16 / 51
第二部
初めまして、愛しい人
しおりを挟む目を覚ましたとき、フィアはどこかの屋敷の部屋にいた。どこか見覚えがあるようにも感じたが、城から出た記憶のないフィアが来たことがあるわけはない。
ベッドの上で身体を起こせば、身体が軽くて驚く。見れば正装のドレスではなく、簡易ドレスに着替えていた。
誰かがここへ連れてきた?
自分が兄に刺され、テオドールが兄や姉を地下国に落としたのは覚えていた。そして、誰かがやって来て……。思い浮かんだのは、ノインのことだ。
「ノインはどこに」
と呟いたところで、ドアがノックされる。女性の声がして、公爵がお呼びです、と言うのだ。
公爵?
父が存命の頃には、近隣地域を治めていたヴォルモント公爵との交流があったのを思い出す。テオドールとの婚姻以降は、ほとんど交流がない。フィアは部屋の外に出ると、ちょうど一人の男性と鉢合わせした。
黒鉄の肩当や手甲など装備を整えた騎士のような姿には、見覚えはなかったが、その顔には覚えがある。ノインと同じ、灰褐色の瞳を持つ、キリっとした表情が特徴的な男性だ。
気を失う直前の記憶として、刻まれている。
「あなたが私をここに?」
と問えば、ああ、と短く答え、
「傷の具合は?」
と聞かれた。
視線が脇腹に向いていて、その意図が分かり、フィアは痛みはないわ、と頷く。
「では、公爵の元へ護衛する」と言うのだ。フィアは言われるままに案内されるが、不思議な心地がした。
連れていかれたのは庭園だ。
恐らく本来は薔薇が咲き誇る庭園なのだろう。根が剥き出しになっており、所々には踏み荒らされた気配があった。
フィアは胸が痛くなる。恐らくティアトタン国の侵略による影響だ。兄や姉が力を振るえば、樹木は根こそぎ震え、地が裂けてしまう。そこを兵が踏み荒らせば、どんな土地であっても荒廃していく。取り戻すには時間がかかる。
「最低な王政ね、みんな壊してしまう」
とフィアは呟いてしまう。
何も知らずにいた自分も、最低だ、とフィアは思った。フィアの呟きに、同伴者である騎士が言う。
「お言葉だが。ティアトタン国の王族ならば、地のエネルギーを使って再生できるのでは?」
「そうなの?破壊のみの力かと思っていた。私は自分の力を知らないから」
「王宮にて能力を封印され、溺愛に沈んでいたならば。そう思っても仕方ないな」
「それは嫌味?」
「いや」
そして、失礼、と言い、手を取ってくる。
「え?」
フィアの手を地面にかざさせて、木々が茂るイメージをしてみればいい、と言うのだ。言われるままにやってみた。
手の先から力が流れていく感覚があり、自分の血液が地に這っていくかのように感じる。
瞬きほどの間に芽が出て幹が育ち、多種多様な薔薇が、音を立てるように咲いていった。
「さすがだな」
「なぜ、力について知っているの」
フィアが尋ねたときに、
「フィアかい?」
と声がかかる。
特殊な素材でできた胸飾りをつけた紳士だ。こげ茶色の瞳は好奇心で光っている。その顔には覚えがあった。フランツ・ヴォルモントだ。
「フランツ?」
「素晴らしいよ、フィア!庭園が蘇った」
と歓喜の声を上げ、フィアにハグをしてきた。
「久しぶり。ここはフランツのお屋敷なの?」
ハグに応えて、尋ねるフィアの言葉に、フランツは目を丸くする。
「リウゼンシュタインとしての、記憶がないとのことです」
と騎士が言い、フランツは驚きの声をあげた。
「じゃあ、私が名付けた、あのフィア・リウゼンシュタインはもう存在しないのか」
「そのようですね」
「ビアンカやアルフレートからはそんな報告はなかった。品物の要請しかなかったけれど」
「魔法により口止めをされていたのでは?あの者は魔力が桁違いでした、あちこちに封印魔法を打ってもなお、余裕があった様子」
「記憶を消したのか。それはつまり」
と騎士の方を伺い、眉をあげてみせるので、騎士は頷く。
「中々興味深い、いや、難儀なことになっているね。難攻不落のフィアの壁はますます高くなっているようだ」
「何を言っているの?それに、リウゼンシュタインって誰のこと?」
フィアの問いに、
「放蕩で剛毅な騎士のことだ」
と騎士が淡々を返す。
「男性?」
「いや、生物学的には女性だな」
と言って騎士の視線がフィアの元に注がれるが、フィアはその意図が分からない。
「フィア。テオドールにより母国は乗っ取られたようだね。ここからも遠目に臨めるけれど、城は氷上の城と化しているよ。氷が城塞となっている。あれでは近づけない」
「広場に人が集まっていたわ、テオが手を下していなければいいけど。それに、あそこには、子どもを残してきてしまったの」
「子ども?」
と騎士とフランツが同時に声を上げる。
「ノイン。そう、あなたのような灰褐色の瞳を持つ子どもが、国にいるの」
と騎士の顔を見て、フィアが言えば静謐な騎士の目が驚きの色を帯びる。
「1年ほど前に誕生し、恐ろしい速度で育つ子どもか?今では5歳ほどの身体に育っている」
と騎士が言うので今度はフィアの方が驚いてしまう。
「なぜ、あなたがそれを知っているの?」
フィアが問えば、騎士はフィアの問いには答えずに、自身の手を額に置き、ため息をついた。
「なぜ、二人いる。聞いていない」
と呟くのだ。
「それに、なぜあなたは、私をここに?」
と騎士に尋ねる。騎士はフィアの瞳を真っすぐに見すえ、
「悪政をしく王の噂を聞きつけ、王妃を盗みに行った。それだけだ」
と言うのだ。
いいのかい?それで、とフランツが言う。騎士は頷き、じきに迎えが来る、とフィアに告げた。
「迎え?どこへいくの、私は国に戻らなければ。友人たちも残っている」
「王都へご招待する」と騎士は言う。
「敵国に行けというの?」
「王に不要と言われた王妃ならば、母国が敵国である説も濃厚だな。身の安全を確保し、まずは体勢を立て直すのが優先だとは思うが」
にべもなく言われ、フィアは言葉を失った。テオドールに不要だ、と言われたのには記憶がある。
「フィア安心していい。その方はエスコートしてくれると思うよ、とりわけフィアには丁重に」
とフランツが言うが、フィアはにわかには信用できない。心の中で引っかかりを覚えるからだろうか。
「どこかで会ったことがある?」
「気のせいだ」
「私はフィア。継承権のない今ティアトタンの名は、名乗れないけれど。あなたの名前を教えて?」
フィアが手を差し出せば、騎士は握手に応える。
「ゼクスだ。不要な家名の名乗りは辞退させていただく」
「変な人ね」
とフィアが笑えば、ゼクスは深く深くため息をつく。
そして、まさに、難攻不落の鉄壁だな、と呟くのだ。
7
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる