色など彩り豊かな屋根と石畳の街並みに、フィアは感激の声をあげる。街路樹や花壇、街灯の意匠もフィアの国では考えられないほど種類が豊富だ。

 心躍らせるフィアを不思議そうに見守っていた。しばらく歩いていると、
「シュレーベン様、お帰りなさいませ」
「ご視察でしたか?お疲れ様でした」
 とゼクスに声がかかる。

 ゆく道でかけられる声に、
「有名人なのね」
 とフィアは感想を呟く。
 だが、ゆく道で声をかけられるのは、ゼクスだけではなかった。フィアにも、何度も声がかかる。

「フィア、久しぶり。どうしていたんだ?最近はまったく来てくれないじゃないか」
 妙に親し気に話しかけてくる男性や、
「フィア様、どうされていたんですか?最近めっきりお話を聞かなくなって、心配しておりました」と言って、どこか崇拝するような眼差しを向けてくる女性がいるのだ。
 フィアはすっかり戸惑っていたが、ゼクスに前もって言われていたように、それとなく話を合わせて切り抜ける。

 しかし、
「ずっと待っていたのに、何で来てくれないんだよ」
 と思いの丈を一方的にぶつけてくる男性に出会ったときには、さすがに困ってしまった。

「待っていた、とはどのような?」
「いつも来てくれるだろ、夜に」
 夜、の単語にゼクスからの視線を感じる。
「夜?」
「あんなに熱い夜を過ごしたのに、オレはもう用済みなのか?」
 とまで言われたところで、フィアはその意味を理解して恥ずかしくなった。記憶のないフィアからすれば、冤罪だ。

「あの、人違いをされていますよ?私はこちらに来るのは初めてですし。そもそも、夫以外とはそのような」
 ごほん、と咳ばらいをして、ゼクスが助け船を入れる。
「すまないが、長旅によりリウゼンシュタイン殿はお疲れのようだ。またの機会に、お話しいただけないだろうか」
 ゼクスが声をかければ、男性は慌てて頭をさげ、
「ああ、任務ですか?総督様とご一緒でしたか。フィア、じゃあまた」
 と言って去って行く。

「どなただったの?」
「スクール時代のなんとやらだな」
「それに、今、リウゼンシュタインと言っていたけど?」
「フィアは似ているようだ、リウゼンシュタインに」
「ええ?放蕩で剛毅な騎士に?」
 驚きの声をあげるフィアに、ゼクスはくすり、と笑う。
 ああ、そっくりだと言うのだ。笑うのね、と言えば、笑うだろ、と答えてくる。フィアはなぜか、その会話のリズムが心地よかった。


 騎士団の宿舎に着いたところで、ゼクスからパスケースのようなものを渡される。パスケースの中央には、城で見た正装に刻まれた紋章が象られていた。

「これがあれば、騎士団内に自由に出入りできるし、寄宿舎が使える。しばらくはそこで暮らせばいい」と言うのだ。
「名誉団員?これはあなたのじゃないの?」
「いや、正真正銘フィアのものだ。友人の、ビアンカと言ったか。彼女が城からヴォルモント公爵の元へ持ち出してくれていたようだ」
「ビアンカが?それになぜ、私がそれを持っていたの」
「不思議なことがあるものだな」
 とゼクスは軽く流してしまう。

 そして、積み荷は先に届いていると思う、入り口で聞けば、騎士団の者が案内してくれるだろう、と言って去ろうとするのだ。
「待って。また会える?」と聞ければ、「また来る。仕事を頼みたい」とゼクスは言う。
 仕事、その言葉にフィアは心が浮かれてくるのだった。

「自分に役割が与えられるとは思わなかった」と伝えれば、「骨が折れると思うが、喜んでもらえるなら何よりだ」とゼクスは言うのだ。

「仕事って?」
「王を狩る」
「え?」
 聞き捨てならない言葉を口にしたゼクスは、「またな」と言って踵を返して去って行く。

 こうして、フィアの王都での生活が始まった。そして、ゼクスの懸念通り、周囲の好奇の目にさらわれたフィアは、早速面倒事を起こすこととなる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...